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14.気持ちが通じるまで話します

ちょっぴりだけ痛いシーンがあります

 前世の記憶を思い返しても、ニュースで時々目にする映像とか映画とか。画面の向こう側――とにかく、どこか遠くにあるものだと思ってた。

 それにこの世界でも子供の内は関係ない事なんだって勝手に決めつけて、ほとんど見向きもしないまま半月が過ぎた。


 戦争を終わらせるってあの(ひと)にもらった手帳に書きつけてからもうすぐ四年。

 でも、そう決意したのに、まだどこか遠いと思っていた戦争が思った以上に私のそばにあったのに気づかされるような事件がおこったのは、夏が近づいて少しずつ日が長くなってきたある日。

 多分前世で言うなら夏至みたいに暦の切れ目に当たる、ある晴れたお休みの日の事だった。



 玄関で部屋履きからワークブーツに履き替える。

 今日の装いは完全な野良着――なんて言ったら野暮ったい感じだけど、落ち着いた薄青のチュニックワンピースに黒いレギンスとベージュのワークブーツ。それに白くてふんわりした頭巾。

 畑仕事をして汚れてもいいけど、それなりの可愛さを確保した(つもり)の服装なんだけど。


 そんな服と違ってちょっぴり可愛くない、くるぶしまであるベージュの柔らかい皮のブーツ。

 畑仕事を始めた私に父さんが買ってくれたもの。ちょっと武骨なデザインに母さんも私もぶーぶーいったけど、歩きやすいし丈夫。


 まぁ、機能的って言えばそうなのかもしれないけど、サイズぴったりでちょっぴり履きにくいブーツに足が収まらなくて四苦八苦してたら、キッチンから出てきた母さんに笑われちゃった。


「可笑しくないですよ!」

「ごめんなさい。トレがあんまり必死で、可笑しくて」


 言いながら私のバスケットの中を確認する母さん。はじめて一人で買物に行った日からずーっと愛用してるバスケットには、畑で使う道具――スコップと枝切りと麻紐。それとサンドイッチと手帳が入ってる。

 それとは別に水筒もある。

 荷物をぱっと見て、母さんは「ははーん」っていう顔。


「トレ、苗を倒されちゃったの?」

「はい。野兎かモグラのせいだと思うんですけど、何本か倒されちゃったので……」


 でも、なんで道具を見ただけでそんなことわかるんだろ?

 って、母さんの事をぼんやり見上げてたら


「昨日、添え木を用意してたでしょ」


 細くて手ごろな長さの竹も軒先に置いてあったしね。って、母さんは笑う。

 仕事でしょっちゅう山に分け入ってるって言ってたバマナさんに頼んで採ってきてもらった竹を使って、倒れた苗を起こしとこうかなあっていうのが今日畑でしたい事。

 そう。私は畑の世話にすっかり夢中。


「言ってくれれば手伝うのに……」


 なんて母さんは言ってくれるけど、自分一人でやってみたいんだよね。

 いわば、私の可愛い子供なので――まぁ、普通のピーマンだけど。だからやんわり断って、でも、他の事を相談してみる。


「そういえば、なんだか葉っぱをかじられちゃうんです」

「んー。虫かナメクジだろうけど……ちょっと待っててね」


 少し考えた母さんはいったんキッチンに戻って、液体の入った小瓶をバスケットに入れてくれた。


「まぁ、気休め程度になるけど葉っぱに塗ってみなさい」


 瓶に入ってるのはトウガラシを漬けこんだ水だそう。本当は夕方か夜に畑に出て、葉っぱについた虫をつまむのがいいんだけど……なんて母さんは言うけど。畝を作るときに出てきたミミズでもまだへっぴり腰だから、それはなし。


「ありがとうございます、母様。試してみます」

「頑張って」


 ようやくブーツに足を収めた私の頭を母さんが軽く撫でてくれた。


「では、行ってきます!」

「日のあるうちに帰ってきなさいね」

「はーい」



 準備してもらった竹を担いで、畑に向かう。

 急に車の通りが多くなった我が家の前の道は少し広がって――そのせいで、母さんの畑はちょっぴり狭くなっちゃったけど、そういうものかなって思うしかないくらい色々な人の出入りが急に増えて、この頃は大人の事情が生活の中に割り込んでくることも少なくない。

 道が広くなったのもその一つ。


 その少し広くなった道を渡って、母さんの畑の間にある細い道を、真っ白な樹皮の木がまばらに生える林に向かって抜けて、少しだけ下る。

 母さんが作った柵が切れたら、今度は母さんや父さんが踏み固めて作った獣道を少し西に向かって歩く。青い屋根の小さな納屋が見えてきたらそこが私の畑。


 近くに湧水があるし。といっても、バケツ一杯汲むのにに十分くらいかかる、元気がない湧水なんだけど。家から天秤棒担いで持ってくる必要はないし、畑仕事に必要なもっことか鍬とか。

 私の手ではちょっと持ち運ぶのが難しい道具を収めた納屋もある。


 この小さな納屋は、家の近くに出来た物見台の廃材で工兵っていう人がでっち上げてくれた。ある意味では軍用……なのかな?

 よくわからないけど、ちょっと住めちゃいそうなくらい頑丈な納屋に竹を立てかけて、畑の様子を見て回る。


「やっぱり野兎かなあ……」


 雑草除けの敷き藁がバサバサとどけられていたり、そこここに足跡が残っていたり。とにかく、なにか小さい動物の痕跡があちこちにあって、二本の苗が倒されてる。

 紐を張って鳴物を仕掛けておいたけど、効果はあんまりないみたい。


 とにもかくにも、敷き藁は直さなくちゃいけないし、倒れたしまった苗も起こしてあげないといけない。私にとってはちょっと大仕事だ。

 敷き藁の替えは納屋の中にあるからそれを丁寧に敷きなおす。それが終わったら今度は葉っぱの表面に母さんがくれた液体を塗って。

 次は倒れてしまった苗を支えられるように、組んで結わえた竹を苗の脇に立てて……なんて、作業に夢中になっている内に、この世界のあまり元気のないお日様が、てっぺんに上っていた。


「お昼にしよう」


 なんてちょっと一息ムードで納屋に戻った私の目の前を、茶色い野兎がものすごい勢いで走って行った。

 納屋の前を走って行ったその姿を皮切りに、畑の方で鳴物がからからと音を立てて、畑の中を野兎が走り抜ける。


(なんであんなに慌てて逃げてるの?)


 不安になった私は、野兎達が走ってきた方を見て未来視Ⅰ――勇者候補としてもらったオプションで、二秒後の未来に焦点を定め見つめる。


 “見えた”のは、何匹かの大きな犬――頭からお尻までで百五十センチ以上ありそうな、灰色の毛皮を持つ狼の姿だった。口元からはよだれが垂れて、多分すごくお腹を空かせているんだってなんとなくわかった。


 でも、狼は人の手が入ったところにはなかなか出てこない。父さんは人間が銃を持ち出したりして、怖いものだってわかってきたからだろうって言ってた。デアルタさんが送ってくれた自然科学の本にも狼が白昼堂々人がいるところに出てくる事はあまりないって書いてあった。

 そんな賢い動物である狼が、縄張りを離れて私の畑まで出てきてるって相当な事だ。


 それは本能的な恐怖というより、未来(っていっても二秒くらい先だけど)が見えてしまうから感じる恐怖。

 そのせいで、走って逃げるなんて考えもつかない。

 喉がしめつけられたみたいに声も出せなくて、胸の辺りを押さえてすくんでしまう。


 怖い!


 でも、そう思っている間にも、狼は私の畑の周りを――というよりも、私を遠巻きに囲み始めた。




 最初の一匹が私の首筋めがけて飛び掛かってくるのを“見て”、私は転がるみたいに納屋に向かって逃げようとした。

 本当に腰砕けになって。それでもなんとかして納屋の入り口辺りに向かって転がったところで、畑の中を駆け抜けたもう一匹が私を抑え込むみたいにのしかかってくる。


「ぅぅうわああぁぁ」


 納屋の中に手を伸ばして、でもなにもつかめなくて。

 手についたものを片端から投げつけると、母さんのくれた小瓶の中身が鼻にかかったのか、きゃんきゃん言いながらその一匹は私の上から逃げた。けど、その時にはもう他の一匹が右足に噛みついていて。でも、父さんのくれた丈夫なブーツが食いちぎるのを防いでくれてた。


 でも、ものすごく痛い!


 じんわり血がにじんできてるのも見えるし、他の狼が、血の臭いに刺激されたのか「おーん」って遠吠えを上げている。仲間を呼び集めてるのかもしれない。


 とにかく逃げないと、食べられちゃう!


 そう思って、納屋の中の鋤に手を伸ばして、自分の足めがけて振り下ろした。

 もちろんそんなへろへろで間に合わせの武器なんか当たる訳なくて、狼はかじりついていた足を話して少し距離をとった。

 痛かったのは噛みつかれた足だけ。でも、解放されて動けるようになった私は痛む足を引きずって、納屋の中に逃げ込む。

 少なくとも、これで背中から噛みつかれたりはしない。

 ……しないけど。


 しないけど、このままじゃ食べられちゃう!


 泣いてても事態が変わる訳じゃないけど、痛さと怖さでボロボロ涙と鼻水が出てくる。

 鋤を持って身構えている私に警戒しているのか、それとももう食べられるってわかってるのか。狼達は私の畑を踏み荒らしながらじわりじわりと近づいてくるばかり。

 最初に見せた勢いはもうないけど、その分食欲に対する余裕が見えていた。


「来ないで!」


 って、通じる訳なんかないのに。

 ぶるぶる震える手で持った鋤をでたらめに振り回して、なんとかして自分の身体を守ろうって思う。


 その内、手がだるくなって、鋤が手からからんと落ちた。

 もう駄目!って、閉じちゃいけないのにぎゅーっと目を閉じた私の耳に次の瞬間届いたのは、狼が上げる「ぎゃん」という悲鳴のような声だった。



 納屋にいちばん近いところにいた狼が、なにか黒い塊に突き飛ばされる。

 そのお腹の辺りには、反りの入った短刀がつきこまれていて、私のところまで血と。きっと内臓の裂けた生臭い匂いが届いてきた。


 黒い塊は「ぎゅぁー」って大きな声を上げて、腰に差しているやっぱり反りの入った剣を抜いた。


 けむくじゃらの身体に動物にしてはしっかりと伸びた背筋。首とか胸とか、急所を覆うみたいにつけられた、でもぼろぼろの革製のプロテクターとその下に身に着けたカーキ色の服。

 手足は細いけど、少し千切れたしまった服の隙間から立派な筋肉が覗いている。

 真っ赤な目、とがった大きな耳。


 いつの日か、カレカと一緒に見た、奴隷として売られてきたオーシニア人の人と同じ風貌のその人は、抜いた剣を両手持ちに構えると、飛び掛かってきた狼の頭に剣を思い切り叩きつけた。

 頭蓋骨に当たったのか、がちんと嫌な音を立てて剣が折れる。


 その人は剣が折れたのにも構わず狼の頭を地面に向かって叩きつけて、足で固定しながらその首を、多分曲げてはいけない方に向けて曲げた。

 ごきりという嫌な音。

 それでその狼は動かなくなる。


 仲間がやられた事を良しとしないのか、もう一匹の狼が左の肩口に噛みこうとするのが“見えた”私は


「危ない!」


 って大きな声で叫ぶけど、それは間に合わなくて、その人は後ろから肩口に噛みつかれて悲鳴を上げる。

 それでも、その狼の頭の毛をつかんで、肩越しに投げ飛ばした。

 お尻から地面にたたきつけられた狼は、弱弱しくなくと、後ろ脚を引きづりながら遠ざかっていく。

 それを追うように、狼たちの気配は消えた。


 それと同時に、その人もばったりと倒れてしまった。




 噛まれた右足がじくじくと痛むけど、私は助けてくれたその人にゆっくりと近づく。

 ぜえぜえと荒い息遣い。それにさっきまで気がつかなかったけど、狼に噛みつかれた左肩以外にもたくさんの傷がある。

 あおむけに倒れたその人は、私に気づくとごろりと転がって、「ぎゅー」って言いながら睨みつけてきた。


「あの、大丈夫ですか?」

「ぎぁぎや」


 多分なにか言おうとしてくれているんだけど、私にはわからない。

 納屋を指さして、とにかくあの中に行きましょうって、身振りで伝えようとしていると、その人は全身に力を入れて立ち上がって、私を抱きかかえて納屋まで歩いてくれた。

 肩からの出血はかなり多くて、自分だってきっとつらいのに。


 納屋に置いてある替えの敷き藁の上に私を座らせると、その人は私の右足からブーツをはぎとった。


「っ゛つ」


 あまりの痛さで声も出ない私の目の前で、その人はベルトポーチからいくつかの散薬――粉薬を取り出して、私の傷口にかけ、最後は竹筒の水をかけて包帯を巻いてくれた。

 痛み止めが入っているのか、とりあえず人心地ついた私にその人は呼び掛けてくる。


「きゅーぎゅ」


 なにを言ってるのかはよくわからない。

 けど、その人は私の眼を見て、それから傷のある肩を指さし、さっき私の傷を手当てする時に使った腰のベルトポーチに視線を落とす。


「さっきの薬をかければいいんですか?」


 ベルトポーチから薬を取り出して、どれを使えばいいのか一つずつ取り出して目の前に差し出し「これですか?」と問いかける私に、首を縦に振ったり横に振ったりしながら、その人は血でべとべとに汚れた服を脱いでいく。


 髪の毛とかそれ以外のところを覆う毛と同じ、真っ黒な毛皮に覆われてはいたけど、小ぶりなおっぱいを見て、その人が女の人だってわかった。

 それから、きっと銃で撃たれたみたいな傷がいくつもあることにも気づく。


 選り分けた薬を傷口に振りかけて、竹筒の水を傷口にかけた。

 手当てを終えた私に「きあ」って声をかけたその人は、なんだか笑っているみたいに見えた。


 納屋の中に置いてあった替えの敷き藁の上に座って、彼女と向き合う。

 言葉は全くわからない。

 この世界に生まれた瞬間から父さんや母さんの言葉がわかっていた事を不思議に思ってた。

 だから『どんな言葉でもわかる能力』が備わってるのかなぁ……なんて思ってたけど、そんなのなかったんだね。

 価格二十万円の勇者だからね、私。

 知ってたけどでも、しょんぼり。


 命の恩人が時折挙げる声――言葉なんだと思うけど、それがわからなくてすごくもどかしい。


「あの、助けてくれてありがとうございました」

「ぎー」


 きっと私の言葉もこの人に通じていない。なにか共通するような物や事があれば、わかる気がするのに。

 なんて私がおどおどきょときょとしていると、お腹がぐーって声を上げた。


 かっこわる!


 くつくつと喉の奥を鳴らして命の恩人様も、よくわからないけど笑ってるんだろうね。もういいよ。


 ぐちゃぐちゃに飛び散ったバスケットの中身だけど、お弁当に持ってきたサンドイッチはかろうじて無事で。水筒はどっかいっちゃったけど。

 なんとか無事だったサンドイッチを手で二つに分けて彼女に差し出す。


 私とサンドイッチを見比べてちょっとためらった後、そっと手を伸ばし。つかんだそれをあぐっと口の中に押し込んでしまった。


「美味しいですか?」

「ぎい」


 そっか。

 食べる物は共通だ。あと、きっとこの目に見えているものもおんなじ。だったらコミュニケーションはとれるんじゃないかな。

 ちょっと考えて、バスケットの中の手帳を探して、空白のページを開く。


 唇の絵をかいて、その下に口を指す単語を書く。

 ……なんだか、ものすごく残念な出来の絵なんだけど気にしちゃ駄目。前世でも芸術系の科目はさっぱりだったみたいだし、こんなもんだよ。


 その絵の出来に、少しだけ。

 本当に少しだけ、カレカと同じ夜の空みたいに真っ黒い髪と真っ黒い目。真っ白な肌の男の子の事を思い出す。

 絵がとっても上手だった、もう名前を思い出すこともできない前世の友達。彼ならもっとうまく書くのになって、ちょっとがっかりしながらそのメモを彼女に見せる。


 もしかしたら絵が下手すぎて伝わらないかもしれないから、メモの絵と唇を交互に指さしながら「く・ち」って発音。

 そして、彼女にペンを渡す。

 私が口って書いた舌を指さして


「ここに書いてください」

「き?」


 しゃりしゃりと、体つきよりも細くて長い指がペンを操って単語を書き込む。

 そして、私の口ではすごく発音しにくい音で、口っていう単語を伝えてくれた。んだと思う。

 きっと。



 いくつかの単語をやり取りしてたら、すごくのどが渇いてきた。

 いっぱいしゃべったからっていうのももちろんあると思うけど、噛まれた右足がじくじくと熱を持ってきてる。

 それは全身に大小の傷がある彼女も同じみたい。


 大きな赤い目がきょろきょろとなにかを探して、空っぽになって放り出されていた竹筒を手に取った。

 んで、さかさまにして大きく開けた口の上に掲げ、手帳にしゃりしゃりと池なのかな?

 私とどっこいの酷い絵をかいて、その下に単語を書き込む。


 水。かな?


「水、ですよね?」


 私もその下に水って単語を書きつけて、彼女に見せる。

 伝わってるのかなんてわからない。

 でも、私も水を飲みたいから、痛む足をかばいながら立ち上がってみた。


「いっ……た」


 ちょっと涙目になっていたら彼女が私に手を貸してくれた。


「ごめんなさい。ありがとう」

「ぎ」


 短く答える彼女に差し出してもらった手を借りて、少し離れたところにある水場――岩の隙間からちょろちょろ頼りなく流れ出ている湧水のところに案内する。


「いーぎゅ」

「そう、み・ず。です」


 彼女は曲りなりに水って発音をして、にーって笑う。口が大きくってちょっぴり怖いけど、確かに笑ってた。

 私も彼女の発音を真似て、水っていう単語を発音してみる。


 手帳に書いてある文字の長さは、私が書いた水っていう単語とほとんど変わらない。

 でも、発音すると二音くらい。すごく短縮されているのか、それとも促音があるのか。私にはぼんやりとしかわからない。

 でも、ちょっと難しいけど、及第点かなっていう音は出た……っていう手応え。


 頼りない私の発語は、でも彼女に伝わったみたい。

 竹筒に水を汲んだ彼女は、私の頭をそっと撫でてくれた。



 水を飲んで少し落ち着いた私達は、納屋に戻ってもう少しだけ言葉のやり取りをする。

 一番聞きたかった事を聞かなくちゃ。

 手帳に似顔絵――のつもりの、髪の毛とかこんなもじゃもじゃじゃないし。やっぱりひどい出来上がりの絵を描いて、絵と私を交互に指さしながら


「トレ。と・れ、です」

「と・れ」


 赤い目で私をじっと見ながら、彼女は注意深く発音する。


「貴方の名前も教えてください」


 彼女の眼を見て言うと、彼女もその。なんていうか、とっても残念な似顔絵を書いて、その下にさりさりと単語を記入した。


「きゅ・きぃ」


 自分の顔と絵を交互にさしながら、彼女は自分の名前を発音する。


「きゅきぃ、さんですね」


 その名前を私も注意深く発音したら、彼女は深くうなづいてくれた。


「助けてくれてありがとうございます、きゅきぃさん」

「ぎい」


 なんだか、ようやくきちんと知り合いになれた気がして、ちょっぴり嬉しくなる私。きゅきぃさんも……ちょっと笑顔が怖いんだけど、笑ってくれた。

 それが嬉しくて足の痛みを忘れて、きゅきぃさんとお話。って言えるのかわからないけど、「おはよう」とか「ありがとう」とか。あいさつをお互いに教えあったりしている内に、お尻の下の藁があったかくて、その温もりも手伝って、いつの間にか寝ちゃってた。



 きゅきぃさんにもたれてかかって、その思ったよりも固かった毛皮に顔を埋めるみたいに寝ていたと思ったんだけど、目が覚めたらそこに温もりはなくて。かわりにたくさんのオレンジ色の火が見えた。

 松明を手にした大勢の男の人の声がする。

 その中で一際大きくて、近くに聞こえたのは、生まれた時から聞きなじんだ声だった。


「トレ、起きなさい。トレ!」


 傷のせいで熱が出たのか、なんだかぼんやりする眼をしぱしぱさせて、父さんの声がする方を見る。


「父様……お帰りなさい」


 なんだかとっても疲れていた私は、もう一回眠りの中に戻る。

 この時はまだ、きゅきぃさんとの出会いが私を戦争の渦の端っこに巻き込むものだって全然気づきもしなかった。

連続投稿の二話目になります今回のエピソード。

昨日、各話五千五百文字位って書いたのに、足したり引いたりして出来上がった文字数は八千文字位ありました。

あれ?


学生時代の事ですけど。

外国のお子さんとコミュニケーションをするときに、主人公がきゅきぃさんとしたような遊びをしました。

でも、あんな風に実際にうまくいくかどうかは懐疑的だったり……。

子供同士だと言葉がわからないなりに通じ合って遊んだりっていう場面も時々見ますけど。大人はどうかなあ。



次回更新は2013/01/31(木)7時頃。主人公が自分の幼さを呪うエピソードを予定しています。

今のところの手応えですと、金曜日も更新しそうです。


私の趣味に侵食される我が家の様子は2013/01/31(木)13時頃活動報告の方で! (って、そんな大層な事書きませんけど

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