13.かわらないことだってあります
予定していたエピソードがあまりにも長くなってしまったので、仕立て直して明日と明後日(もしかしたらその次の日)にも投稿予定です。
それぞれおおむね5500字くらいを予定しています。
生まれてから七回目の初夏。
外校に通うようになって二ヶ月。
景色を覆っていた雪の白がなくなって、かわりに明るい緑が増えて、そこここに花も見えるようになってきた頃、私の住んでいる家の周りと村には大きな変化が訪れた。
その一つが、私が今来ている建物。
家のある高台をもう少し湖の方に行ったところに、私の家よりも少し背の高い物見台が建てられて、そこに兵隊さんが住み込む様になった。
「あの、朝ご飯持ってきましたー!」
って大きな声で呼びかけると、詰めている兵隊さん――名前をきいた気もするけど、ちょっと思い出せない。
短く切った髪が精悍なお兄さんが扉をあけて出てくるまで二十秒ちょっと。
私はこのお兄さんの気軽い感じがちょっと苦手。
多分、前世の私が死んだのと同じくらいの年頃――十六~七歳だと思うその人は、まだグレーの制服に切られているような印象で、まだまだあどけない……って、もうすぐ七歳の私がそんな風に思うのも変な話だけど
「毎朝ありがとう、今日の献立は?」
「黒パンにレバーケーゼとレタス。あと玉ねぎを挟みました。あと、水筒にトマトのスープです」
「トレちゃんが作った?」
「いえ、お手伝いはしましたけど……」
応対に出てきたそのお兄さんは、よっぽどお腹が空いているのか献立をきくとペロッと唇をなめる。その舌が真っ青なのが、この人の“授かり物”なのかな。
仕草からなにから、あんまり軍人さんの堅苦しさを感じさせない。
献立を聞いてくるのはどの人も同じ――父さんが言うには、軍隊では食餌くらいしか娯楽がないんだって。だから、このお兄さんが特段子供っぽいわけじゃないんだけどね。
そんな毎日繰り返されたやりとりの後、このお兄さんは頭をぐしぐしと撫でてくる。せっかく母さんが結ってくれたのに、髪が崩れるってば!
間に合わせの見張り台には、やっぱり間に合わせの炊事場しかないそうで、朝ご飯は母さんが作って私が運んでる。学校行く前で忙しいのに、毎朝!
「あと。もうすぐ交代の方が来ると思うので、非番になる方は帰営の準備をするようにって母様が言ってました」
「了解了解」
お兄さんは私の持ってきたバスケットを持って建物に引っ込んで行って、昨日渡したバスケットを持って戻ってきた。
これでお仕事完了。さぁ帰ろうって思ったんだけど
「あの、なんでついてくるんですか?」
にこにこしながらついてくるお兄さん。
「おれ、これから非番だから。ついでに家まで送るよ」
「畑を見て帰るので、お先にどうぞ」
「んじゃ、畑も見せて」
い・や・だ!
けど、嫌がってもついてきちゃいそうだから、家に戻る道を右にそれて、背が高くて真っ白な樹皮の木が左右にまばらに生える獣道をかまわず歩く。
初めて来たときはちょっと薄暗くて怖かった道だけど、さすがに慣れたし、トコトコと早足。当たり前なのかもだけど、お兄さんはちっとも遅れない。
雪がなくなってから私が母さんから分けてもらった仕事――っていうほどのものかはわからないけど。家から一番離れた、母さんが使っていなかった畑で私はピーマンを育て始めた。
要は畑の面倒を見てる。
本当はトマトが好きだからトマト……って思ったんだけど、お家から遠いところになるから、手間がかからないピーマンなんだって。
でも、手間がかからないとは言われたけど、脇芽をとったり草をむしったり。時々は水をまいたり、野兎が葉っぱを食べちゃわないように鳴物をつるしたり。
面倒なところも多いし、それを学校に行く前にしないといけないからなかなか大変。
母さんが言ってた畑の面白さが少しずつ分かって来ている様な気もする、んだけど。
「トレちゃん、マメだねえ……」
見てないで手伝いなよ。
畑でしゃがみこんで作業をしている私を見ながら。本当に見てるだけなんだよこの人。
「うちの司令もだけど、偉い人とかその周りって、土をいじりたくなるのかねえ」
「司令って……デアルタさんも畑いじるんですか?」
「なんか、動物も飼ってるよ。馬はまぁ別として、豚とかさ」
なんか、イメージと違う。
蜂蜜色の金髪に少しつりあがった目元。 女性がかまいたがるだろうなっていう容姿の貴公子な上、ルザリア南部自治州を治める権力者でもあるデアルタさんが、畑をいじって、家畜の面倒を見てるなんて、ちょっと想像しにくい。
「とはいえ、この畑。トレちゃんちから遠いし、おれらの監視所からも死角になってるから、あんまり一人で来ない方がいい」
「はいはい」
って、いい加減に返事。
手伝わないくせに文句言うなって、その時の私は簡単に考えてた。
そんなお兄さんを引き連れて家に帰ると、リクヤさんの運転する黒いピカピカの車がエントランスに横付けされてた。
その周りには母さん、リクヤさん、あと同じ制服を身に着けた男の人――交代にやってきたその人にも私は見覚えがあったけど、やっぱり名前が思い出せないその人がなにかを話してるみたいだから、とりあえずご挨拶。
「おはようございます、リクヤさん」
「おはよう、トレ。バマナ・ゼン兵長もご苦労」
このお兄さん、バマナさんっていうんだね。
忘れてたけど。
「は。引き継ぎ事項は……と」
わかってます。
私が聞いてちゃいけない事なんですよね。
「トレ、バッグとってきます」
って宣言して、お家の中に。大人の世界は色々面倒な手続きが多いらしい。
玄関からリビングの脇を駆け抜けて階段を上って部屋に。昨日の夜、その日の事を書きつけたまま机に置いたままの手帳をバッグに入れて、ちょっと視線を上げる。
部屋の窓から見える景色。
これが二番目に大きく変わってしまったところ。
村を見下ろす高台にある私の家からは、大きな四つの風車が見える。
そこからさらに南に行くとブドウ畑。それに、カレカが住んでた小さな港があった。
そう、あった。
でも、私の部屋の窓からは、ブドウ畑より南側に、大きな炭水塔とオリーブ色の角ばった戦車が見える。
家の近くに物見台が出来たのと同じ頃。村の隅っこにある港には兵隊さんが常駐する事になった。
小さな港には軍隊で使う船が入って、よくわからない物――多分、大砲とか武器とかがたくさん運び込まれて、建物の建て替えも急ピッチで進んでる。
カレカが住んでた頃のちょっと寂しい。でも、私にとっては懐かしい場所の面影は今はすっかりなくなって、いかめしい建物が出来上がろうとしてた。
「カレカ、いつ帰ってくるのかな……お家なくなっちゃうよ」
寂しい気持ちが言葉になって口からこぼれた。
軍隊の人が悪い訳じゃないだけど、私の中に責める気持ちがないと言ったら嘘。窓の外を見るたびに、カレカが帰ってこられないんじゃないかって不安になる。
「トレ、なにしてるのー?」
「ごめんなさい、すぐ行きます!」
私は急いで玄関に戻った。
リクヤさんが私の送り迎えをしてくれる事になったのは、色々と物騒になってきたのもそうだけど。物見台に交代の兵隊さんを乗せていくついで。
それには最近気づいたんだけど。
なんかね。
隣にいるんですよ、へらっとした人が。
「あの、なんでバマナさんが一緒に乗っていくんですか?」
「この車、トレちゃんを送った後は本部に戻るからさ。一緒に行っちゃおうかと思って」
「じゃあ、リクヤさんのかわりに運転してください!リクヤさんの方が偉いんですよね?」
まぁ、リクヤさんが隣にいたら、それはそれで威圧感がありますけどね。
あと、助手席に座るとかさ。あるでしょ!
なんて思うんだけど、喧々言う私を窘めるみたいにリクヤさんはミラー越しに私をちらっと見ながら
「バマナは昨日の朝から延長勤務なんだよ。運転は勘弁してやってくれ」
なんて言って、それに「うんうん」って相槌を打つバマナさんが
「そ。おれ、疲れてんのよ」
なんていいながら私の方に寄りかかってくるし、なんだこれ?
なんなのこれ?
潰れる!
潰れるから!
「やめてください、もー!」
「トレちゃん、つめてえなあ……」
分厚くて重い手帳入りのトートでバマナさんの鼻っ柱を思いっきりぶっ叩く。ぎゃんぎゃん騒ぐ私達を見て、リクヤさんはちょっと笑いながら
「ゼン兵長も大概にな」
って。そう、大概にして!
それにバマナさんは抗弁。
「トレちゃん、酷いよー。フォリ百人長も、おれの肩持ってくださいよ!昨日は斥候探しで山ん中夜通し歩き回っ……」
「バマナ!」
リクヤさんが急に大きな声を出した。
その声に、バマナさんは「しまった」って顔。
わかってます。聞かなかったことにすればいいんですよね。
「あの。トレはなにも聞きませんでした」
二人のために一応明言しとく。
見た目は七歳だし、記憶はぼんやりしているといっても、前世十六年の記憶がありますからね。大人ですよ、私。
「すまない」
って、ミラー越しに謝ってくれるリクヤさんににこって笑う。バマナさんの足を蹴っ飛ばしながらね。
なんのかんのいっても自動車は早くて、あっという間についた。
幼年学校に通い始めた頃から見慣れているフフトの町。市場のお店が色々と入れ替わったり、商館の主が変わったり。そういう小さい変化とは違う。
門のところで警備をする兵隊さんの人数が増えて、門の上には村で見た戦車みたいな大砲が据えられてる。
町の人通りの中にもグレーの制服を着た人がちらほら混じって、嫌でも戦争の二文字を思い出しちゃうくらい、軍隊の関係者が増えて、ピリピリとした雰囲気が漂う。
少し前まであまり見かけなかったのに、ここ一ヶ月くらいの間にずいぶん増えた自動車が止められている停車場で車を降りると、普段なら絶対そこにいないはずの人がそこにいた。
「父様!」
しばらく家に帰ってこなかった父さんに駆け寄って抱きつく。父さんも私を抱き上げてくれた。
「トレ、久しぶりだな。元気にしていたか?」
「父様こそ、少しやせましたよね」
久しぶりに会った父さんの頬は少しこけて、あまり健康的に暮らしてないってすぐわかる。それに。
それにね。
「アーデ千人長!」
「報告が待ちきれなくてな。話は道々聞く……が、トレを学校まで送ってきても構わないか?」
「は!」
部下二人に笑いかけて、父さんは抱き上げていた私をおろした。
いかめしい制帽はいつも通り。でも、腰には二重にベルト……なのかな?
そのベルトにはサーベルとピストルがぶら下がっていて、ベルトポーチも二個。こんな風にたくさん物を持ってる父さんを見た事ない。
それに抱き着いた時にした臭い。焦げたフライパンをやすりでごしごしこする時と同じような金属の臭いは、多分、血の臭い。
父さんの身体からする臭いに私はどうしても不安になってしまう。
「父様、大丈夫ですか?」
口をついたのは、独り言みたいに小さな声。
「あぁ。おれだって、たまにはトレと一緒にに歩きたい。学校まで送らせてくれ」
そんな私に笑いかけてくれる父さんの顔は、だけど少し疲れて痛々しく見えて、父さんの手をぎゅーっとつかむ。
革製の手袋はごわごわしていて少し指が痛むけど、そうしないと父さんがどこか遠くの世界――例えば、血なまぐさい、地獄とかそんな場所に行ってしまうような気がして怖かったんだ。
商館通りを父さんと一緒に歩く。二年前ならカレカと。そして、最近はホノマくんと手をつないで歩く道。
なので、歩いていたらホノマくんに会うんですよね。学校行く道だし。時間帯一緒だし。
「おはよう、トレ」
「おはようございます、ホノマくん」
なんとなく気恥ずかしいのはなんでだろう。
手をつないでるのは父さんだし、ホノマくんと手をつないでるよりは全然自然なはずなのに、顔が熱くなってくる。
なんだこれ。
元十六歳男子として、親と歩いてるところを見られたくなかったからなのかな?
そんな私にはちっとも構わず、父さんはホノマくんにご挨拶。
「トレの父です。君は同級生かい?」
「はい!」
そんな父さんに答えたホノマくんは、びしぃって音がするくらいかしこまって、父さんに敬礼――握った右手を胸に当ててかかとをあわせた姿勢で、父さんにあいさつした。
「ホノマ・ハーバといいます。千人長にお会いできるなんて光栄であります!」
「そんなにかしこまらないでくれ」
どうして父さんのこと知ってるの?って、それが不思議でホノマくんに聞いたら、襟のところについてるマークでわかるんだって言われた。
そこからホノマくんも一緒に歩いたんだけど、父さんはどうも偉いらしい。千人いる兵隊さんの中に一人しかいない指揮官だかなんだか……興奮気味に話すホノマくんに、父さんも苦笑いしながら、でも、ちょっとほっとしたみたいに父さんは笑ってた。
「じゃあ、トレ。しっかり勉強してきなさい。ホノマくんもな」
「「はい!」」
教会の門の前で、私とホノマくんの頭をわしわしと撫でると、父さんは仕事に戻っていった。
「トレ、お前のお父さん、すげー格好いいな!」
「そう、かな?」
「そうだよー!」
ホノマくんは褒めてくれたけど、家ではね。時々さえない事もしてるよ。
でも、その事はなんとなく黙っておく。
そんな風に私の生活の周りには段々と軍隊の気配――というより、戦争の気配なんだと思うけど。そういうものが増えてきていた。
それからどこか遠くの国の気配も。
今回のエピソードは、主人公の周りに戦争の気配が漂ってきて、お話が大きく転換するようなものを書いていたんですが……。
書いたものが予想以上に長くなってしまって(毎回一万字くらいが目途)、ちょっと構成しなおしています。
このエピソードを経て、主人公は少しずつ戦争に近づいていく事になります。
このお話を書くにあたって思い描いているのはマザーテレサの言葉です。
戦争を終わらせるにはどうすればいいのか。まず家に帰って家族を抱きしめてください。
そういうお話にしたいので、今までの雰囲気がガラッと変わるかというとそうでもないと思います。
でも、少しだけ雰囲気が変わると思うので、ご期待頂けたら嬉しいです。
次回更新は2013/01/30(水)7時頃。主人公が他の国の人と出会うエピソードを予定しています。
それから。
2013/01/22(火)7時投稿分(前回分ですね)がちょっぴり改稿されています。
お話の筋立てはあまり変わっていませんが、私なりに納得いかなかった部分を相当直しているので、もし前回分がダメダメだったとお思いの方は前回分も読んでいただけたら嬉しいです。
……読まなくても、お話の流れは変わらないので大丈夫です。




