104.勇者様、価格は二十万円也!(2)
帯をぎゅーって母さんが締めてくれて、それと同時に「ふうっ」って変な声が出ちゃって。
声と一緒に真っ白な息がふいって部屋の中に舞った。
「きつい?」
「大丈夫です」
帯の辺りが気になって弄り回してたら、その間に、赤と白の上着を何枚か重ねた左右合わせの服の襟を、母さんがぴいっと整えてくれる。
鏡の中には相変わらず、お化粧で別人みたいになっちゃった私。
ほっぺの傷があるから、今までよりは変身してないかな。
でも、そのせいで傷跡が余計気になっちゃって。だから、触って確かめてみたりして。
「お化粧で見えにくくしちゃう?」
「いえ、このままがいいです」
どんなにぼろぼろで。傷だらけになっちゃったって、私は私だもん。
お化粧できれいな私の方が、よっぽど不自然だし。
それに、そんなにぺたぺた厚塗りしたら、お化粧ごと顔がとれちゃいそう。
なんて思ってたの、お屋敷の皆は知らなかったんだろうな。
皮膚のじくじくがとれて、火傷の痕がかさぶたみたいになった頃、帝都の新聞記者さんが取材に来て。
そういう大掛かりな話って、その一回しかなかったんだけど、もうすっごい緊張したっけ。
それはともかく。その時、書いてもらった肖像画は新聞にもちゃーんと載ったんだけど
「全然似てないじゃないですか!」
「トレ様は、もっと綺麗」
「教会が手でもまわしたか?」
とか、もう、皆して――いつもはそういうのちっとも相手にしないジゼリオさんまで、ぶりぶり怒ってたんだよね。
けっこう似てたのに……。
お化粧して鏡の前に立つと、そんなのふんわり思い出しちゃう。
っていうのも、別に関係ない話なんだよ。
ようやく帰ってきた南部は冬真っ只中。
その南部から、レンカ湖を超えて、もっともっと南に向かったクリーネ王国があったかい訳なんかなくて。盛装の裾が広がったズボン――前生だったら袴っていうんだったと思うけど。
そういう隙間の多い服だから、ちょっぴり寒い。
家族水入らず……じゃないか。
テアとかクレアラさんとかギヘテさんとか、エウレも一緒だし。なんだかよくわかんないけど。
でも、せっかくの温泉旅行だったはずなのに、どうしてこんな格好しなくちゃいけないんだろ。
「ファルカ、準備出来たけど」
「あぁ」
廊下で待ってた父さんを母さんが呼んで。そろそろって部屋に入ってきた父さん。
でも、そのまま私から眼を逸らす。
お化粧したり盛装したりすると、父さんがよそよそしくなるんだよなあ。
いい加減慣れてもいいんじゃないかって思うんだけど
「きれいだな」
そんな父さんの態度にむかむかして。もういいよって思って廊下に出たら、そこで待ってたカレカはちゃーんとほめてくれた。
えへへ。
なんて、ちょっとほっぺが緩んじゃったけど。
でも、ほんと、朝っぱらからこんな格好なんかしたくなかったんだよ。
温泉入ってほこほこになって。美味しいお料理食べて――海の魚とかほんとに久しぶりで。
南部には海がないから、珍しくて。
クリーネ王国に来てから一週間くらい経つけど、もうほんとに、毎日、朝からもりもりもりもり食べてて。
そんで、朝御飯食べて、お腹ぽんぽんで、ちょっとしたら温泉につかって……っていう、だらだら生活満喫中だったのに
『ちょいと会ってもらいたいのがいるんだ。昼からだから、準備しとくれ』
『え?でも、これから温泉に……』
『風呂は逃げやしないよ』
知ってるよ、そんなの!
でも、先に言っといてくれたら、朝御飯、お腹いっぱい食べなかったのにさ。
……って、もう後の祭り。
帯がぎゅうぎゅうで、朝御飯と涙の再会しちゃいそう。
そもそも、父さんと母さんと。あと、カレカだけだったら、行きたくないって弱音はいたり出来たのに
「あいかわらずの変身ぶりだね」
「ほんと、大変身だ!」
廊下に出たら、ギヘテさんとクレアラさんが変身とかいってくるし。
まぁ、自分でも毎回、鏡見て「誰?」って思っちゃうんだけど。人に言われるのって、けっこう傷つくんだぞ!
「ほんとにトレなの!?綺麗!」
ぱちぱちって手を叩いて、褒めてくれてるのかもだけど、「別人みたい」とか、エウレも大概失礼だからね。
「やっぱりトレは綺麗だね」
ちゃんとほめてくれたのって、テアとカレカだけじゃん。
って、怒っててもしょうがないのかな。
ともかく、皆、けむりさんに声かけられてて。だから、私だけ行かないとか最初っから許してもらえそうもなかったし。
それに、これだけ変身した――自分で変身とか思っちゃってるのも、どうなのかって思うけど。でも、皆、綺麗だって言ってくれてるし。誰に会っても失礼じゃないはずだもんね。
けどさ。
「それで、誰と会うんでしたっけ?」
「……あー、いや」
すすすって皆の視線が父さんに集まって。その視線から逃げるみたいに、父さんはついって明後日の方を見た。
「ファルカさん、話してないんですか?」
「いや、その。タイミングが見つからなくて、な」
「……父様」
温泉旅行みたいな気楽さだった私のほわほわした気持ちを踏みにじったんだね。
ひどいよ、父さん!
「……ファルカ、貴方って人は!」
「いや。新聞の取材の時、がちがちになってたってジゼリオ様から聞いてたから。知らせない方がいいかと思ったんだ」
「そんな訳ないでしょ!」
怒ってくれるのは嬉しいけど、母さんも今更なんじゃないかなあ……。
新聞の取材の時は、確かにがちがちだったけど。それは、絵姿を載せるからって、スケッチされてたからだからね。
緊張とかじゃないから!
してなかった訳でもないんだけど。
ちょっと来なさいって母さんに言われて、腕をぎゅーっとつかまれた父さんがずりずりと廊下の角っ子に消えてくのを見送って。残された子供――でもないな。
なんだろ。
若者グループとおっさん一人は、ぽかーんとするしかなくなっちゃった。
「ま……まぁ、君に気を使っての事みたいだから、ね」
「そうかもしれませんけど」
どうしたらいいんだろ。
結局、誰と会うのか教えてもらえなかったんだけど。
そんな微妙な沈黙。
でも、そんな私達の背中側――これから向かおうとしてた方から
『随分とめかしこんだね』
『けむりさん』
こつこつと靴の鳴る音が聞こえて。それを追っかけるみたいに、しわがれた声がぽいぽいって投げられた。
しゃんと伸びた背中が相変わらず格好いい。深い紺色の左右合わせに長身が合わさって、空を連想させるけむりさんのその姿に、私以外の皆がお辞儀する。
それからちょっぴり遅れて、私もお辞儀。
小さい頃から、なんだか気安く会ってる人だから、ときどき偉い人なの忘れちゃう。
こういうの、よくないなあって思うんだけど。もう、しょうがないんだよ。
物凄く出遅れちゃったみたいなタイミングで、帝都で習ったお辞儀をした私をかかかって笑って
『かしこまる必要ないよ』
本人がいいって言っても、王様の代理って偉いからほんとはかしこまらないとなんじゃないかな。
すぐ後ろに従ってるどぅえとさんは笑ってるけど、怖い顔した兵隊さんが五人もつき従ってるし。その人達の中で、剣に手をかけてる人も見えるんだけど。
そういう護衛さんの他にも、事務官さんなのか、巻物みたいのを小脇に抱えたお兄さんとかもぞろぞろ。
かしこまらないなんて無理です。
『あの』
『なんだい?』
『父様が、私が緊張するといけないからって。誰に会うか教えてもらってないんですけど……』
『そうなのかい?』
事情を説明する私の言葉に、けむりさんの真っ白な眉毛がぴくって上がった。
びっくりしたのかな?
っていうか、そりゃ、びっくりするよね。
でも、くるっと私達を見て。それで、知らないのは私だけってわかったのか、なんだか意地の悪い笑みを浮かべると
『まぁ、会えばわかるよ』
って、それだけ。
それだけ言われてながーい廊下をてくてく歩いて。その突き当りのところにある金属で補強された扉の前で
『二人はここで待ってとくれ』
立ち止まったけむりさんがすっと指差すと、おつきの人達がそこに椅子をくみ上げてくれて。それが終わったところで、どぅえとさんがけむりさんの言葉を手信号にして、カレカとエウレに伝えてて。
でも、そういうの終わるより前に、けむりさんは扉を押して。その扉は、あんまり開け閉めしてなかったのかな?
ごりごりって嫌な音を立てて開いて。
そういうの、ちょっぴり怖くて歩き出せないでいたら
『早くおしよ』
『いえ、あの……』
そういうの、全然待ってくれない。いつもだったら、手を引いてくれるとか絶対ないのに、けむりさんは私の手をくいって引っ張った。
早足に。
でも、ときどき私と、皆を振り返りながら、少しだけ登る角度の螺旋の通路を歩く。
その先にあったのは、玉座のあるお部屋だった。
謁見の間、なんだと思うけど。
でも、人が来た気配なんかほとんどない。
もしここが玉座の間で。ちょっと高いとこにある真っ白な雪花石膏の椅子に座ってる人が、皇帝陛下と同じような仕事をしてるなら。
王様って人に会うのが仕事なのに、この部屋が綺麗なのって、どうしてだろ。
「よく来てくれた」
部屋に入った時は誰も座ってなかったはずの玉座の前から、私達の――南部でも帝都でも話されてる言葉で呼びかけられて。
その声に、テアとクレアラがすっと身構える。
少し離れたところにたたまま、けむりさんはそれを咎めもしなかった。
ただすっとお辞儀をしただけ。
「私が、クリーネ王国の。それから、オーシニア侯国の王だ」
真っ白な――肌も髪の毛も。なにもかも真っ白で。でも、赤い瞳だけを炯炯と光らせたその姿は、大僧正と不自然なくらいおんなじで。けど、声だけは男の子の、ちょっぴり低い声。
大僧正と違うのは瞳の色だけなのに、威圧的な雰囲気は感じない。
普通の男の子みたいなその人は。でも、普通なんかじゃないんだって、その仕草で。声で。
「そして、君達をこの世界に呼び出した“神”でもある」
「神様、なんですか?」
それから、言葉で示して。
そんなの理解できなかったから、聞き返した私に、浅く。
でも、はっきりとわかる深さでうなずいて、玉座のある少し高いところからゆっくり降りてくると
「理不尽な思いをさせて、すまなかった」
私のほっぺをすと撫でた。
男の人に触れられた時の、そわっとした嫌な気持ちがお尻の方から首の辺りまで上ってくるけど。でも、そんなの、もうどうでもよくて
「どうして、私達に会おうと思ったんですか?
神様同士が喧嘩してるせいで、大勢の人が争って。
悲しい思いをしてる人がたくさんいて。
それをおしまいにするためにって。自分達を殺させるためにって、私達をこの世界に呼んだ人が。
いままで、なにもしようとしなかったくせに、どうして今更!」
「だから、君達を呼んだんだ」
かあって頭の中が熱くなった私の眼をじっと見ても、神様の言葉は静かだった。
即席に設えられた。でも、立派な食卓に並べられたお茶と、お茶うけの林檎の砂糖煮。
どっちももう、部屋の温度と同じくらいの温度に冷えて。だから、誰も口をつけようとしないそのお茶を、神様を自称するその人は、舐めるみたいにちょっぴり口をつける。
それだけで、なにも言わないまま、もうずいぶん時間が経った気がする。
自分で話したいって言って、私達を呼び出したくせに、ずーっと黙ったまま。なんもないなら、もうおしまいにしてもらってお風呂入りたい。
そう思ってた――まぁ、お風呂はともかくだけど。そういうの、皆同じだったのかも。
ちらちらってクレアラさんを皆が見て。その視線にふいってため息をつくと、クレアラさんは吐き出した息をふうってもう一回吸い込んだ。
「黙っていても始まらないから、きかせてください」
「なんでも」
「そもそも、原因はなんだったんですか?」
「孤独、かな」
孤独?
神様は三人いたんじゃないの?
「トレブリアって神様は、もともと一人きりだったんだ。世界を作って、動物とか人間とか、いろんなものを作って気がついた。自分は一人きりだって」
一人がさびしいのはわかるけど。でも、喧嘩って、一人ぽっちじゃ出来ないよね?
どうして喧嘩を始めたのっていう質問には答えてない気がする。
「ずうっと一人きりで、孤独に耐えられなくなって。世界中を水浸しにしたり――その時に出来たのが、レンカ湖だったりするんだけど」
「……なんだか、どこかで聞いたような話ですね」
渋い顔でクレアラさんがカップに手を伸ばして。その中身を口に含むと、もっとひどい顔になった。
私も。
きっと、ここにいる皆、クレアラさんと同じ気持ちなんだって思う。
前世の神様も、なにかっていうと洪水とかで人間を押し流しちゃう人だった気がするもんね。
どうして、神様って身勝手なんだろ?
気に入らないからとか。一人ぼっちで寂しいからとか。
自分の都合だけで、自分で作った物を全部なかったことにしようとするとかさ。
「けど。そんなんで孤独をどうこう出来る訳なんかなくてね。だから、よその世界から人を呼んで、身体を粉々にしてもらった」
「この世界の人間じゃ駄目だったの?」
「残念ながら。この世界の“モノ”に、トレブリアの身体を砕く事は出来ない」
だからって、そんな。
誰かを殺すためだけに、どこかから呼び出されるなんて。
そんなの、嫌だったんじゃないかな。
「その時、トレブリアを殺したのが、初代オーシニア王だ」
「じゃあ、あんたはなんなんです?」
「粉々に砕かれた、破片の一個。かな?」
じゃあ、神様同士の戦争ってなんなの?
一人しかいない神様が、ばらばらに砕かれたってだけで、戦争が始まった原因の答えになんかなってない。
「砕けた破片は世界中に散らばって、そこにいる人間から生まれる。母が言ってた、現人神ってのはそういう事なんだ」
「元から一つのものが、どうして戦争なんかしてる?」
手をごしごしこすりあわせながら。ごしごしっていう音の合間に、滑り込ませるみたいにギヘテさんは神様をにらんだ。
「ひとつに戻ろうとしてるんだろうね」
剣の強い眼をしたギヘテさんに、神様はそう答えた。
一人で寂しくて。
それでばらばらになっちゃうくらい孤独だったのに、どうしてまた一つに戻りたいなんて思うんだろう?
そういう気持ちがわかんなくて、隅っこに座ってるけむりさんを見る。
王様が言った、お母さんって、きっとけむりさんなんだって思ったから。もしかしたら、相談とかされたかもしれないし。
じっと見てたら、けむりさんと目が合った。
けむりさんは私をじっと見てた。
いつか。
私が小っちゃい頃、一緒に寝る事になって。生まれる前の記憶の話をした、あの時と同じ。
静かに。
じっと。
私がお母さんだったら。
自分の子供が、もしこんな――神様に向かってこんななんて、失礼かもだけど。でも、重たい色々を背負ってるってわかったら、どうするのかな?
どうしたらいいのかな?
私の上にじいっと止まってたけむりさんの視線は、王様がまた話し始めるとすいっと離れてく。
それがなんだか寂しい。
そんな私の気持ちも、けむりさんにも構わずに、王様の話は続いてる。
「ばらばらの破片に守られた地域同士では、それぞれ言葉が通じない。だから、共食いみたいに相手を飲み干して、自分の言葉を話せる人間を増やしてった」
「それが、神様同士の戦争なんですね」
「そうだね。でも、破片っていっても神様だから、この世界のなにを使っても。それどころか、破片同志でぶつかりあっても壊せない。壊せなきゃ、相手を飲み干す事も出来ない」
「だから、ぼく達みたいな勇者候補を呼び出して殺させるって事ですか」
「君の能力なら、簡単だろうね」
みしってテアの手元で音がして。ぎゅっと握りしめた拳がふるって震えた。けど、そんなの気にもしてないのか、王様は笑うだけ。
笑ってるだけで、そうだとも違うとも言わないで。
でも、テアの言葉が正しいんだって言ってるのと同じで
「それで。ぼく達と話をして、それでどうするつもりなんです?」
「それを、君達にきこうと思ってたんだ」
君達。
言葉では確かにそう言ったけど、王様の眼は私だけをじっと見てた。
「ぼく達とも、君達とも言葉を通じて。どうにかして一緒に生きていこうとした、タリア連邦の破片が砕かれた時、たくさんの命が犠牲になったのは?」
「なにがあったかは、うすらいさんからききました」
「そう」
表情がちょっぴり冷たくなって。
けど、それだけ。
王様はカップのふちをすうって撫でて
「だからね。ぼくがいなくなってもそんな風にならない様に、そこに住む人同士に友情があればいいって、思ったんだ」
それから、にこって笑って。
「君は。それから、君を助けてくれた、ここにいる君達。それと、ここにいない色々な人が応えてくれた」
綺麗な顔立ちで。それだけでほっとしちゃうくらいの美人で。そこで笑ってるだけで、皆がなんだかほっとしちゃいそうな、そんな柔らかい笑顔なのに。
どうしてそんな風に、悲しそうなんだろ?
「だから、今度はぼくが君に。君達に応える番だ」
「応えるって、どういう意味ですか?」
ほんとはわかってる。
わかってるけど。
ききたくなんかないけど。
それでも、それがほんとじゃないって思いたくて、ぐらぐらしてる心の中をぎゅーって押さえつけて
「この剣を使えば、君みたいに弱い能力しか持たなくても、神の力を抑え込んで、ぼくを殺せる」
そんなの見越したみたいに、腰に佩いた剣がかしゃんとテーブルの上に置いた王様は、私をじっと見つめたまま。
その瞳はガーネットみたいに、暗くて濃い赤に光ってた。
だから、私は……。
今回は、いよいよ最終回……の、二話目!
三回分に分割した二回目です。
ちょっぴり格好悪い感じですけど。でも、トレの物語は次回でお終い。
回収しきれなかった色々が残ってるとこもありますけど、心残りなく書き切れたと思ってます。
次回の更新は2014/11/25(火)午前7時頃に更新されます。
更新についてなにか変更があれば、活動報告にて。




