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103/106

103.勇者様、価格は二十万円也!(1)

 双眼鏡をのぞいて一番最初に見えるのは、真っ白でどこまでも続いてるみたいな帝都の城壁。

 その手前には、たくさんの旗が掲げられてる。


 赤と青の生地に金糸で角の生えた蛇の絡み合ったマークは、エザリナ皇国の旗。

 剣を持った鷲のマークは正規軍の。

 士官学校の校旗と同じ龍、鳳、獅子、蛇、鷹、虎。それと、梟のマークを掲げてるのは、新しくなった近衛師団の旗なんだって。


 旗の下には、私達がのってるのと同じ、ギヘテさんが作った戦車がずらーっと並んでる。



 倍率八倍の双眼鏡だから、今いる場所から大体一キロと六百メートルくらいかな?


 元々は、青々と綺麗な原っぱだった帝都の南側の平地は、戦車の履帯に削られてぐしゃぐしゃで。ちょっぴり胸が痛くなっちゃった。


 小さい頃、兵隊さんが母さんの畑を踏み荒らしてった時もそうだったけど、綺麗な風景が滅茶苦茶になっちゃうのって、悲しくて。

 だから、ふいってため息が出て。


 吐き出した息をもっかい吸いこんだら、甘いミルクとちょっと苦味のある香りが飛び込んできた。


「ちび、なにか動きはあったか?」

「……カレカ」


 ふわっと濃くなった香り。

 それと、煙草の匂いが近くなったから、双眼鏡から眼を上げる。


 そしたら、思ったよりずっと近くに――私が今いる車長席のすぐ上のハッチの周りって、ほとんどスペースがない。

 だから、誰かに近づかれるなんて思ってなくて。ちょっとびっくりしちゃった。


「ほら」

「ありがとうございます」


 ぐいって押しつけられたのは、クリーネ王国を経由して、はるか西のオーシニア侯国からやってきた、炒った豆を煎じて飲むお茶。

 前世でいうなら珈琲みたいな味の飲物。


 ミルクを入れないと苦いだけだって思うんだけど。父さんとかカレカとか。

 テアもクレアラさんも、男の人はそのまま飲むのがお気に入りみたい。


 そういうのよくわかんない。



 カップを受け取って、カレカを。

 それから、ぐるーって戦車の周りを見渡す。


 周りには南部の旗。

 それからクリーネ王国の旗とオーシニア侯国の旗が、春の柔らかい風にふたふたとなびいてる。


「もう、一年経っちゃったんですね」

「あっという間だったよな」


 そう、あっという間だったんだ。




 私達が、今日この日を――中央と喧嘩になっちゃっても、戦争を終わらせるんだって決めた、一年前のあの日から。

 手紙を書いたりとか話し合ったりとか。準備でばたばた走り回って、わーって過ぎちゃったから実感薄いんだけどね。



 でも、あの、戦車の中で蒸し焼きになりそうになって、ジレのお屋敷で手当てを受けて。

 じくじくだった肌が乾いて、普通に暮らせるようになるまでの二ヶ月はほんとに長くって


「肌の具合も落ち着いてきたし、一度、南部に帰れ」


 だから、ジゼリオさんの許可が下りて、ようやく南部に帰れるって決まった時は、すっごく嬉しくて。ちょっと泣いちゃったくらいだったんだけど


「あんた、なんで戦車はだいじょぶなのに、汽車でそんななの?」

「……ごべんなふぁ……おぇー」


 背中をさすってくれるギヘテさんに謝りながら、南部に向かい汽車の中で、トイレと仲良しになるしかなかった私。


 介抱してくれてたギヘテさんも、ちょっと呆れてた気がする。



 一緒の汽車で帰ってきたテアとクレアラさんにも笑われちゃったし。もう、やんなっちゃう。



 心配してくれたのはカレカとエウレだけで。

 そういうのも含めて、お屋敷で泣いちゃった時とは違う意味で、汽車に乗ってる間――一週間くらいかな?


 もう、ずーっと泣き泣き。



 ぐらぐらごとごとの戦車に乗っても大丈夫になったのに、全然快適な汽車で乗物酔いって、なんなんだろね。


 これじゃ、士官学校に行けなくなって、帝都から帰ってきたときとなんも変わんないじゃん。

 って、ちょっとしょんぼりだったんだけど。駅についたら、わーってお出迎えの人が改札の向こうにあふれてるのが見えた。


「なんか、大袈裟すぎませんか?」


 駅の外にはみ出して、線路の脇の道まで埋まってる人ごみ。

 そのせいで、汽車が止まってからも、ちょっと外に出るのが怖くて。ドアのとこで縮こまってた私の耳元で、テアとギヘテさんがね。


「帝都の新聞に、トレの絵姿がのってたからね」

「ハーバ商会が束で買って、南部に送りつけてたらしいよ。あんた、もう、立派な有名人だね」


 なんて新事実をお知らせ。



 ……ホノマくんめ――もしかしたら、コービデさんかもだけど。

 こういうの、困る!


 改札のとこで、灰色の制服の人達――南部方面軍の兵隊さん達が、スクラム組んで止めてくれてて。

 そうじゃなかったら、ホームとか滅茶苦茶になっちゃうくらいびっしりの人。


 ドアのとこでうーとかあーとかいうしかない私を置いて、クレアラさんもテアも。

 エウレもギヘテさんもすたすた降りてっちゃった。


 客車に残ってるのは、私とカレカだけ。


「ほら、行くぞ」

「あの。でも……」


 とんってカレカは背中を押してくれるけど。でも、どうしても視線は人込みを避けたくて、床に吸い込まれちゃう。


 でも。

 でもね。


「ファルカさんもトルキアさんも来てくれてる」

「……父様、母様?」


 さっきまで、誰もいなかったはずのドアの外。

 先に降りた皆に囲まれるみたいに、父さんと母さんがいてくれて


「おかえり、トレ」

「おかえりなさい、トレ」


 二人で手を伸ばしてくれたから、それだけでぼろぼろ涙が。

 涙だけじゃなくて、鼻水とかよだれとか。なんかもうぐしゃぐしゃになっちゃって。


 懐かしくて。

 嬉しくて。

 そういうの、ぜんぶぜんぶぜーんぶ我慢できなくなっちゃって。


 だから、二人の頭よりちょっぴり高い、客車のステップから父さんと母さんの間に向かって飛び込んじゃった。


「ただいま。父様、母様」


 力を入れると、まだ火傷の痕が引きつる感じなんだけど。

 そんなの忘れちゃうくらい、思いっきり力を入れて二人に飛びついて、ぎゅーってする。


 そしたら、甘くて苦い煙草の匂いと、ベーコンとかハムを作るときのスパイスとミルクが混じった匂い。


 南部の……ううん。

 私の生まれた、レンカ村の。あの小さな家の匂いがして。そういうの、胸の中にたくさんたくさん詰め込みたくて。

 父さんと母さんに鼻を押しつけて、ふんふんって鼻息荒くなっちゃった私に声をかけてきた人がもう一人。


『見ない間に、犬になっちまったのかい?』

『……けむりさん』


 見た目的にはいい年のはずなのに、すっと伸びた背筋。

 それに、仕立てのいい紺色の左右合わせの服は、大勢の人の中でもすっごく目立つから、いたのには気づいてたんだけどさ。


『ほれ。婆にも顔を見せてごらんよ』

『いだい!』


 耳ひっぱんの、辞めて!


 年齢の事とか考えると、すぐ邪険に扱うの、よくないよ!

 ……言わないけど。



 耳をつままれて、父さんと母さんから引っぺがされた私の顔――っていうか、ほっぺを、けむりさんはじいっと見て。

 それから、すっと目を細くした。


『こんな傷こさえちまって……』

『大丈夫です。気にしてないですから』


 ほんとは、気にしてないなんて嘘。

 曲げ伸ばしする時に引きつる感じがしたり、ほっぺの傷も、笑う時とかきゅーっと顔全体を引っ張る感じがするし。


 なにより、傷跡はぐしゃぐしゃで、自分で見てもちょっぴり怖いくらいなんだけど。


 でも。

 生きてただけで充分。

 っていうのは強がりなのかな?


『うちの国にね。刀傷とか火傷にきく温泉があるんだけどね』

『はぁ……』

『剣術やってる奴が多いから、そういうのを見る医者も多いんだよ』

『そうなんですか』

『海の魚は、湖の魚より滋養があるよ』


 なんて。

 いつもはっきりしてるけむりさんなのに、ぼんやりとした話をもにょもにょ重ねてる。


『あの、けむりさん。クリーネ王国がいいところなのはわかりましたけど、それがなにか?』

『……にぶい娘だね、あんたは!うちの国に来いって言ってんだよ』

『そんなの、はっきり言ってもらわなきゃわかりません!』

『今、わかったろう。来るのか来ないのか、はっきりしな!』


 はっきりって、一人でなんか行きたくない。


 せっかく南部に。

 お家に帰ってきたんだもん。


 父さん母さんと一緒にいたいもん。


 離れたくないもん。


 そう思って、父さんと母さんを。

 それから、ちょっと離れたとこで待っててくれてるカレカをちろちろって見る。


『あの。父様も母様にきいてからでもいいですか?』

『きいてごらん。なんなら、家族で来たっていいんだから』


 なんで、そんなに私をクリーネ王国に呼びたいんだろ?

 よくわかんない。


「あの。けむりさんが、クリーネ王国に遊びに来いって言ってるんですけど……」

「いいんじゃないか?」


 えー。


 あっさり返事をしたのは父さん。


 事後処理とか色々でサルカタ司令もコトリさんも帝都に残ってるのに、事務とか色々しなくていいの?


 この中で一番忙しくて、南部から離れちゃいけないはずなのに、そんな、なんでもないみたいにって、心配で。

 だから、ちらって母さんの方見てみたんだけど


「近々、大きな人事異動があるんだ。休暇を使うにはいい機会だよ」

「そうね」


 そんな父さんにあわせるみたいに、母さんもにこにこ。


 おかしい。

 なんかおかしい。



 でも、なにがおかしいのかとかよくわかんないまま


「家族で旅行なんて、素敵じゃない!」

「そう、ですけど……」

「あの、おれも一緒に行っていいですか?」

「トレはお前に任せたと言ったはずだ。ついてこないでどうする」


 ちょっと離れたとこで聞いてたはずのカレカもお話にのっかってきちゃって


「じゃあ、私も!」


 はいはいって元気に手を挙げたエウレも。それから


「なにか含むところがあるみたいだからね。ぼくも一緒に行っていいかな?」

「もちろん、ぼくもいいよね?トレ」

「私一人で南部にいてもしょうがないから、混ぜてもらうよ」


 戦争はとりあえず落ち着いたけど、私の立場とかで教会がやいやい言ってるみたいだし。

 そういう時に、クレアラさんと補佐役のテアを旅行に連れ出したりとか絶対駄目だと思うんだけど、二人ともあっさり。


 暇だから、みたいな理由のギヘテさんもどうかと思うんだけど。


 って、気がついたら、南部に帰ってきたばっかりの皆がクリーネ王国に行くって言い出しちゃってるし!

 あっちの都合だってあるんだからさぁ……


『あの。皆行きたいっていうんですけど、大丈夫ですか?』

『いいんじゃないかい?』


 いいんだ。

 あー、もう。



 こういうの、私が知らないところで、最初っから全部決まってたみたいで面白くない。



 そう思っても、皆が行くって言ったら、私一人だけ行かないとか言える訳なくて。せっかく南部に帰ってきたのに、そのままもっかいお出かけする事になっちゃった。

 ほんとは、お家でゆっくりの方がいいのにね。

長々とお待たせしてしまいましたが、今回は、いよいよ最終回!

……の、はずだったんですが。


上手く書けなくて、三回分に分割する事になっちゃいました。


完結する完結するって言って、その直後に病気で更新が止まっちゃった後なので、ちょっぴり格好悪い感じですけど。

でも、たった今、最終回まで投稿したので、お許しいただけたらなあって思っています。



次回の更新は2014/11/23(日)午前7時頃に更新されます。


更新についてなにか変更があれば、活動報告にて。

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