10.お見舞いなのに緊張します
これは前回のお話から零れ落ちてしまったエピソード。予定外の更新なので短めです。
決闘の次の日。
熱が出て学校を休んだ私の部屋に奇妙なお客様がやってきた。
「トレ、アルエさんっていう子がお見舞いに来てくれたわよ」
って。 どうしてお見舞い?
もう一撃お見舞いするっていう意味かなって、ちょっと不安になったけど、ドキドキするまもなく母さんがお部屋に通しちゃった。
「こんにちは、トレ」
「こ、こんにちは」
ぎこちない沈黙。
昨日はあんなに堂々としていたアルエさんは、どこかしおらしい。 結い上げていた髪をすっかりおろしてるからなのか、しょんぼりした時のエウレと同じ。
耳がぺたーってなっちゃってるみたいに元気がないように見える。
「怪我をさせるつもりなんかなかったのだけど、こんなことになってごめんなさい」
「あ、いえ。トレが決めた事ですし。 怪我をさせたのはテアさんなので、気にしないでください」
まさか謝ってもらうなんて思っていなくて、私の方がびっくりしちゃった。 そして、 またぎこちない沈黙。
熱でぼんやりする頭で一生懸命話題を探すけど、なんにもない。
そもそも、お見舞いに来てもらう理由がよくわからないんだもん。
話なんてある訳ない。
「座っても構わない?」
って言いながら、アルエさんはベッドに腰掛ける。
返事は待たないんですね。
いいけど。
「貴方、あの子と本当に仲がいいのね」
「はい。はじめての友達ですから」
アルエさんはエウレの事って言ってないけど、多分そう。
だから、私は素直に仲良しだって認める。
「あの子はね、私の妹なの」
「え?」
わからなかった ――とはいえない。
丸みを帯びた可愛らしい顔立ちと、紅茶色のふわっとした髪。 眼が吊上がってるところ以外、アルエさんとエウレはすごく似てる。
「あの子が捨てられて教会に来たってしってる?」
「はい」
アルエさんは少し俯くと、視線を落とした。
「捨ててしまったのはお父様なの。 お母様はあの子を渡さないようにすごくすごく頑張ったわ。 帝都の孤児院に預けた時も、人をやって探させてね」
そこまで話すとふうっとため息をつく。
「お母様の手の届かないところにやってしまおうとしたんでしょうね。 だから、この教会が選ばれたの」
アルエさんはその時どう思ってたんだろう?
そんな風に身近な人がいなくなるなんて、私には耐えられそうもないって思う。
「あの子がいなくなってから、お母様は少しずつおかしくなってしまったわ。 エウレがいたらそろそろこの服を着る頃ね、とか。 エウレの入学手続きをしなくちゃ、とか。 今もいなくなってしまったあの子を見て暮らしてるの」
お母さんの話をするアルエさんは本当に悲しそうだけど、その横顔から表情はどんどんなくなって、ビスクドールみたいに冷たい。
「いもしないあの子の事は見えているのに、お母様は私の事を見てもくれない」
ぞっとするほど冷たい声音。
昨日も感じた目の奥の方にある暗いなにか。
それがエウレに対する感情なんだって想像したら、お腹の中がきゅーっと冷える感じがした。
「だから、あの子が私より寂しく暮らしているのを確認しようと思ってきたの。 でも、あの子は友達に囲まれて、笑顔で……」
ぱたぱたって音がして。
それがアルエさんの涙がこぼれた音だって私が気づくまで一瞬。
声を殺してなくアルエさんの手を、私はそっと握る。
一人ぼっちで寂しかったアルエさんに、近くに私がいるよって伝えたくて。
ひとしきり泣いたアルエさんは、少し赤くなった、でも険のない目で私の眼を見ながら
「妹の事、よろしくね。 帝都に来たらうちに遊びに来なさいね、トレ」
っていって笑ったんだ。
「はい、きっと」
これは多分、遠い日のための約束。
本当は決闘の前にトレとアルエが話すはずだった内容なんですが、さしこむタイミングがうまくつかめませんでした。
なので、後日談的に……。
ノートの中に残ってしまったこの部分が惜しくなってしまって、予定外の投稿をした次第です。
次回更新は当初の予定通り2013/1/15(火)7:00頃、卒業していく上級生とお別れに憂う主人公のエピソードを投稿します。




