1.魂は不動産と同じです
まぁ、いまさら異世界からの勇者がどうこうってのは、使い古された話だ。
だが、この世界――トレブリカは勇者を求めていた。
しごく大勢の勇者を。
おれ――坂下 秋久は十六歳の秋に死んだ。
体育の授業中、短距離走を3~4本走った後、突然心臓が止まりそれっきり。
駆けつけた両親は体育担当の大釜先生に食ってかかり、その後、医者に説明をされてその日は帰っていった。
どうやらスポーツ心臓とかいう、そう珍しくない症状だったらしく、先生もAEDでしっかり対処してくれていたり、救急隊も適切な処置をしたと証言したりで、納得するよりなかったらしい。
確かに、体育の先生はすごい一生懸命手当てをしてくれてたし、おれもうらむところは一切ない。
その後、警察やらなにやら、難しい色々があってその様子を、おれは数日ぼんやりと眺めていた。
自分の体の外から。
いわゆる幽体離脱とかいう事なんだろうが、向こうにおれが認識できない以外は普通に過ごせていたから不思議なもんだ。
とはいえ、なにをする事もできないまま、身体は火葬にされ、いよいよ居場所がなくなったおれは、火葬場の待合スペースで長椅子に座り、ぼんやりしていた。
これからどうすっかな……と途方にくれていると
「そんなあなたに朗報です!」
「おわぁ!」
居場所のなくなったおれに話しかけてきたのは、顔の上半分に頭蓋骨をかたどった仮面をつけた女だった。
ローウェストの黒いワンピースを着て、その上から白黒ボーダー柄のカーディガンを羽織った気軽な、でも完全な葬式カラーで全身をまとめた装いの女は首からたすきがけにしていたポシェットから名刺を取り出し
「わたくし、臨終から転生まで貴方の魂を見守る水先案内協会の四十万ともうしまして、貴方の魂を買いつけに参りました」
「は、はぁ……」
と、軽快な営業トークを繰り出しつつ四十万はおれの前に座ると、挑発的に足を組み、口の端だけに笑みを貼り付けたまま説明を始める。
いわく、彼女は死神みたいな者の会社に勤務しており、使い道のありそうな魂を買いつけて、よその世界に販売する事を生業にしているらしい。
「んで、おれの魂を買いつけに来たと……」
全く理解できない話だった。
そもそも、買いつけられた魂の代価はどこに行くっていうんだ?
死人がつかう金といえば、三途の川の渡し賃位のもののはず(というのをテレビゲームで知りましたよ、奥さん)だ。
おれがそう疑問を口にする前に、四十万は回答を口にする。
――テレパシー的なあれなのか?
「買いつけられた魂は、先方の望む人間としてもう一度生を受けます。 代価の方は死人に利得を提供しても意味がないんで、遺族の方の人生における総幸福量を増量するという形になります」
そういわれると、なんとなく心にちくりとしたものがある。
あんな風に泣き崩れる両親は、生まれてから死ぬまで見たこともなかった。
出来るなら、二人にはおれがいなくなった空白を埋められるくらいに幸せになって欲しい。そのためには、おれの魂の価格を出来る限り吊り上げたい。
吊り上げたいんだが
「そういえば、おれの魂の価値ってのはどんなもんな訳?」
「あ、見積書を持ってきてますんで、一緒に確認しておきましょう」
そんなもんがあるのか……と、ちょっとあきれつつテーブルの上におかれる書類の内容を確認する。
生前の肉体的素養については全て評価外になるらしく、中学三年間頑張って、中距離の県記録を出した件については査定外。
不本意ながら主に男子から告白される事が多かった、世一般に言われる可愛らしい見てくれについても、まあ当然査定外だった。 評価されても嬉しくないけど。
その他の主な内容は精神的ないろいろに関する評価で、そろばんと暗算については近所の古本屋でプレミア付CDを売るくらいのプラス査定があるくらいで総合的にはあまり高くない内容が記されていた。
マイナス査定については、けっこうおぞましい価格のマイナスがついていましたけどもね。
総合的には市場価格で日本円に直すと二十万円に満たない(らしい)。
「おれってなんでこんなに価値がないの?」
「まぁ、お家とおんなじで経年と共に劣化しますからね」
不動産かよ!
というか、四十万が家の話をするというのも、なんだか現実離れしている気がするけど。まぁ、それはいい。
とにかく、中古魂の価値をあげるためにはビンテージ的ななにかがないことには交渉の余地もない。余地もないのだが、なにかないのか?
おれが書類を吟味していると、四十万は査定理由の細かい説明を始める。
「貴方の素養としては大変な努力家であり、小学校の頃から習われているそろばんや、中学校から始めた陸上の大会でも好成績を収めている事から大舞台での精神的タフネスも高い。それでいて勉学など、自分の苦手な分野に取り組むときは、真面目に努力をしているように見えて自ら効率を落とすような事をする傾向があります。また、中学校の陸上の顧問からかなりおぞましい ――筆舌に尽くしがたいのであえて尽くしませんが、性的ないたずらを受けていて男のくせに男性不信気味。ある意味で繊細なところもあり……」
「いや、もういい!」
地味に心の古傷を穿り返しやがって、ぶち殺してくれようか!
まぁ、こっちが死んでるって事は向こうもそんなもんなんだろうから、殺すもへったくれもないんだろうけどさ。
とりあえず、この二十万円くらいのおれの魂をどこにどう売るのかということだ。
売り先についても十分に吟味する必要がある。
「いくつか販売先として考えている世界がありまして」
いいながら、旅行会社のカタログのように、その世界の代表的な光景らしいものを切り貼りした冊子を何冊か取り出して、おれの前に並べた。
こういうのは、案内する場所のいいところを切り出して「ここにいってみたいな!」と思わせるような構成にしてあるべきだろうに、どれもこれも湿り気と暗さ。不気味さや血なまぐささを印象させるものばかりだ。
「……なんか、おどろおどろしいのばっかりなんだけど」
「そうですか? それぞれの世界の一番いいところを切り出しているんですけどね」
いいながら四十万がとりあげた冊子には、広大な農場のようなものが写っている。
写っているのだが、そこには牛頭の人間が、普通の人間を田んぼに鋤きこんでいる風景が見える。これ、生き埋めですよね?
拷問的なサムシングですよね!?
それがいいところなら、そんな世界には全く行きたくない。
「どれもいきたくない場合は?」
「その場合、地獄的なところに行って頂いて、そこの獄卒さんが飽きるまでひどい目にあっていただく感じになると思います」
嫌な感じの事をさらりと答えながら、四十万は足を組みなおし、ポシェットからタバコを取り出す。
「火あります?」
「おれ、高校生なんで……」
「っち」
ちょっと舌打ちしなかったか、こいつ。
まぁでも、どっちでも詰んでた。
「とりあえず、貴方の魂を高額で買ってくれそうなのは、基本的に危機に瀕している世界です」
「なんで?」
「そういう世界は努力家で、大舞台に強い人物を求めています。 こっちのテレビゲームなんかでは勇者とか呼称される手合いの素養がある人間の魂が高く売れるみたいです」
いいながらポシェットにタバコをしまい、ガムを取り出す。 もう、営業マンというよりは押し売りだよな。
しかし、つまるところ、今はなきおれが両親を幸せにするには勇者になる必要があると。
そういうお話らしい。
「それは、あれじゃないの? 過酷な世界だと現地でころりと死ぬ事もあるんじゃあないの?」
「まぁ、ないとは言えませんね。 それに、今生よりも行った先がいい環境であるとは限りませんし、さっき話に出てきた顧問の「うるせええ!」という事もありえます」
誰か、とんかち。
とんかち的ななにか、打撃できるものを持ってきてくれ!
「あの、あまり失礼な事を考えているなら、魂の価値を下げてとんでもないところに売り飛ばしますよ」
「……失礼はどっちだ、悪徳営業マンめ」
「なんとでもいいやがれでございます」
よどみなく営業トーク的なしゃべりと、べらんめえなしゃべりをブレンドしてきやがった。
「まぁでも、買手の方への保障の問題もありますので、転生先に定着できるまでは私の方でそれなりのサポート――まぁ、片手間なんでそんなに当てにしないでくださいね。 後は、すぐ死なない様にオプションを実装する事ができます」
「そうなの?」
てか、なんだよオプションって。
「特殊な力とか、チート的な能力構成とか、まぁ色々ありますけど……」
いいながら通信教育講座の新聞広告みたいな構成の、特殊能力やらなんやらの書いてあるパンフレットが椅子から少し腰を浮かせた四十万のスカートの中からばさばさと出てきた。
……あれか?
スカートの中は青い猫だか狸だか型のロボットについてる四次元的ななにかなのか?
「オススメなのはすごい魔法が使えるとか、すごく初期能力が高いとか。 このパッケージだと、能力の他に初期装備としていくつかの特典がパックになっていて……」
「はぁ」
どこから出てきたのかとか、パンフレットが人肌に暖められていて気持ち悪いとか、そういういいたいことは山ほどあるけど、それ以上に知りたい事がひとつ。
「これさ、各項目の右下に数字が書いてあるけど、これはなに?」
「価格ですけど?」
「なんで金とるんだよ!」
「そんなの行った先で貴方が使うものだからに決まってるじゃないですか! もちろん、料金はご両親の人生の幸福総量からお支払い頂きます」
「払えるか!」
あんなに悲しそうだった父さん母さんにこれ以上不幸を背負わせる気は毛頭ない。
しかも、悪徳通信教育ばりのイカサマな価格設定もあるじゃねえか。
異性の衣服が透けるっていう能力に二十万って、これ、どういう事だよ?
エロ本に載ってた赤外線カメラとおれの価値って同等なのか……やる気でねえなあ。
「あからさまにテンションがさがりましたね」
「さがらいでか!」
もう、つっこむのも面倒くせえ。
「とりあえず、貴方の価値を担保にして購入できますし、先にある程度チョイスしておいて現地で努力して後払いするという方式も取れます」
「そーですかー」
「やる気出せよ、ごんたくれ!」
「へぶ」
言いながら鼻に鉄拳食らわしてきやがりましたよ、この糞営業マン!
というか、死んでいるにも関わらず、猛烈にいてえ!
涙とか鼻血とかがとまらねえんですけど、これ手当てとか必要なのかな。死んでるけど。
「とりあえず、カタログから適当に選んで、後払い方式で登録しておきましょう。 見てくれは悪いよりはいい方が有利ですよね。 基本的な能力はまぁ平均より上くらいにしておきます。あとは持ち前の努力とか粘着質とかでカバーしてください。 生活に便利な魔法で一番安いものもセットにしてぶっこんでおきます。 あと、なにかご希望は?」
「現地では大事にされたいです。 あと、急に鼻にパンチくれる女とかいないとなおいいです」
「もう一発いきますか?」
「いえ、むしろ一発いかせてく……がぁ」
下ネタをぶち込もうとしたおれの股間にテーブル向こうで立ち上がった四十万が、ジャッキーもびっくりの前蹴りかましてきやがりましたよ!
死んでても死ぬほど痛い。 ゴールデンボールが腹の中にあがってくるあの感覚は健在。
ってか、客の金的に前蹴りかますって、どんな営業マンだよ!
……まぁ、蹴り方の都合上、素敵なものが見えたけど。
おれをはじめとした青少年にとって、女子のスカートの中には秘密とか夢が詰まっているということを再確認したとだけは言っておこう。
おれが悶絶し、冷や汗的なものをだらだら流し、かつ涙も鼻血も止まっていない状況で床に転がっている間に、四十万はしゃらしゃらと書面の上にペンを走らせなにかの契約書っぽい書類が完成した。
でも、書き込んだ文字列が涙でかすんで見えやしない。
「こちらの魂に関する諸権利の委任状と幸福量振込先様の確認書類。 あと、この書類とこの書類は現地の状況とか来世で魂が入る肉体に関する諸々の確認書と権利書、それぞれにサインをお願いします」
「あい」
まだ下半身が言うことをきかないもんで生まれたての小鹿みたいになったけど、なんとか長椅子に腰掛ける。
そんで、言われるがままにサイン――いくつかの書類が鼻血で汚れて、四十万が唇をゆがめて嫌そうにしていたけど、知るか!
書類は五分立たずに書き終わった。
これで全部終了!
あと、確認すべきことだけは確認しておかなければ。
「あのさ。 現地でのおれの功績で今の両親にボーナスが出たりはしないの?」
というおれの問いかけに満面の笑みに――といっても、顔の上半分は仮面をつけているから目が笑ってるかは全くわからないけど。
口元だけ嬉しそうに笑いながら、四十万は身を乗り出してきた。
「あります、ありますよ。 貴方の魂を買い取った神様的なものの要求を満たす事で、ご両親の幸福総量がドンと倍! 私の営業成績やボーナスの査定にもプラスがつきます!」
「あんたにも利益があんのか……」
「あと、さっき私が適当に選んだ特殊能力も少しずつ開放されるんじゃねーかと思います」
適当に選んだという言葉はちょっと気になるけど、行った先で頑張れば、おれが死んだせいであんなに悲しそうだった両親が幸せになる。
それだけで充分だ。
「では、一時間したら自動的に現地に転送されますんで、説明書をよく読んで置いてください」
「一緒に来てくんないのか?」
「三~四歳位まではテレパシー的なもので連絡できますし、現地でしくじって死んじゃったらもう一回行きますんで」
「二度とくんな!」
四十万は長椅子から立ち上がるとスカートをパンパンと手で直し、火葬場を後にしていった。
自転車に乗っていた気がするのは気のせいだろう。
落ち着いたところでもう一度書類を確認する。
「なになに、トレブリカという世界は二つの勢力に別れて戦争を続けている世界です。 二つの勢力の内、今回販売先になっている神様の作った勢力は、この世界の人間に近い構造をしています」
つまるところ、今の世界と同じように生きられるって事だな。
それなら、なじむのは簡単だろう。
「ただ、もう一方の勢力にも神様がおり、そちらとの喧嘩が忙しい側面もあって、本ケースでは神様による特別なバックアップは一切ありません。 お互い他所からも魂をたくさん集めて、地上の戦争の勝敗で優劣を決めるという取り決めがあるようです」
要は代理戦争だ。
という部分よりも、同じ手合いの人間(というか、魂)がたくさんいるっていうのは、なんともいただけない。
おれ、バーゲン品とかワゴンセールみたいな扱いで売られてねえ?
といっても、このまま火葬場にいても他にやる事なんかないけど。
「初期特典として選択いただきました未来視Ⅰは、二秒後の未来が見えるという大変便利なものなので上手に使って生き残ってください」
そんなスキルがあったのね。
使い道がちっとも思いつかないけど、安物だから仕方ないか。
とりあえず、時間が来たので行ってくる。
父さん母さん、幸せになってくれよ。
『小説家になろう』のあちこちの小説を読ませていただいて、転生物は楽しそうだなあ、と思って、連載形式で書き始めてみました。
結末までプロットを作っていますが、そのとおりにいくのかどうか……。
頑張って書いてまいりたいと思います。