鬼道 −鬼の道を進む者−
和装と日本刀が特徴の暗殺者、鬼道の話。
修羅になろうとしていた彼だが、仕事先で偶然出会った少女が気になりはじめる。
−暗い夜。
静かな街を一人の女性が走る。
そのすぐ後ろには少年が。
薄青の髪、袴を着ていて鞋を履いた、変わった姿の少年。
彼は女性に追い付くと、左腰に刺してあった刀を抜く。
−
「や、辞めて…お願い…。」
女性の声は少年には届かない。
「貴方も人の子なんでしょう!?貴方に人の心があるのなら―」
ブシュっ
肉の切れる音。
「残念だが、俺は人の子ではない。
俺は、
鬼の子だ」
―
某所。
そこには寺があった。
貧相で、誰も訪れなさそうなくらいボロボロ。
そんな寺の境内で、落ち葉掃除をする少年が一人。
薄青の髪。
青系統に統一された袴。そして鞋。
彼の名は“鬼道”といった。
「きーどーうー!」
人気のない寺にも人が来ることはある。
といっても客ではない。
鬼道が声の主に目を向ける。
小柄の少年だった。
緑色の髪をゆらゆら揺らしながら走ってくる。動きやすそうな服を着たその少年は、封筒を一枚持っていた。
「何だ神道、依頼か?」
鬼道が少年の名前を呼ぶ。
「うん、そうだよ!」
そう言って神道が封筒を開く−
鬼道は暗殺者だった。
家族はなく、普段はこのボロ寺に勝手に住み着き生活をしている。
何故か和装な彼は、この寺が気に入ったようだ。
ちなみにここで落ちる木葉を見ながら、饅頭を食べ緑茶を啜ることが彼の日課。
神道は、仕事に置いての鬼道のパートナーで、仕事の取り次ぎ役。
住所を持たない鬼道に依頼が書かれた手紙を届ける。
手紙を凝視する鬼道。
今回の暗殺依頼は、あるビッグ企業の社長の暗殺だった。
「随分と楽そうな仕事だな。」
鬼道な手紙を封筒に仕舞う。
「場所は何処だ。神道、案内しろ。」
「うん!…って場所さっきの手紙に書いてなかった?」
「知らん。」
「……………。」
―
「ここか…。」
彼等が来たのは、ひたすらに大きなビル。
例の会社兼社長の家のようなものらしい。
「こーいうとこはセキュリティが堅いから注意してね。」
「? せきりてぃ?」
「…君に機械の話を振っちゃいけなかったね…。」
鬼道は機械に弱かった。
セキュリティ、監視カメラ。その類のものが何か解っていない。
妖しいので壊すことは心掛けているが。
彼はビルに入ろうと、窓の前に立つ。
そして、
スパっ!
窓硝子は日本刀により斬り開かれ、彼の目前に入口を作った。
鬼道は桟に手を掛け、ひょいっと中に入り込む。
簡単な作業。
いつもと同じ行動パターン。
音を立てず建物内を走る。
標的を捜して、
カメラを見つけたら壊しながら。
全部いつも通り。
ただ、一つだけ違ったのは―
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
女性の悲鳴。
−見られた。
鬼道は自分のすぐ裏にいる人に向かって走り、押し倒し口を塞ぎ、左腰の剣に手を掛ける。
暗がりでよく見えなかったが、それは少女だった。
長い黒髪をポニーテールにした、15歳くらいの少女。
鬼道は驚く。
少女も鬼道の年齢を推測し驚いていた。
つい鬼道の手が緩む。
「…あれ?男の子だ。」
開放された口で少女が言った。
「袴着た幽霊だと思ったぁ。」
…幽霊。
随分と失礼な物言いだ。
鬼道は思う。
「和風なドロボーさん、今すぐ帰るなら警察は呼ばないであげるわよ。」
しかも少女は、鬼道を今度は泥棒扱いするのだ。
「…、お前は誰だ。」
「あたしはアズサ。一応社長令嬢やってんの。」
つまりは標的の娘な訳か。
「それで、早く逃げないと通報しちゃうよ?」
この分では今回の任務は無理そうだ。
明日また出直そう。
「決して誰にも言うな。」
鬼道はそう言い立ち去ろうとする。
「あ、じゃあ最後にドロボーさんの名前教えてよ。
教えてくれなきゃ通報するゾ!」
アズサが彼の背中に話し掛けた。
何故名前を聞くのだろう。
疑問に思ったが、通報を怖れた彼は答える。
「…鬼道だ。」
暗殺者は他者に名前を知られる等論外だ。
だが“鬼道”は偽名である。
知られてもなんの問題はない。
「偽名でしょ。」
アズサの言葉。
…これ以上の言及は危険だ。
「それは個人の判断に任せる。」
彼はそう言うと、懐から煙玉を取り出し、足元に投げる。
もわあぁぁぁぁあん―
煙が広がり、アズサの視界は塞がれた―
「……………?」
それが晴れたときには鬼道の姿は既に無く、
「変なの。忍者みたい。」
―
「鬼道が失敗!?珍しいねぇ!」
次の日、彼は神道にかなり驚かれた。
「見られたんだ。」
「じゃあ見たやつ殺せばよかったんじゃない?」
…あ。
そうか。
そうすればよかった。
何故俺は気付かなかったんだ…。
鬼道は自分の愚かさに恥じ、顔を覆い隠した。
「今日も行くの?リベンジ。」
「一応その予定だが。」
「ふーん。頑張ってね。」
―
そして夜。いつもの行動時間。
彼は昨日と同じ場所に立つ。
仕事に手間取ることは許されない。
こう見えてプライドの高い彼は、少々の焦りを感じつつ、ビル内に進入する。
―迅速に仕事を済ませねば。
あの少女に会う前に。
早く標的の補足を―
−
「また会ったね。ドロボーさん!」
…何故。
何故貴様がここに…。
「そんなにこの会社が好き?盗んだっていい物ないよ〜!」
鬼道は深い溜息をつく。
“俺は泥棒ではない”
“また仕事に失敗”
“もしかしたら警察沙汰”
これらの言葉が彼の脳裏を過ぎる。
…この女を、殺るか?
「ねぇ、暇だったら一緒にお茶しない?」
アズサが言った。
………………。
一体何を言っているんだ…。
俺は殺人犯だぞ?
日本刀が見えていないのだろうか。
「私って同じ年頃の友達いなくてさぁ。」
…友達。
俺が?
ふざけているのか?
「遠慮しておく。そんなに暇ではないんでな。」
と言って彼は走る。
そして窓から飛び降り、逃げた―
「…まーた逃げられちゃった。」
残された少女が一人呟く―
次の日も、次の日も、上手く行かない任務。
何故だ。何故邪魔をするのだ。
このアズサとかいう女は…
ビルに入るたびに必ずいるアズサ。
必ず出会うアズサ。
そして必ず邪魔をするアズサ。
雑談を持ち出したり、日本刀を触らせろと言われたり、時には親父の自慢話もされた。
何だ、この女といると、調子が狂う…―
“じゃあ見たやつ殺せばよかったんじゃない?”
神道の言葉。
確かに一理ある。
でも俺は殺さなかった。
違う、俺は殺せなかった―
有り得ない。
標的の親族に好意を持つ等―
仕事は夜行動の彼。
あの年齢なら昼はいないだろう。
明日は不本意だが昼に出ることを胸に誓った。
次の日朝13時。
鬼道は例のビルへ向かう。
−俺は鬼の子だ。
あんな不純な感情を持つ等許されない…―
彼がこの道に進むことになったとき、彼は上の者に聞かれた。
“コードネームは何がいい?”と。
彼は答えた。
“鬼”という字を入れてください。
修羅の道を進むと決めた。
もう戻れない道を歩むと決めた。
これは自身への戒め。
全てを捨て、この道を極めると。
俺は“鬼の子”になると―
鬼道はビルに入っていく。
昼時。
社員の殆どは食堂に向かっているようだった。
彼は建物内を、音を立てずに、人目につかずに駆け巡る。
標的はおそらく社長室だ。
彼はそこまで走り抜けた。
ドアの前に立つ。
人の会話が聞こえた。
男性の声と、アズサの声。
何故、いるんだ。
同じ年頃の友達いない、という彼女の言葉を思い出す。
彼女は学校にいってはいないんだ。
気付くのが遅かった。
一瞬だけ決意が揺らぐ。
しかしすぐに立て直す。
鬼道は刀を抜く。
全てを壊さなければと密かに思う。
ドアを、破った。
逆光が眩しい。
輝いて見える世界。
俺にはない世界。
これから壊す世界。
標的に向かって走った。
剣を向けて走った。
目の前に人が飛び出して来た。
黒くて長いポニーテール。
充分に止まれる距離だった。
しかし俺は止まらなかった。
アズサの体に、刀が刺さった。
俺は刀を抜いた。
アズサが倒れた。
懐から取り出した紙で刀に付着した血を拭い取る。
俺は標的に向かう。
逃げようとするそいつ。
逃げること等出来ないと解っている筈だがそいつは逃げた。
標的を切り捨てた。
部屋中が赤く染まる。
仕事終了。
倒れている二つの人間に俺は言う。
「悪かったな。俺はお前の友達にはなれない…」
―
−
「仕事、お疲れ様!」
「あぁ…。」
例の寺。
鬼道は小さな日本庭園を前に緑茶を啜る。
「少し疲れてるね。」
神道が言った。
確かに、少しだけ、疲れた。
あの女のせいだ―
「後悔しているの?この道に進んだことを…。」
「いや、後悔はしていない。」
「そっか。ならいいけど…。」
―
自分で進んだ道だから。
後悔する筈がない。
もう戻れない道だから。
後悔する事は出来ない。
−俺は、鬼の子だから
後悔する心は持ち合わせていない―
−fin−