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 あちらこちらで楽しそうな皆の笑い声が聞こえる。

 TVを見ながらあーだのこーだの言っている者もいれば、ステレオから流れ出すアップテンポな曲にあわせ、感じるままにダンスに興じる者達もいて、その日は皆笑顔で、皆ご機嫌だった。


 彼女はカウンターに一人座り、カクテルをチビチビと嗜んでいた。背後にある長いソファーには‘あの’彼がいる、そう思うだけでいつもは姿勢の悪い彼女も、自然と背筋がシャンとなるもので・・・


 幾度となく誰かしらに声を掛けられても、彼女は気乗りのしない返事ばかりを返し、ただ、目の前に並べらている無数のアルコールの入ったボトルを、彼女は食い入るようにして見つめていた。正確に言うと、そのボトルの背後にある大きな鏡に映し出された、楽しそうに仲間と談笑している憧れの彼の姿に見入っていたのだ。

 彼女は彼と話をする所か、直接目を向けることすらできず、ただ黙って鏡越しに彼をじっと見つめているだけで満足だった。


「───はははっ、・・・?」


 時折、彼がふっとこちらの方に顔を向けると、すかさず彼女は鏡から目を逸らすのを繰り返す。元々、雲の上の存在の様な彼に、彼女はそれ以上何も求めようとは思わないし、下手に声を掛けて居たたまれない状況に陥り、今この空間にいる事さえも出来なくなってしまう事を恐れていた。ただ、鏡越しでも彼を見つめる事ができるのなら───、彼女はそれで幸せだった。






「──?」


 すっかり夜が更け、気がつけばあんなに騒がしかった部屋の中が、いつの間にかシーンと静まりかえっている。

 辺りを見渡して見れば、床の上でそのまま眠りについている者もいれば、別室で雑魚寝している者もいたりと、どうやら全員眠りについてしまったらしい。


 ───ただ、彼を除いては


 彼女は視線を戻し、氷のすっかり溶けてしまっているカクテルに口をつけた。顎を上げた時に視界に入った鏡を見ると、彼が鏡越しに彼女を見ているのを感じる。


「・・・、」


 ゴクリ、と水っぽくなったアルコールが大きな音を立て、喉元を通り過ぎていく。

 彼女は、もう視線を逸らすことは出来ない。そう思うと、ゆっくり振り返って彼の方を向いた。


「み、みんな寝ちゃったね・・・」


 初めて勇気を振り絞って、声をかけてみた。心臓が口から飛び出そうな程の緊張感に、すぐにでも逃げ出したくなる。


「そうだね」


 ソファーの背に肘をつき、彼は体をコチラに向けて彼女をじっと見つめている。


「・・・、」


 遠くから見ているだけで十分だったのに、この気持ちは一生心の中に仕舞い込んでおこうと決めていたのに。たった一言、言葉を交わしただけで、もっと近くに行きたいと欲張り始める。

 グラスについた水滴を何度も指で拭い取りながら必死で次の言葉を探すが、元々口下手な彼女は次にかける言葉を見つける事が出来ず、己の恋愛経験値の低さを思い知る羽目となり、がくりと肩を落とした。


「───?」


 彼が人差し指をクイックイッと曲げ、まるでこっちに来いと言っている風な合図をしている。その仕草を見た時、彼女は瞬きをするのも忘れその場で固まってしまっていた。

 何の反応も示さない彼女に対し痺れを切らした彼が、


「こっちに来て少し話しない?」


 夜も更けて疲れてきているせいか、彼は無表情でそう言った。


「・・・は、はいっ!」


 彼女は恐る恐る彼の側に行き、ソファーの端の方に座ると、まるで周りの人を起こさないようにとの彼の配慮なのか、クククッと必死でこらえている様な彼の笑い声が聞こえてきた。 

 彼女は何で笑われているのか判らず、ポカンと口を半開きにして不思議そうな顔をしていると、


「誰も取って食いやしないよ」

「っ?!」


 と言って、困った顔をして又彼は笑い、彼女は頬を赤らめて顔を俯かせた。


「っはは、・・・えーっと、ちょっとこの距離で話するのも不自然だから、そっちへ行っていいかな?」


 彼女が返答に困っていると、彼がすくっとその場を立ちゆっくりと彼女の方へと近づいて来るのが、俯いていてもはっきりと判る。

 絨毯を踏みしめる音が止んだと思ったらソファーが深く沈むのを感じ、彼女と握りこぶし2つ分位の所へ彼が座った。 


 彼は又背もたれに肘をつくと、体を彼女の方に向けて彼女をじっと見つめている。

 鏡越しでしか見れなかった彼が、今こんなにも近くにいるのだと思うと、心臓が破裂しそうになるのと同時に、天にも昇るような気持ちだった。

 

 二人の共通点など全く思いつかず、一体、何の話をしたら良いのだろうか?と彼女が頭を悩ませていると、彼が先に口を開いた。


「君、・・・ずっとあの鏡越しで僕の事見てたよね?」


「っ!!」


 その言葉を聞いた途端手が震え始め、頬どころか耳の先まで熱を帯びていくのが自分でもよく判る。


 “どうしよう・・・ばれてたんだ・・・”


 知らない振りをするか、あっさりと認めたほうがいいのかを一瞬で考える羽目になった。ここで認めてしまうと、もう彼に合わせる顔が無い。ほんの少しだけど彼との距離を縮める事が出来た今、欲張る気持ちがこれ以上後退してしまう事を拒絶する。


「き、気のせいじゃ・・・」


 そして、結果的に嘘をついてしまった。

 このまま彼に自分の気持ちを伝えるなんて、臆病な彼女はそんな事は到底出来っこない。消去法で考えると、こうするしか無いのだ。


「そう?・・・じゃあ聞くけど皆が寝たの、なんで気付かなかったの?僕しか見てなかったからじゃないの?僕が最後まで起きてたから、気付かなかったんじゃないの?」


 ───もうこの恋は終わった。と、彼女はそう思った。


 何もかもが既に彼にはお見通しで、彼女はまるで彼の大きな手の平の上で転がされている様だった。

 すぐにその場から逃げ出したいのに、まるで蛇に睨まれた蛙のように彼女は硬直して動けない。コチコチと時計の針の音だけが部屋に響き渡り、どうやら彼は彼女の返事を待っているのか、何も言わずただジーッと隣で彼女を見つめていた。


「っ、」


 その状況に耐えられなくなった彼女は、手をソファーについて立ち上がろうとしたその時、そこにあった彼の手に触れてしまった事に慌ててぱっと手を離す。


「ご、ごめんなさい」


 と詫びると、彼は再び笑い出した。


「ははっ・・・なんで謝るの?手がほんの少し触れただけじゃん?」

「あ、いや・・・あ、のっ?!」


 そう言うと彼女の手を取り上げて、もう一度ソファーに手を置いた。彼女の手の上に彼の大きな手が覆いかぶさる事で、彼女は逃げる術を失ってしまう。

 この時ほど自分の心臓が消えて無くなればいいと思った事はない。彼に聞こえやしないかと思うほど大きく脈打つ胸の音は、聞けば聞くほどにその音が大きく鳴り響くようだ。

 心ココに在らずな彼女の様子を見かねて彼がふっと微笑むと、


「ねぇ、気付いてた?」

「え?何、を・・・?」


「ソコにも大きな鏡があるっていう事を」


 彼が顎で指し示した方向には彼が言った通り大きな鏡があり、そこにはカウンターの彼女が座っていた席が映しだされていた。


「あ、・・・」


「実は僕もずっと君を見ていたんだよ?」


 そう言って、彼もまた恥ずかしそうに下唇を少し噛んだ。








 LOVE IS MAGICAL

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