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恋しくて

 シーンッと静まり返った部屋に、パチパチパチと規則正しくキーボードを叩く音だけが響き渡る。


「───。」


 今日は彼とは会えない。いや、会わないんだと、彼女は心に決めていた。

 この原稿を仕上げれば、彼に会うことが許される。と、自分自身に目標を掲げ、彼女は無我夢中でパソコンとにらみ合っている。


 “あぁ~、どうしよう・・・全然終わりそうに無い・・・”


 あれ程リズミカルに動いていた指が、突然ピタリと動きを止め、彼女は机に肘をつき頭を抱え込んでしまう。そうこうしている内にどんどん時間は過ぎ去り、当初は三日で仕上げる予定だったものが、既に一週間も経過している。


 ───ピンポーン


「・・・?」


 誰かの訪れを知らせる玄関のチャイムが鳴り、‘彼だったらいいのにな’と、ありえない期待を抱きながら、ドアモニターに視線を向けた。

 そこに映っていたのは残念ながらやはり彼ではなく、郵便局員らしき人物がカメラを覗き込むようにして立っていて、彼女は仕方なく重い腰を上げて玄関の扉を開けた。


「速達です」


「速達?」


 手紙を受け取り首を捻りながら玄関の扉を閉める。裏を返して差出人を見ると、そこには彼の名前が記されていた。


 “なんだろう?手紙だなんて”


 彼女はデスクに戻り、冷え切ったコーヒーを一口飲んでから封を切った。途端、、かわいらしい音楽が流れ出し、彼らしい演出に思わず顔を綻ばせてしまう。

 四つに無造作に折りたたまれた紙切れを広げると、慌てて書いたのかコーヒーらしき茶色の染みを見つけた。お世辞にも綺麗とは言えない彼の文字。彼女はまるで暗号を解く様にして、彼からの手紙を読み進めた。


『───愛する君へ。

 どうしていますか? お仕事は進んでるかい?ちゃんとご飯も食べてる?


 この間、突然君から‘しばらく会えないし、電話もメールもしないで’って言われた時は正直どうしていいのかわからなかったよ。

 今、君が抱えている仕事がとても重要な事は僕も重々承知だけど、僕の思い違いじゃなければ‘手紙は書かないで’とは言ってなかったよね?まさか、僕が手紙をよこすなんて思いもよらなかったから、言わなかっただけなのかもしれないけど・・・。僕も自分はそういう事をするようなタイプじゃないと思ってたんだけど、どちらかと言うと待つのは苦手な方だから、ついペンを握ってしまった僕をどうか許して下さい。


 不思議だね。

 普段から毎日会える訳じゃないのに、会えないと思うと無性に君に会いたくなるんだ。

 以前、君は僕の住む世界が大きすぎて、僕がどこにいるのかわからなくなるって言ってたよね?今の僕は物凄く小さな世界にいると強く感じるんだ。君がいない世界ってきっとこんな感じなんだと思い知らされたよ。

 君には理解しがたい事かもしれないけれど、本当なんだ。


 君が恋しいよ。  ──愛を込めて』



「もう・・・まだ、一週間しか経ってないのに」


 手紙を読み終えると、逢えない彼に思いを馳せながらその手紙を両手で胸に押さえつけた。‘彼に会いたい’気持ちで一杯になってしまったこの気持ちは、一体どうすればいいのだろう?


「・・・早く仕事終わらせなきゃ」


 余韻を楽しみたい気持ちを押し殺し、一日でも早く今の現状から抜け出すために、再び仕事に取り掛かることにした。


「・・・、?」


 気を引き締める為に、熱いコーヒーを淹れにキッチンへと向かうと、小さな出窓に大輪の薔薇が、ひとりでに行ったり来たりしているのが目に入った。不審に思った彼女は片手にマグカップを握り締め、出窓を開けると身を乗り出しそのバラの行方を追った。


 “なんだろう??・・・、───。”


 するとその大輪の薔薇の正体は、彼女の家のチャイムを鳴らそうとしては離れるを繰り返している、彼が持っていた大きな花束である事が判った。


「───、・・・!」


 彼女はおもむろにマグをガチャッとその場に置き、玄関へと走り出す。そのままの勢いでガバッと扉を開けると、びっくりした表情の彼がソコに佇んでいた。


「あっ!、の・・・。───っ!」


 バツの悪そうな顔をしている彼の胸に、彼女は何も言わずに飛び込んだ。ただ、彼の胸に顔を埋め、彼の体温と匂いに包まれながら幸せそうに目を閉じて彼の感触を肌で味わう。


 飛び込んだ拍子に、彼が手にした薔薇の花びらが点々と宙を舞い散る中、


「───逢いたかったよ」


 そう言って微笑む彼の世界と彼女の世界が、今、一つになった。











 LOVE IS MAGICAL

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