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蝶の嵐

「お主は蝶の様な女よのう」


「蝶、・・・でありんすか?」


 三味線や太鼓の音にあわせ芸者達が舞い踊る。絢爛豪華な食事もそこそこに、男は女に目を奪われていた。


「ひらひらと優雅に舞い、男という名の甘い蜜を吸いに舞い降りるが、手を伸ばすとすぐに舞いあがり決して手に入る事は無い・・・」


「まぁ・・・おいらんにとっては光栄なお言葉でありんすなぁ」


 真っ白な手を口元へやり、くすくすっと笑ってみせた。

 廓詞(※)を巧みに操り、妖艶な目つきで男を見るその女は‘蝶’そのものであった。

(※くるわことば=遊女の訛りを隠す為の独特の言葉)


「蜘蛛になって糸を吐き、その内お主を捕まえて見せようぞ」


 そう言い切った男に対し、女はフフフっと嘲る様に妖艶な笑みを魅せた。


「それは出来んせん」

「どうしてだ?」


「お前さん、蝶の(はね)を触った事ありんすか?」


「ああ、・・・幼き頃、良く捕まえておったからのう」

「さすれば、指に粉の様なものがついたでありんしょう?あれは燐粉(りんぷん)と言って、翅の膜に差し込まれているものでありんすが、蝶が万が一、蜘蛛が仕掛けた罠にはまっても燐粉が抜け落ちるだけで、するりと抜け出せる仕組みになってるのでありんすよ」


「ほお・・・」

「それと、燐粉には‘オス’を誘う香りが含まれているそうな」


「まさにお主の様ではないか」


 誘うような目つきで男を見ると、真紅の口元が艶やかに広がった。





(○×△□!!)


「───ん?何だか外が騒がしいのう」

「まことに何の騒ぎでありんしょう・・・」


 障子が外れるほど勢い良く開け放たれると、そこには血相を変えた武士が、ひどく興奮した様子で立ちはだかっていた。

 武士は女を見つけると、ずかずかと一目散に女に歩み寄り、遊女屋の主人が慌てて止めに入ると、武士は腰に挿した刀の(つば)を親指で弾くと白い刃をちらつかせ、皆を黙らせた。


 それでも、女は動じることなく武士と目を合わさない様に、まっすぐ正面を見据えている。


「こんな所におったか!お主、いつになったらわしと床につくのだ!一体お主の為にどれだけ銭を使ったと思っておる!」


 罵声を浴びせる武士に女は顔色一つ変えず、隣で逃げ腰になっている男の盃に悠々と酌をしていた。


「・・・前にもいいんしたが、あちきは浅黄裏(※)の相手はしんせん」

(※あさぎり=田舎武士をあざけて言った言葉)


「なっ、なんだとっ!」

「客人に迷惑がかかりんす。お引取りおくんなんし」


「くっ!!・・・」


 武士は歯を食いしばり、鋭い目つきで女を睨み付けた。女はというと全く微動だにせず、流石、数々の場を踏んできただけの事があるといった様子であった。


「「「・・・、きゃあーっ!!」」」



 部屋の中を大勢の悲鳴が響き渡る。空を切る音がしたかと思うと、一筋の白い光が女の顔の前に現れた。周りにいた者は我先にと逃げ惑い、不運にも残された者はと言うと、今降りかかっている悪夢から必死で目を背けようとしている。


 次に、その白い光がふたたび空を切ったかと思うと、武士はその白い刃を我の腹に突きつけ見得を切った。


「お、お主がどうしてもわしと床につかんというなら、今ここで自害してみせようぞ!」


 尚も、叫び声が響き渡る。

 まだ幼い禿達(※)は、芸者達の腕の中で怯えきっていた。

(※かむろ=遊女屋に売られて間もない、十歳前後の少女)


「・・・あちきの様な一介の女郎の為に、そのお命を絶とうと言うのは、いささか不条理というものではありんせんか?」


「な、ならばっ!!・・・」

「さりとて、・・・どうしてもと望むのならば、止めはしんせんが」


「ぬっ!!」


 次の瞬間、脇差が女に向けられ、女は鬼の化身となった男の餌食にされそうになっている。それでも女は動じる事も無く、凛としたその姿はこれが自らの運命なのだと悟っているかの様だった。



 一羽の蝶が羽ばたいて起こした風がやがて大きな嵐となり、自ら起こした嵐に巻き込まれた蝶は儚く、いとも簡単に自らの命を落とす運命なのかもしれない。

 それでも、蝶は蜜から蜜へ羽ばたいて行く。


 ───命果てるまで、蝶で在り続けたいが故に










 LOVE IS MAGICAL

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