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3話

 家に帰ると、母さんにケイヤのところで、今夜から、夏休みの宿題の合宿をすることになったと告げた。自分で言っていても、終業式の当日から、宿題をするなんて、あまりにも白々しい。現実的じゃない。ファンタジーだ。

 だけど、母さんは意外にあっさり許してくれた。拍子抜けするくらいに。

 ダメだって言わないんだぁ…… このくらいの嘘、見抜けよ!

 ――はたして、僕らの自転車旅行は、実行可能となった。



 夕方になり、着替えをデイパックに詰め、家を出た。物置から自転車を出しでいるときに、宿題を持っていないことに気付いて慌てて取りに戻る。自転車は去年の誕生日に買ってもらったマウンテンバイクだ。


 ケイヤの家は僕の家から自転車で五分くらいの場所にある。マンションの八階で、眺めがいい。三LDKの間取りで、窓に面した二十畳くらいのリビング・ダイニングがある。雨の日は、よっちんと三人で、よくその部屋でゲームをしていた。

 ケイヤのお父さんは競輪の選手だ。けっこう有名な選手だったらしい。最近は、落ち目らしいけど、現役で選手は続けている。部屋には、優勝したときの賞状とか、トロフィーとかが所狭しと飾られている。ユニフォームを着て自転車に乗っている写真やポスターも貼ってある。なかなかカッコいい。

 選手は競輪が開催される前日から最終日まで、宿舎に缶詰にさせられる。電話も禁止されて、原則、連絡は取れなくなる。八百長を防止するためなんだそうだ。だから、ケイヤのお父さんはあまり家にいることがない。


 お母さんは、ケイヤが小学一年のときに病気で亡くなったらしい。ケイヤはそのことについては話したがらない。一度だけ、写真を見たことがある。とても綺麗な人だった。「俺の目は、母さんの目とすごく似てるんだって」写真を見ながら、ケイヤがつぶやいた。少しだけ嬉しそうだった。ケイヤの目は、二重で、涼しげで、そしてちょっと色っぽい。クラスに、ケイヤのことが好きな女子が何人かいるって話を聞いたことがある。誰なのか少し気になるんだけど、ケイヤはそんなのぜんぜんお構いなしだ。


 だから、ケイヤはほとんど爺ちゃんと二人で生活している。「俺が面倒見てやってるんだ」ってよく言ってる。ケイヤの爺ちゃんは耳が遠くて、ちょっとボケてる。



 僕はマンションの自転車置き場に自転車を置くと、ケイヤの部屋へ向かった。

「よし! 逃げずにきたな!」

 マンションのドアを開けると、ケイヤが嬉しそうに立っていた。

「逃げるもんか!」

「今、晩飯作ってるから、テレビでも見ててよ」

 中に入ると、カレーのいい匂いがした。

 家事一切は、ケイヤがやっている。部屋はいつも綺麗に片付けらている。一日一回、洗濯もしていると言っていたし、料理もお手の物だ。そういう意味では、僕はケイヤのことを尊敬している。

 キッチンを覗くと、やけに大きな鍋で、カレーを作っている。

「何でそんなにたくさん作ってるんだ? 何人前あるんだよ、それ?」

「えーと、十四人前。俺たちが出かけた後、爺ちゃんが食うものなくなるだろ。作り置きしておくんだ。一食分ずつ冷凍しておけば、爺ちゃん電子レンジくらい使えるからな」

「三日間も、毎食カレーでいいの?」

「大丈夫だよ。前の食事が何だったかなんて、すぐに忘れるんだから」


 僕はリビングに向かう。大型の液晶テレビの前のソファーに爺ちゃんがぽつりと座っている。

「こんにちは」

 挨拶すると、不思議そうな顔で僕のことを見る。耳が遠いから、聞こえているのかどうかも怪しい。何度もケイヤの爺ちゃんとは合ってるんだけど、僕のことを分かるときもあるし、、分からないときもある。ケイヤの父さんと間違えたり、爺ちゃんの小学校の同級生だったという幸一くんと間違えたりする。初めはビックリしたけれど、最近は慣れたもので、僕は適当にその役になって返事をしている。


 僕は爺ちゃんと並んでソファーに座った。前にも見たことのある、ドラマの再放送がテレビに流れていた。そのドラマが終わるころ、ケイヤがカレーライスをお盆に載せて持ってくる。ソファーの前のテーブルにカレーを置き、僕らはテレビを観ながら、三人並んでカレーを食べた。そのカレーは僕の母さんの作るものよりも、なぜか懐かしい味がした。

 夕方の報道番組が始まった。政治家の汚職事件のニュースのあと、郵便局に強盗が入り、犯人がそこの職員を人質に取って、車で逃亡したというニュースをやっていた。

 犯人の顔写真がテレビに映し出されて、その顔がゴリ田に少し似ていたので、二人で大笑いした。僕らが笑うと、爺ちゃんもつられて笑い出だした。その笑い方がとっても楽しそうだったので僕らは嬉しくなって、もっと笑った。

 カレーライスを食べ終わると、僕の母さんから電話があった。爺ちゃんに換わったけど、ほとんど話は通じなかったみたい。多分、よほどのことがなければ二度と電話はかかってこないだろう。

 僕はケイヤと並んで食器を洗い、爺ちゃんのために、一食分ずつカレーとご飯をジップつきの袋に分けて入れた。すべて冷凍庫に入れ、これでいいのか疑問だけど、とりあえず爺ちゃんの食料は確保された。

 よっちんに明後日に行くことを知らせようかと思った。ケイヤが突然行ってビックリさせてやろうと言い出した。確かにそのほうが面白そうだ。メールで、あさって予定がないかだけを聞いた。

 少しだけゲームをして、明日は早いのだからといことで、信じられないくらいの時間に布団に入った。興奮していたのか、時間が早すぎせいか、なかなか寝付くことができなかった。


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