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2話

 授業開始のチャイムが鳴った。ケイヤは渋々と教室を出て行く。担任が来て朝礼をした後、体育館へ移動するように言う。そう、今日は一年のうちで最もエキサイティングでファンタスティックな日、一学期の終業式なのである。即ち、明日から夏休みなのだ。

 みんな廊下に出て、話しながら体育館へ向かう。誰もがいつもより口数が多い。

 廊下でケイヤが追いついてきた。そして、少し興奮したように言う。

「翔、どうするよ?」

「どうするって――、何をだよ?」

「よっちんと約束しただろ。困ったことがあったら、いつでも助けに行くって」

「――まさか?」

「決まってるだろ!」

「でも、どうやって? よっちんの引っ越した先って、すごく遠いんだろ。高速道路に乗って、車で三時間くらいかかるって、よっちん言ってたぞ」

「昨日の夜、地図見たんだ。一旦海まで出て、海沿いの道を走って行って、途中から山のほうに入るんだ。その山の峠を越えて、下りきって、県庁のある市を通り過ぎて、しばらく行ったらよっちんの家だ」

「ケイヤの家の人が、連れて行ってくれるのか?」

「うちの親はダメだ、今、開催中だから来週までカンヅメで出てこれない。じいちゃんはボケてるし。翔の家の人は?」

「うちも父さん平日は仕事だし、最近忙しいみたいで、日曜日だって会社に行ってる。絶対無理だよ」

「しょうがない。俺たちで行くしかないか」 

 このとき、すごく嫌な予感がした。できれば答えは知りたくないと思った。

「どうやって?」

「自転車だよ」

 当たり前のように、ケイヤは言う。

「さっき、簡単に言ったけど、こっから海に出るのだって、かなり遠いよ。自転車で行くなんて絶対無理だって」

「距離はだいたい百五十キロくらい。さすがに、一日じゃ無理だから、俺の考えじゃ、峠を下った辺りで一泊すれば、次の日にはよっちんの家まで行けると思う。で、同じような感じで帰ってくれば、二泊三日で大丈夫だよ」

「どこに泊まるんだよ?」

「夏だし、野宿でいいよ」

「無理、無理、無理! 絶対に無理!」

「行くって約束したじゃないか!」

「でも、あのメールだけじゃ、本当によっちんが困ってるのか分からないじゃん。よっちんが来て欲しいって、言ってるわけでもないし……」

「よっちんの性格からして、来て欲しいと思ったって、そんなこと言うかよ」

「まぁ、そりゃ、そうだけど……」

「じゃぁ、明日の朝、出発な」

「ちょっと、待ってよ。うちの親、そんなのダメだって言うに決まってるよ」

「何言ってるんだよ! よっちんがどうなってもいいのかよ」

「そんなことないけど……」


 体育館に着いたので、僕らは一旦別れた。

 終業式では校長先生が何か言っている。はげ頭が揺れてるだけで、何を言っているのかまったく耳に入ってこない。晴れやかな気分で舞い上がるクラスメートの中、僕の気持ちは上下左右に揺れ動いていた。

 もちろん、よっちんのことは心配だ。それと、旅行に行くようなところまで、自転車で行く覚悟とはぜんぜん別の話だ。しかも、野宿だ。蛾とか、ゴキブリとか、山のほうならムカデとか、もっとすごい虫もいるかもしれない――。

 

 終業式が終わると、ケイヤが体育館の出口で待っていた。気付かない振りをしようと思った。が、目が合ってしまった。

「翔、いいこと思いついたぞ。今日から、俺んちに泊まれよ。三日間、集中して夏休みの宿題終わらせるとか言ってさぁ。そうすれば、翔の母さんも文句ないだろう。もし、翔の母さんから電話があったって、うちの爺ちゃん、どうせ何言ってるかわかんないから、ばれっこないって」

 ケイヤは、新しい法則を発見した物理学者みたいに、目をキラキラさせながら言った。

 そのアイデアが、本当に有効かどうか、かなり疑わしかった。だけど、ケイヤは一度言い始めたら後には引かない。よっちんのことも心配だ。そして何より、よっちんに会いたい。抑えられていたよっちんに会いたいという気持ちが、一気に膨らんでくる。よっちんのあの柔らかい頬っぺたをプニュプニュしたい。

 ケイヤもよっちんのことが心配だといいながら、本当はよっちんに会いたいんだと思う。

 ここまできたら、覚悟を決めるしかない。こうなったら、峠の向こうだろうが、北海道だろうが、ブラジルだろうが、火星だろうが、自転車で行ってやる。待ってろよ、よっちん!! ほんの一瞬だけ、そんな気分になった。

「ケイヤ! よっちんに会いに行こう!」

 言ったとたんに、後悔の念が押し寄せてくる。

 頭に浮かんだことを、深く考えることもなく、口に出してしまう。僕はまったく成長していない……


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