15話
「何かあったのか?」
「うん…… 別に大したことじゃないんだけどね」
「言ってみなよ」
「うん…………」
「学校でいじめられてるんじゃないかって、ケイヤが心配してたぞ」
「――そんなことないよ。みんないい人だよ」
「ふーん。ならいいけど……」
僕らは図書館の自転車置き場の近くにあったベンチに座った。横に大きなケヤキが植えられていて、日陰になっている。風の通り道のようで、木漏れ日が涼しくゆれる。
「……」
…………
早くケイヤが戻ってこないかなと思ったが、あの距離を引き返したのだから、もうしばらく時間がかかるだろう。
「……」
「……じつはさぁ」
「……ん?」
「新しい父さんの方にも、僕と同じ年の子供がいるんだ」
「そいつにいじめられるのか?」
「いじめられてるわけじゃないんだけど、時どき、ぶたれたりする。多分、僕が余計なこと言ったり、グズグズしてるからいけないんだと思うんだけど……」
「どんなことがあったって暴力振るうことないだろう!」
「このごろは、一緒にいるだけでこの辺りがモヤモヤして、すごく疲れるんだ」
よっちんは胃の辺りを押さえて、げっそりした顔で言う。そういえば、少し痩せたかもしれない。
「それは絶対ストレスだよ」
「母さん、今日は家にいるけど、普段は工場で働いてるんだ。夏休みになって、家にいるのは僕と二人だけになる。毎日一緒に過ごすのかと思うだけで、苦しくなってくる。今日も朝から、図書館に行くって、逃げてきたんだ」
「それって、けっこう重症だなぁ。お母さんに言った?」
「ううん。心配かけたくないし、多分、信じてもらえない」
「今から呼び出して、三人でやっつけちゃうか?」
「そういうわけにもいかないよ。家に帰ってから、絶対に言いつけられるし、もしかしたら復讐されるかもしれない……」
よっちんは寂しそうに微笑む。ケイヤなら何ていうんだろう? 僕がよっちんにしてあげられることって何かあるのか? 僕は何のためにここまできたんだ。もっと気の利いたことを言わなくちゃいけない。せめて、よっちんを明るい気分にさせたり、励ましたり、勇気付けたりできるようなことを――。
僕は何も言うことができなかった。考えた末に出た言葉が、
「困ったな……」
本当にバカみたいだ。
「ケイヤに電話してみよう」
僕が言うと、よっちんはカバンから携帯を取り出し、電話をかけた。
よっちんはしばらくケイヤと懐かしそうに話していたが、急にしかめっ面になって、何か一生懸命に考えながら話をしている。電話を切ってから僕に言った。
「ケイヤ君、迷子になってるみたい。分かりやすい場所を言っておいたから、ぼく達もそこまで移動しなくちゃ」
――やれやれ。
自転車を出してきて、僕らは図書館を出発した。よっちんはママチャリに乗っている。
僕はよっちんの後について走っていく。僕が来るときに通ってきた道をしばらく戻って、太い道路との交差点で右に曲がった。正面には大きな山脈がかすんで見える。本当に遠くのほうへ来たんだなと、実感する。道の両側には、パチンコ屋やファミリーレストラン、車が何台も並べられた中古車販売店が目立つ。道から離れると、建物よりも畑や田んぼのほうが占める割合が多い。
交差点でよっちんが止まった。
「ここで待ち合わせたんだ。ケイヤ君のいたところからだと、ここまで一本道だから、間違わないでこれるといいんだけどな」
「あいつの方向音痴は、予想以上だけどな」
自動販売機で冷たいお茶を買って、信号の手前のガードレールに寄りかかりながら飲んだ。メインの街道らしく交通量は多く、部分的に渋滞している箇所がある。信号で停まった車の中はエアコンが効いて涼しそうだ。
「あれ、ケイヤ君じゃない?」
僕らの来たのと反対側から、豆粒くらいの大きさで、自転車が近づいてくるのが見える。
「あぁ、あの汚い格好はケイヤだ」
もちろん、僕もケイヤと同じくらい汚い。
迎えに行こうと立ち上がったとき、信号待ちをしている白いワゴンの助手席に乗っている女の人と目が合った。なんとなく、訴えかけるような目で僕のことを見ている。そして――
『た・す・け・て』と口が動いたように見えた。
「え?」
僕はその人をもう一度見る。
再び、唇が『た・す・け・て』と動いた。窓がしまっているので、声は聞こえない。実際には、声は出していないみたいだ。
よっちんの肩をたたき、車に乗った女の人のことを目で示す。よっちんが何事かと車の助手席を見ると、また、女の人の唇が『た・す・け・て』と動いた。
間違いない。僕らに助けを求めている。女の人の右腕には、手錠のようなものが巻かれている。運転席を覗き込む。ゴツイ体格のスポーツ刈りの男がハンドルを握っている。
どこかで見たような顔だ。誰かに似ている。
――ゴリ田だ!
女の人、手錠、ゴリ田……
おとといケイヤの家で見たニュースを思い出す。
――郵便局に入った強盗だ――