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11話

 峠をほぼ下りきった辺りに、レストラン『サニー』と書かれた看板が立っている。白い壁にピンク色の屋根、開店当初はメルヘンチックな店だったんだろう。しかし、白い壁はいたるところのペンキが剥がれ、窓ガラスは割れ、内側から乱暴にベニヤ板で塞がれている。廃業して、そのまま放置されているようだ。

 ケイヤはその前で自転車を止める。

「ここなら、中に入れるんじゃないか?」

「でも、何かやばそう」

「こんなところ、誰もいるわけないよ。朝になったら出て行けばいいだろう」

 僕が言っているのは、幽霊とかお化けとかそういうのがいかにも出そうだと言ってるんだ。でも、お化けが怖いなんて言えない。

「テレビだと、犯罪をした逃走犯とか、こういうところに隠れてるよね」

「そんなのがいたら、捕まえて賞金もらおうぜ」

 ケイヤは自転車から降りると、歩いてレストランの裏に回る。さすがにドアの鍵はかかっている。

「翔! ここから入れる」

 ケイヤが先から手招きする。店の裏側にある窓が開いたようで、ケイヤの上半身はすでに半分中に入っている。僕がその窓の手前まで来たときには、ケイヤはレストランの中に入っていた。

「大丈夫かよ?」

「大丈夫だって。早く来いよ」

 ここで、躊躇することは男としての沽券にかかわる。

 僕は半分開いた窓から身体を忍び込ませる。

 入ってきたところを見ると、埃の溜まった床に、青白い影が窓枠の形に浮かんでいる。その奥までは月光は届かず、闇がひかえている。ケイヤは部屋の奥まで探索にいっているみたいだ。姿が見えない。僕は不安に駆られ、「ケイヤ?」小さな声で呼びかける。

 返事はない。

「ケイヤ!」

 少し声を大きくするが、まだ返事がない。

 目が慣れると、店の中は意外に広い。部屋の隅に、円形のテーブルやスチールの椅子が積み上げられている。カウンターの向こうに大きな厨房がある。壊れた棚や、廃材が積み上げられているようで、青白い闇の中に、不規則なシルエットが浮かんでいる。かび臭く澱んだ空気、湿気。汗が滲んでくる。くしゃみが出そうで、鼻がムズムズする。

「ケイヤ!!」

 僕は手探りで奥に入っていく。窓からの月光に照らされていない影の部分は、真の闇があり、いくら目を凝らしても何も見えない。

 ――ガガッガン。足元にあった空き缶を蹴ってしまたらしく、静寂の中、けたたましい音が響く。僕は自分の出してしまった音に驚き、身をすくめる。そのとき、うしろに人影があった。


「ヒィッ――」

「奥まで行ってきたけど、暗くて何も見えないな」

「ケイヤ、脅かすなよ」

「何そんなビビッてるんだよ」

「ビビッてなんかいないよ!」

「ビビッてるって――」

「しーっ! 今、向こうの方から、何か音がしなかったか?」

 カウンターの横から、通路が奥につながっている。多分その奥に、レストランの個室とか、従業員用の部屋とかがあるんだろう。そっちのほうから、床を金属のようなもので擦った音がした。

「音なんか聞こえなかったぞ。やっぱりビビッてんだよ」

「しーっ!」

 僕とケイヤは顔を見合わせた。今度はケイヤにもハッキリ聞こえたはずだ。ドアがおもむろに開く音がした。

「隠れろ!」

 僕らは積み上げたテーブルの下に潜り込んだ。

 ドアが閉まり、足音が通路を近づいてくる。一歩いっぽのリズムが違う。多分、どちらかの足を引きずっているんだ。怪我をしているのかもしれない。足音はゆっくりと僕らのほうへ近づいてくる。

 僕らのいる部屋の中央に、人影が見えた。右手に何かを握っている。影はやはり足を引きずっている。光の届かない暗闇に隠れている僕らのことは見えないはずだけど、その影は迷いもせず、こちらへ近づいてくる。

 影は目の前で止まった。右手のものを僕らのほうへ突き出す。

 突然のあまりの眩しさに、何が起きたのか分からなかった。強い光に照らされ、目が眩む。右手に握られていたのは、懐中電灯だった。光の向こうにいる人物の姿は眩しくて見ることができない。

「お前ら、こんなところで何しているんだ!」

 低音の声が響く。僕は懐中電灯の光をさえぎるように手を前にかざしたまま、動けない。

 懐中電灯の光りが僕らの顔から外され、やっと姿を見ることができた。

 白髪交じりの長い髪。それに負けない長い髭。真夏だというのにマントを被り、まるで映画で観た、イギリスの魔法学校の校長のようだった。

「ダ、ダンブルド……」

「こいつ、浮浪者だ」

 ケイヤは僕にしか聞こえないくらいの声で言う。確かによく見ると、髪の毛はボサボサだし、髭は伸び放題。マントと思ったのは汚い毛布だった。そして、ちょっと臭い。

「家出でもしてきたか」

 浮浪者のおっちゃんは、威厳のある低い声で言った。

 僕らはいつでも飛びかかれる体勢を取っている。そのとき、僕のお腹が大きな音をたてた。腹が減ると、本当に力が入らないんだ。

「なんだ、お前ら腹減ってるのか?」

 浮浪者は笑った。前歯は二本しかなく、そのほかは抜け落ちている。歯と歯の間から、妙に赤みの強い舌が見える。

「いいもんがあるんだ。食わしてやろうか?」

 お腹は減ったが、浮浪者に恵んでもらうつもりはない。だいたいどんなもの食べさせられるか分かったもんじゃない。

「いいからついてこい」

 浮浪者は左足を引きずりながら、奥の部屋へ向かっていく。僕とケイヤはいつでも逃げ出せる体勢を取りながら、後についていった。脚が悪そうだから、逃げようと思えば、いつでも逃げだせる。

 通路に出ると、左右にドアがある。浮浪者は右のドアを開けて入っていく。場所としては、厨房の奥になる。十畳ほどの広さで、従業員の休憩所とかに使っていたのかもしれない。奥の半分くらいのスペースには畳が敷いてある。僕らが中に入ると、「ちょっと待ってな」と言い残し、浮浪者は一人部屋を出て行く。

 懐中電灯の明かりがなくなると、部屋は闇に包まれる。

「やばいって」

 僕はケイヤに向かって言った。ケイヤの顔は暗くてよく見えなかったが、目だけが青く光っている。ケイヤまでが悪魔の使いで、僕は大きな罠に嵌められているんだ、なんて妄想してたら、背中がブルって震えた。

「なんかあったら、あんな浮浪者一撃で倒してやるよ」

 ケイヤは口で言うほど、喧嘩が強くない。そして、僕はケイヤよりもっと喧嘩が弱い。おっちゃんは足は引きずっているが、体格はけっこういい。身長だって、僕の父さんより大きいくらいだ。でも、二人がかりならどうにかなるかもしれない。


 僕らは畳みの縁に座っていた。しばらくすると、通路から浮浪者の足を引きずりながら歩く、足音が近づいてくる。その度に、通路を照らす懐中電灯の光が左右に揺れる。部屋の入口に浮浪者は立った。

 ――左手に紙袋を持ち、右手にはロープを握りしめている。

 うしろ手にドアを勢いよく閉める。バタンと大きな音がして、ケイヤが驚いてビクリとする。


 僕はケイヤと顔を見合わせる。窓はベニヤ板で覆われ、ドアは浮浪者の後ろだ。浮浪者を倒さなければ逃げられない。浮浪者はランタンを持っていて、それに灯を点す。部屋はオレンジ色の光に照らされ、浮浪者の影が大きく揺れる。


「お前ら、服を脱げ!」

 ――浮浪者は命ずるように言った。

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