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1話

 朝、ケイヤが躊躇いもなく教室に入ってきた。僕の席まで来ると、口を尖らせながら言う。

「なあ、翔。昨日、よっちんからメールがきたんだ」

 ケイヤが携帯電話の画面を見せる。僕は携帯を持っていない。だから、よっちんからのメールは全てケイヤの携帯にくる。当たり前のことなんだけど、なんか面白くない。


『このごろ、イライラして、苦しくて、疲れて、本当に嫌になる』

 画面にはこう書かれていた。

「これだけ?」

「いや、俺ビックリして、『どうしたんだ?』って返信したんだ。それで、帰ってきたのがこれ」

『ゴメン、なんでもないちょっと愚痴りたくなっただけ』

 僕とケイヤは目を合わせた。

 ――よっちんが愚痴りたくなるなんて、これは大変なことだ!


 僕らは、小学三年生のときに同じクラスになった。六年生になって、ケイヤとは別のクラスになってしまった。よっちんは、引越しして学校も変わってしまった。

 だけど、僕らの友情は変わらない。三人の友情はいつまでも続くんだ。

 ――そう僕は信じていた。


 

 三年生になった最初の席決めで、僕は窓側の一番うしろの席になった。僕の前の席がケイヤで、その前がよっちんだ。

 ケイヤは授業中、よっちんの背中に消しゴムをぶつけたり、鉛筆のうしろでわきの下をくすぐったり、いろんなちょっかいを出していた。よっちんはその頃からぽっちゃりしていて、触ったら気持ちよさそうで、ケイヤの気持ちも分からないでもない。

 よっちんは人がいい。そんなことをされたからって、絶対怒ったりはしない。ときどき振り返って、「やめてよ」って言うくらい。ケイヤはそのタイミングを狙っている。よっちんが振り返ろうとすると、そこに人差し指を立てて待っている。よっちんのふっくらとした、いかにも触ったら気持ちよさそうな頬に、ケイヤの人差し指が刺さっていく。

 僕は真剣によっちんに同情した。

 ケイヤはそれに飽きると、うしろを振り返って僕に話しかけてくる。話は面白いんだけど、いい加減で嘘も多い。そのことで僕とケイヤは喧嘩になったんだけど、その話は後でする。ケイヤは話し出すと止まらない。うしろを向いたまま話し続ける。

 三年生のときの担任は森田先生。通称、ゴリ田。この学校の教師の中で一位、二位を争う凶暴な奴だ。必死に目配せして危機を知らせようとするんだけど、ケイヤはお構いなしで話し続ける。無視しようが、ハッキリともう喋るなと言おうが、話し続ける。そのうちチョークが飛んでくる。なぜだか、ケイヤはうしろを向いたまま、スッとかわす。チョークは僕の額を直撃する。

 ――そう、ケイヤはけっこう、うざったい奴だったんだ。


 三年生の一学期の中ごろの話だ。僕らは同じ掃除の班だった。

 放課後、掃除の後に三人でモップと箒で戦っていた。他のみんなはとっくに帰ってしまっている。

 よっちんはすでに箒で切られて、机の上に仰向きに倒れている。ケイヤが机に飛び乗り、モップを振り上げる。僕はちりとりで防御の姿勢をとった。天井で何かが爆発した。白い粉と破片がすごい勢いで降ってくる。振り上げたモップで蛍光灯を壊してしまったんだ。

 ケイヤの頭が白髪みたいになった。多分、僕の頭も。

 ――目撃者はいない。

 黒板の上にかけられた時計の音が、こんなに響くんだって初めて気が付いた。校庭でサッカーをする上級生の声が聞こえる。

 三人の目が同時に合った。そして、――心が通じた。


 よっちんは掃除器具の入ったロッカーまで行くと、中から雑巾を一枚取り出し、戻ってくる。


「念のため、指紋は拭き取っておいたほうがいいよ」

 よっちんは言った。


 僕らは、慌ててモップと箒の柄を拭き、頭の粉を振り払いながら下駄箱へ走った。



 次の日、ホームルームでそのことが問題になった。ゴリ田が「全員目をつぶって、やった奴手を上げなさい」って、テレビのワンシーンみたいで感動した。薄目で見てたけど、もちろん手を上げる奴なんかいない。

 これで終わるのかと思ったら、人生はそんな甘いもんじゃなかった。授業の後、僕ら三人は職員室に呼び出された。誰かが僕らが残っていたことを言いつけたらしい。

 

「見てた奴がいるんだ、今のうちに誰がやったか言いなさい!」

 職員室に入ったとたん、室中に響き渡る声で怒鳴られた。他の先生たちが一斉に視線を向ける。一・二年のとき担任だった恵子先生も、困ったような顔で見ている。恥ずかしい。ケイヤもよっちんも下を向いたまま動かない。


「見てた人がいるなら、その人に聞けばいいじゃないか!」

 これはまずい。何がまずいって、一番まずいのは言ったのが僕だってこと。悪い癖が出てしまった。頭で考えたことが、つい口に出てしまう。

 ゴリ田は顔を真っ赤にして怒りに震えている。マンガみたいに、耳とか頭のてっぺんから蒸気が噴出しそうだ。想像してたら、笑いそうになった。危ない危ない。ここで笑ったら一巻の終わりだ。

 その後、僕らは一人ずつ、職員室の奥の部屋へ連れて行かれる。八畳くらいの広さで、テーブルを挟んで二人がけのソファーが対面して置かれている。面談や来客のときに使う部屋なんだけど、ほぼ取調室。

 まず僕が呼ばれた。二人きりになると、ゴリ田は思いのほか大きい。白状してしまおうかと思った。実際に壊したのはケイヤなんだ。ただ、それだとなんか負けたって気がする。負けるのは絶対に嫌だ。だから、我慢した。頑張って我慢した。言っておくけど、おしっこなんてチビッていない。

 三人とも正直に話さないのなら、全員の保護者を明日呼び出しだって、ゴリ田が言い始めた。そういうことは初めから言って欲しい。今更じゃ、引っ込みがつかない。


 次はよっちん。気の弱そうなよっちんには、とても耐えられないだろうと思った。だいたい、よっちんは机の上で死んでたんだから、ほとんどかかわっていない。巻き添えを食っただけだ。よっちんが話してしまえば、僕が嘘を言ったこともばれる。仕方のないことだ、責められない。覚悟を決めた。

 しかし、十分くらいして、よっちんは平気そうな顔で、ニヤニヤしながら出てくる。ゴリ田に見えないように、胸の前でこぶしに親指を突き立てている。

 ――よっちんは只者でない。僕はそのとき、初めてそのことに気が付いた。


 最後にケイヤが呼ばれた。ゴリ田も疲れた顔をしている。ケイヤが部屋に入って五分くらいすると、ゴリ田が一人で出てきた。お前ら帰っていいと言う。ケイヤからはもう少し話を聞くから、先に帰れと。

 僕とよっちんは顔を見合わせた。状況がよく飲み込めないが、仕方がなく帰ることにした。


「明日、親を呼び出しだって?」

 僕は校門を出るときに、よっちんに言った。親に、なんて説明しようかと、暗い気分だった。

「うん。言われたけど、脅しで言ってるだけだから、大丈夫だよ」

「何でそんなこと分かるんだよ?」

「だって、証拠もないのに親を呼び出しして、もし間違ってたら、問題になるじゃない。そんなバカなことしないと思うよ」

 ……


 次の日、ケイヤは一時間目のチャイムが鳴るのと同時に、教室に入ってきた。

「どうした?」僕が聞くと、

「喋っちゃった、ゴメン」と、顔の前で両手のひらを合わせて、頭をぴょこんと下げる。

 うしろを振り返っていたよっちんは、明らかに気が抜けたような顔をしている。

「何で?」僕が言うのと同時に、「起立」日直が号令をかけた。ゴリ田が来たのだ。僕らの会話は中断された。

 ケイヤは大人しく授業を聞いている。

 ケイヤの背中を見ていたら、殴りたくなってきた。僕とよっちんがあれだけ怖い思いをして黙ってたのに、当の本人がばらしちゃうって、どういうことだ! もしかすると、嘘つきのケイヤのことだ、あることないこと言って、自分だけ責任逃れしたのかもしれない。何で昨日は、こんな奴のことかばったりしたんだろう。すぐに言っちゃえばよかったんだ!

 僕は憤然としながら授業が終わるのを待った。目の前の背中を五回包丁で刺して、ロープでグルグル巻きにして、三回火あぶりにした。四回目の火あぶりの準備をしているときに、やっと終業のチャイムが鳴った。


 日直の号令が終わると同時に、僕はケイヤを問い詰めようと立ち上がる。そのとき、まだ教室に残っていたゴリ田が僕とよっちんの名前を読んだ。職員室に来いと。

 ――さっ、最悪だ!


 僕とよっちんはゴリ田の後について、職員室に向かう。

「辻田くん、どうして話しちゃったんだろうね?」

 よっちんがあんまりのんびりというものだから、余計に腹が立ってくる。辻田はケイヤの苗字だ。

「知るか! あの裏切り者が! 何であいつのために僕らが怒られなくちゃいけないんだ!」

「でも、どうしたんだろう」

「絶対ぶっ殺してやる」


 職員室に入ると、昨日の個室に一緒に通された。ゴリ田は奥のソファーに座ると、僕らを手前のソファーに座らせる。

「お前ら、辻田にいじめられてるのか?」

 怒られるとばかり思っていた僕は、予想外の質問にビックリした。

「蛍光灯のこと、辻田に無理やり口止めされたのか?」

「辻田くんがそういったんですか?」

 よっちんはゆっくりとした口調で言う。

「じゃあ、辻田は蛍光灯をどうして割ったんだ?」

「辻田はなんていってるんですか?」

 僕は話の流れが、上手くつかめなかった。

「イライラしたから、腹立ち紛れに蛍光灯をぶっ壊したって言ってたぞ」

「一人で壊したって?」

「違うのか? それを見られて、誰かに言ったら殴るぞって、辻田はお前らを脅したんじゃないのか?」

「「違います!!」」

 僕とよっちんは声をそろえて言った。


 結局、ケイヤはゴリ田の策にまんまと嵌ってしまって、僕らの親が呼び出されないように、自分ひとりで罪を被ろうとしたんだ。


 あんなハッタリに騙されるなんて――、ケイヤはおめでたい奴だった!



 以来、僕らは親友になった。川に石を投げで、誰が一番石を跳ねさせることができるか競ったり、ヤゴを捕まえたり、川に落ちて溺れかけてるよっちんを助けたりした。林の中を探検したり、蝉を捕まえたり、木登りして下りられなたよっちんを、どうにかこうにか、やっとのことで下ろしたりした。

 どんなときでも、蜂に刺されたり、転んで前歯を折ったときでさえ、よっちんは泣き言を言ったり、愚痴を言ったりしなかった。ちょっと恥ずかしそうに、頭をかいてるだけだ。よっちんの口もとにはいつだって微笑があった。


 四年生になってすぐ、よっちんの両親が離婚した。よっちんとお母さんが今まで住んでたマンションに残って、お父さんが出て行った。原因は多分、お父さんの浮気。

 そのときでも、よっちんは弱音を吐かなかった。「ぼくは男だから、お母さんを守ってあげなくちゃいけないんだ」なんて、一丁前なことまで言っていた。




 だから、僕とケイヤは、よっちんが愚痴を言うなんてこと信じられなかった。

 僕はケイヤから携帯を奪い取り、何度もそのメールを読み返した。

「何かあったのかなぁ?」

 僕は、指で摘まむとプニュプニュして最高に気持ちいい、よっちんの頬っぺたを思い出しながら言っう。

「前のメールじゃ、まだ新しい学校に馴染めてないような感じだったよな。まさか、いじめられてるんじゃないだろうな!」

 ケイヤは今にも怒り出しそうだった。

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