武田信玄の章~第七話~
一か月ぶりの投稿です。投稿が遅れて申し訳ありません。就活が忙しくて・・・(汗)
今後は一月に2度のペースを目指して投稿したいと考えていますので、よろしくお願いいたします。
武田信玄の章~第七話~
「出陣します!武田勢の後背を突くのです!」
家康の号令に従い、将たちが動き出す。徳川軍8千に織田の援軍3千の1万1千では、まともにぶつかっては簡単に砕かれてしまう。
そこで徳川軍が採った作戦が『背後からの奇襲』。いかに武田軍3万が精強といえども戦闘態勢が整っていなければ、聖一が目論む一撃離脱が可能なのでは―――そう、武田軍が三方ヶ原台地に到達しなければ、の話だが。
「行くぞ、鷹村」
「・・・うん」
忠勝がすれ違いざまに声をかけるが、彼女の声はいつもの戦前より幾分硬い。見れば、忠次や数正、ベテランの武将である成瀬正義や織田からの援軍である佐久間信盛の表情も硬い。元気印の康政や聖一の側で控える守綱も緊張に表情をこわばらせている。それほどまでに恐ろしい敵なのだ―――武田信玄は。
ここのところ、体調が悪い。
側近の高坂昌信に密かにそう打ち明けた信玄はこの日、輿に乗って行軍していた。病で落ちた体力に重い鎧はさらに重く感じる。
「御屋形様、殿を務める小山田殿より徳川軍が浜松城を打って出たとの知らせが・・・」
伝令役を務める信玄の側近・小杉左近が、信玄の側によって報告する。
「そう・・・では左近、諸将に伝令を。軍の速度を上げ、三方ヶ原台地へ徳川軍を引きずり込みなさい。そして、かねてより伝えてあった通り彼を捕らえる準備を」
「はっ」
左近が主君よりの命を受けて走り去ると、信玄は大きく息を吐いた。
本音を言えば座っていることすらきついが、甲斐源氏の名門・武田家の総帥として弱気な姿を見せる事は出来ない。
「全軍、駆け足!三方ヶ原台地に展開せよ!」
武田軍の殿を務める小山田勢を追って、徳川軍は駒を進める。誘われている事は誰の目にも明らかだったが、追わないわけにはいかない。
(恐らく決戦の場は、聖一さんの言った通り三方ヶ原・・・)
作戦会議の場で、徳川軍の採る方針はすでに決まっている。大将が一番深い場所に布陣する『鶴翼の陣』を展開して家康の生存を第一にするというものだ。
皆と最後まで戦えない事に不満がないわけではなかった。しかし、彼女はただの武将ではない・・・三河・遠江を統べる徳川家の当主である。彼女が志半ばで斃れればすべてがお終い。逆に言えばどれだけ負けようと、彼女さえ生きていればたてなおせるのだ。
かつて漢の高祖・劉邦が項羽に幾度も負けようと最後に勝利を収めて天下を統一したように・・・・
(そ、それに聖一さんには言わなきゃいけない事があるもん。だから、絶対に生きて帰らなきゃ!)
小山田勢を追って、三方ヶ原台地に辿り着いた織田・徳川軍の眼前に広がっていたのは無数の武田菱の旗。
「馬鹿な・・・」
「あれだけの短い時間で、もう布陣を整えたのか!?」
その光景を見て、徳川兵達の動揺が広がる。武田軍はすでに布陣を完了して徳川軍を待ち受けており、その陣形は聖一が知る武田軍の布陣とは異なっていた。
「偃月の陣・・・?」
大将を先陣に切り込む陣形で、本来は少数の部隊や錬度の低い部隊を率いる場合に用いる陣形だが・・・
武田軍はこちらに考える暇を与えてはくれないらしい。押し太鼓の音とともに鬨の声を挙げて武田勢が殺到して来る。先陣は赤備え―――山県昌景隊だ。
(くそ・・・武田軍が偃月の陣を採った以上、数が少ないこちらが本陣が丸出しになる鶴翼の陣を展開しても意味がない。なら・・・)
そう考えた時、徳川本陣から法螺貝の音が響き渡った。魚鱗の陣を展開するよう命じる合図と悟り、徳川軍はすぐさま移動を開始する。
重なり合う魚の鱗のように展開された徳川軍は、先陣に酒井忠次・本多忠勝。第二陣に織田勢と石川数正。第三陣に家康本隊、左右に聖一の隊と榊原康政。後備えに成瀬正義・鳥居忠広が控えて本陣の後ろを守り、家康の敗走時にはこの隊が彼女を守る。
(絶対に、生きて帰るんだ・・・!それが約束だから!)
かくして、武田軍3万と織田・徳川軍1万1千が激突する『三方ヶ原の戦い』が幕を開けた。