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月の光と葵の乙女  作者: 三好八人衆
武田信玄の章
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武田信玄の章~第四話~

吉田城を攻め立てる山県昌景率いる武田軍だが、吉田城主・酒井忠次の奮戦の前に苦戦を強いられていた。本陣で武田軍の指揮を執る山県昌景は、豊満な胸のしたで腕を組んで先ほどから黙ったままで床机に座っている。否―――

「起きてください」

「ぬぁっ!?」

静かな少女の声とともに、床机が足払いされて舟を漕いでいた昌景が転がり落ちた。

「な、何しやがる昌信!」

「大将たる者が、部下がおらぬとはいえ戦場で居眠りするとは何事ですか」

今回の遠征軍の副将・高坂昌信に冷たい目で見下され、昌景は不服そうに頬を膨らませた。

「だってよー!」

「あまり可愛くないです。一児の母が子供みたいに頬を膨らませないでください」

「・・・いいわけぐらい聞いてくれないか?」

よっこいしょと起き上がった昌景は、相変わらず無表情の同僚に訴えかける。

「御屋形様からのご命令は『鷹村聖一を捕らえて甲斐に連れていく事』だろ?吉田攻めは鷹村を誘うための布石・・・だけど来なきゃ意味ねぇじゃねぇかよ!」

「・・・確かにその通り。ですが、そろそろ彼はやってきますよ」

昌信の呟きに、昌景はその目を鋭く光らせた。

「・・・予知か?」

「ええ」

武田四天王の一人・高坂弾正昌信には、生まれた時から備わった不思議な力がある。それは少し先の未来を見透かす『予知』という力がある。いつ『降りてくる』かは彼女にも分からないこの能力だが、軍師・山本勘助や信玄の夫・武田信繁死後の武田軍を大いに助けたのは誰もが知るところだ。

「しかし、この戦いでは彼を捕らえる事は出来ないでしょう。しかし・・・」

昌信の青い瞳がキラリと輝き、確信をもって告げる。

「いずれは彼も武田の軍門に降る事でしょう。その未来は、遠くはないはずです」







「武田勢が撤退を?」

聖一率いる援軍がその報を受け取ったのは、三河・遠江国境付近であった。伝令兵の報告に、将兵たちは戸惑いを隠せなかった。

「おかしい・・・敵将の山県・高坂は歴戦の戦巧者。数で劣る我らに奴らが退くか?」

本多重次も首を傾げて訝しがる。ほかの将たちも同様の反応だった。

「ともかく吉田城に向かって酒井殿と合流し、善後策を講じましょう」

結局は聖一の提案に従い、一行は引き続き吉田城へと軍を進めることになった。







「不思議なこともあるものじゃ」

吉田城に到着し、聖一に会った城代酒井忠次の口から飛び出したのがこの言葉だった。

「つい数刻前まで火のように攻めてきた武田勢が、潮のごとく退きおったのだ。これを不思議と言わずしてなんと言おうか」

確かに不思議な話だ、と聖一は思った。援軍が来たからと言って、武田軍が撤退する理由はあまりない。確かに籠城策とは、味方の援軍が来る事を踏まえたうえで採る作戦だ。援軍が来れば籠城側の士気が揚がり、逆に攻城側は城を攻める軍と援軍を破る軍に分けなければならず、城を落とすのにさらに手間がかかる。

(それにしても武田軍が兵を退くのが早すぎる。酒井殿の話からすると、彼らが撤退したのは僕らがまだ遠江にいる頃・・・城攻めを打ち切るにしろ、こちらの援軍に気が付くにしろ、動きが早い)

まさか遠江まで斥候を放っていたのだろうか?有り得ない話ではないかもしれないが、聖一達も斥候を潰して武田の目を欺くために服部半蔵から部下を数人貸してもらっていたのだ。しかし彼らからは斥候がいるという情報は入ってこなかった・・・

武田には知られざる情報網がある事を悟り、背筋が寒くなる聖一であった。



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