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月の光と葵の乙女  作者: 三好八人衆
姉川決戦の章
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姉川決戦の章~第四話~

「徳川本陣に奇襲をかける!」

手詰まりとなった戦況に業を煮やした朝倉軍総大将・朝倉景健は決断を下した。本隊の一部を自ら率いて徳川本陣を奇襲し、敵将徳川家康の首を取らんとしたのである。

自ら2千の別動隊を率い、残りを戦線に投入して敵軍の目を惹いているうちに敵本陣に攻撃を仕掛けるという算段である。

「しかし景健殿、数は我が軍が上・・・奇襲を仕掛けるよりも総攻撃をお命じになられた方がよろしいのでは?」

本陣に控える朝倉家の武将のひとりが提言するが、彼女は首を振ってそれを却下した。

「いや・・・この戦い、ただ勝てばいいってもんじゃない、とあたしは思う」

「といいますと?」

「織田との戦いはこの後も続くだろう。その為には、信長の唯一無二の協力者である家康をここで葬っておきたい・・・あいつには何か持っているように見える。そう・・・」

何かを言おうとして口を開きかけた景健だが、口をつぐんだ。

「景健殿?」

「・・・いや、なんでもない。行くぞ!」








「申し上げます!朝倉勢は総攻撃を仕掛けてきましたぞっ!」

本陣に転がり込んできた『五』の旗を背負う伝令兵の報告に、徳川本陣は騒然となった。そのなかでも徳川軍の軍師にして未来人である鷹村聖一は内心呆然としていた。

(そんな馬鹿な・・・)

―――実はこの『姉川の戦い』、現代でも分かっていない事が多い。確実なのは織田・徳川軍が勝利したという最終的な事実だけ。

(徳川対朝倉の戦いは榊原康政と大久保忠世が朝倉本陣を奇襲して朝倉軍を退け、それで勝つ・・・はずなんだ・・・)

康政と忠世にはまだ奇襲命令すら下していない。しかし、今が好機でもあった。

「殿!今こそ好機です!全軍打って出て本陣が薄くなった敵本陣を奇襲しましょう!逆転の目はそれしか―――!?」

(―――よいのか?)

ズキンッ!

家康に進言しようとした聖一だが、突如として彼の脳を激痛が襲った。そして、誰何の声が脳裏に響く。

(な、なんだ―――?)

(戦とは生き物。様々な動きを見せ、時には人を正史と違う決断に導く―――正史と外史は違うのだ。軍師気取りでうぬぼれるなよ、若造)

テレパシーという奴だろうか。厳格な老人を連想させる声が響く。

(あ、あなたは―――?)

(戦況を読み、敵将の心を読み、考え、答えを導き出せ。状況には必ず理由がある。主を帝王へと導くだけの才がお主にはある)







「―――聖一さん!?聖一さん!?」

身体を揺さぶられる感覚に聖一は目を覚まし、状況を確かめてみる。仰向けに寝かせられ、諸将から心配そうな表情で見下ろされていた。なかでも家康が泣きそうな表情で自分の手を握っていたのが印象的だった。

「よかった・・・聖一さん、大丈夫ですか・・・?」

「は、はい。ええっと・・・あの、僕はいったい・・・?」

「倒れたんだよ、お兄ちゃん」

彼が身体を起こすのを手伝いながら康政が説明するところによると、彼は進言中に膝をついて苦しみ出して、倒れたのだという。ただし気を失っていた時間はそんなに長くはなかったようで、戦局に変化はないようだった。

(あの声は、いったいなんだったんだ・・・?)

「でも・・・変ですわね」

「殿。変、とは?」

家康がぽつりと呟いたのを、大久保忠世は聞き逃さなかった。

「朝倉勢は我が軍より数多い・・・その本隊が投入されたというのに我が軍の3千を破れないのはなぜでしょうか・・・?」

――――戦局を読め―――

―――状況には必ず理由がある―――

彼女のなんとない呟きに、聖一の脳裏に先ほどの言葉がフラッシュバックした。








薄い霧に包まれた戦場。朝倉軍総大将・朝倉景健率いる奇襲部隊は主戦場を迂回して、徳川本陣を目指していた。

「殿、もう少しで徳川の本陣が見えてくるはずです」

「おう。兵たちに攻撃準備をさせろ」

彼女の命に従って、騎兵たちが槍を構えて前進。その隊の後ろで弓兵が矢を番える。

号令はかけない。景健は右手を上げ、振り下ろす。それが合図だった。弓隊が斉射を開始し、徳川本隊に矢を打ちこむ。

「騎馬隊、突撃しろ!」

景健の号令のもと、騎兵がいきなりの射撃に混乱したはずの徳川本隊を蹴散らすべく突撃を開始した。







朝倉騎馬隊の目の前に広がっていたのは、人っ子ひとりいない徳川本陣であった。予想外の状況にお互い顔を見合わせて戸惑った様子の朝倉軍の兵士達。

「ともかく、景健様にご報告せねば・・・」

騎兵の誰かが言いだしたその時――――

――――ワァァァァァァァァァァ・・・・!

彼らの背後で雄叫びが上がった。その直後、彼らの耳に響いて来たのは幼い少女の声だった。

「放てー!」

奇襲を予測して兵を伏せいていた徳川軍の将・榊原康政の号令で放たれた矢が降りそそぎ、朝倉兵が悲鳴を上げて次々と倒れていく。

首を貫かれ、落馬して最期の時を迎えようとしているなかで兵士たちは悟った。自分たちは見事にだまされたのだと。








奇襲作戦を悟った聖一。敵部隊は直接ここを叩くつもりだと読んで、まず本隊の位置を移動させた。本陣の幕や旗はそのままにしておき、こちらがまだ奇襲を把握していないと思わせる。康政には弓隊を預けて本陣に突撃してきた敵を狙い撃ちにする。もちろん前線部隊に本陣を敵に襲撃させる事を伝えるのも忘れない。

「そして、霧の中に潜んだ私達が奇襲部隊を襲撃する―――まさか奇襲部隊が敵総大将の部隊だとは思いませんでしたけど」

聖一の隣で轡を並べる徳川軍総大将・徳川家康が安堵の溜息をこぼす。戦場に出れば常に死を覚悟している武人であるが、やはり死を逃れた事にはホッとするようだ。

「朝倉勢が退いて行くみたいですね。追撃の指示を?」

「はい!全軍、追撃開始!」






徳川軍が朝倉軍を撃破した事により、戦況は織田・徳川軍有利に動き出した。押されていた織田軍も、徳川軍の援護と横山城を攻めていた軍の奇襲もあって浅井軍を撃退する事ができた。浅井軍は小谷城へ敗走、徳川軍に本陣を突かれた朝倉軍も総崩れとなって越前へ逃れていった。

姉川での合戦に勝利した家康達であったが、試練はまだ続くようだ。浜松城で留守居役を務める鳥居元忠は、甲斐国から送られてきた書状を手に溜息をついた。

「こんな提案、呑めるわけないじゃないですか・・・」

甲斐武田家からの書状、その内容は―――

『当家跡継ぎ四郎勝頼の婿に、貴家客将・鷹村聖一殿を貰い受けて同盟の証としたい』

武田信玄から送られてきた、同盟を求めるという名の脅迫状であった。


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