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月の光と葵の乙女  作者: 三好八人衆
聖一、上洛の章
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聖一、上洛の章~第四話~

足利義昭擁する織田軍が六角軍に大勝したという知らせは、六角家と同盟を結んでいる現将軍足利義栄を擁する三好家に大打撃を与えた。

足利義輝を討って義栄を傀儡の将軍に立てた三好家だったが、『誰が将軍を擁して幕政の主導権を握るか』で争いが起きた。

三好長逸(みよしながやす)岩成友通(いわなりともみち)三好政康(みよしまさやす)の三名からなる三好一族の重鎮『三好三人衆』と名君三好長慶の晩年に台頭した松永久秀(まつながひさひで)、そして久秀に擁された三好家当主・三好義継が対立しており、形勢は京を確保して将軍義栄を擁した三好三人衆が優勢だった。

そして、事件は大和国で起こった。







三好三人衆率いる軍勢は、松永久秀の居城・多門山城を攻略すべく大和国に侵攻。迎撃に出た松永・三好義継軍だったが、各所で敗れた。形勢逆転を期す久秀は三好三人衆が本陣を構える東大寺への奇襲作戦を考案する。

「敵がそこにいて、古ぼけた建物に籠って安心しているのだから・・・狙わない手はないわよね?」

本陣の多門山城の天守で、冷笑を浮かべたのは胸元が大きく開いた着物を纏った妖艶な美女。彼女が松永弾正久秀である。

彼女は愉しげに微笑むと、あっさりと命を下す。

「平安の昔、平重衡(たいらのしげひら)に一度焼かれちゃっているし・・・二回焼かれても変わらないでしょ。焼いちゃいなさい」






松永軍の奇襲により、三好三人衆の軍は敗走。東大寺大仏殿もその周囲の建物も焼け落ちた。

これにより松永・三好義継軍は一時的に優位に立つが、すぐに三好三人衆が巻き返したため再び劣勢に立たされた。しかし、その劣勢が一気に覆された。

足利義昭を擁した織田信長の上洛によって――――







京の大通りを行進する織田軍を京の町人は大通りの端に並んで見物していた。

「織田信長ってのはどれだ?」

「あ、あれじゃないか。あの赤毛の・・・」

「なかなかの美人やないか」

「でも怖そう・・・木曽義仲の二の舞にならんとええけど・・・」

京の町民の興味を持った、そして不安な囁き声が馬上の聖一の耳にも届く。京の町の人気というのは重要だ。彼らの人気を失う事は即ち、平安の平家や源義仲と同じ運命をたどると考えてもよい。

それよりも―――

(皆さんの視線がすごい痛い・・・)

彼らから「誰だあいつ」的な視線にさらされている聖一は、とっても肩身が狭かった。







織田軍が京に入るのと入れ替わりに、足利義栄を擁した三好三人衆は摂津から本国阿波国に落ち延びた。信長は東福寺に、義昭は本圀寺(ほんこくじ)を仮の住まいとした。聖一達徳川軍は、ひとまず義昭の警護を兼ねて本圀寺に控えた。








数日後、足利義昭を征夷大将軍に任じる朝廷よりの勅使が訪れた。これにより、義昭は室町幕府第15代将軍に任じられた。

「それもこれも、すべて信長殿のお陰じゃ」

「もったいなきお言葉・・・」

上座で上機嫌な義昭に対し、対する信長は特に何の感慨もない。彼女にとっては義昭の将軍就任は通過事項にすぎないのだ。

「信長殿は余の恩人。ひいては幕府の救世主じゃ。そこで、信長殿を管領か副将軍に任じたいと思うのだが・・・」

管領―――かつては足利一門の細川氏本家・斯波家・畠山家の三家の当主にしか任じられる事のなかった名誉ある職である。

義昭としては、自分を擁して将軍に就けてくれた信長に対しての最大限の感謝の気持であったのだが―――

「恐れ多い事ではございますが」

信長の答えは、居並ぶ幕臣達を唖然とさせるものだった。

「どちらもお断りさせていただきます」








「まぁ、そう答えるとは思いましたけどね」

幕府開幕以来の珍事と京の中で騒がれるなかで、聖一は冷静だった。

「そーなんですか?ボクはよく解らないけど、『かんれー』ってすっごく偉いんですよね」

なぜか最近よく遊びにやってくる木下秀吉の子供っぽい口調からは、幕府内で最も権威ある職もなんだか軽く感じてしまうのはなぜだろうか。

「『すっごく』どころじゃないですよ、木下殿。室町幕府管領職といえば、将軍を補佐して政事(まつりごと)を行う事実上の最高権力者です」

本圀寺の縁側で秀吉が持参してきたお菓子をお茶うけに談笑するのが、京での聖一の日課である。しかし、勉強の為に出てきた手前、遊んでばかりいるわけではない。街に出て、荒れ果てた状況を目に焼き付け、堺の商人や職人など様々な階級の人と茶会を開いたり、由緒ある寺院で住職から話を聞いて政務などの勉強をして人脈を広めている。

「すごいですよねー、鷹村殿って。ボクとお話して、堺に行って商人たちとお茶会して、お寺で勉強して・・・疲れてないんですか?」

「大丈夫ですよ、木下殿。疲れていないって言えばうそになりますけど、これも我が主の為。こんな苦労ならどんと来い、ですよ」








「・・・なにが『どんと来い』ですか・・・」

「ヘックショイ!・・・う~・・・」

布団に横たわっている聖一の枕元で、渡辺守綱は溜息をついた。彼女の隣には水を張った桶、そして聖一の額には水に浸した手拭いが置かれていた。

「無理して風邪ひいちゃって・・・殿が聞いたら何と言われるか・・・」

「あはは・・・信一殿と残る兵達には申し訳ないことしちゃったね」

遠征軍を率いていた松平信一は、正月を前に帰還。現在本圀寺には聖一が帰ってくる時の護衛の徳川兵が50名ほど残っている。

「これがお薬です。熱が出ているくらいなので、明日には治るでしょう」

「先生、ありがとうございます」

老年の医師がそそくさと出て行き、鷹村主従の2人だけになる。季節は冬。火鉢の火を気に掛けながら、守綱は立ち上がった。

「聖一さん、お腹すいてないですか?お粥でも作ってきますから待っててくださいね」

「あ、うん。ありがと」

聖一の見送りを受けて、守綱は部屋から出て行った。

正月が押し迫ったこの時、京はまだ平穏を保っていた―――





阿波国・某所―――

織田信長によって追われた三好三人衆は、なんとか信長に対して一矢報いんと画策していた。

「なんとか京を奪回したいものだ・・」

「しかし我が軍は数・質ともに織田軍に劣る・・・」

「良策はないものか・・・」

上から三好長逸・岩成友通・三好政康―――三好長慶のもと、栄華を誇った三好一族の重鎮である。

三人が頭を悩ませていると、小姓が「申し上げます」と外から声をかけた。

「右兵衛大夫様がお見えになられました」

「おお、斎藤殿か!はようお呼びせよ」

小姓が下がった後、しばらくしてひとりの男が入室してきた。大柄で、無精髭にだらしなく着物を着崩しており、無頼漢といった野蛮な雰囲気の男だ。

「なかなか、頭を悩ませているようだな。そんなお三人さんにいい情報だ」

彼がもたらした情報は、三人を驚かせるに値するものだった。

「なんと!信長は主力を率いて岐阜に帰ったと!?」

「ああ。京にいるのは明智光秀と数百の兵だけ・・・周りに織田の与党がいるが、堺の会合衆からの協力を取り付けた・・・堺から京へ攻めのぼり、足利義昭を討ち取る。これで信長の目論見は完全に潰えるだろう」

男の策に三人衆は目を輝かせ、筆頭格の三好長逸は膝を打って喜んだ。

「う、うむ!これは行けそうじゃぞ!そうと決まれば、出陣の用意を!」

「無論、俺にも兵を貸してもらえるのだろうな?」

「おお、そなたほどの策士に協力してもらえるならば心強いが・・・それにしてもなぜこうまで縁のない我らに協力してくれるのだ?」

三好政康の疑問に、男はニィ、と笑った。しかしそれは、三人を慄かせるほど恐ろしい笑みだった。

「あのアマ・・・織田信長に国を奪われた恨みを晴らす為なら、俺は何でもする・・・そう誓ったのさ。この斎藤右兵衛大夫龍興(さいとううひょうえたいひつたつおき)様はな」

男の名は斎藤龍興。かつての美濃国主であり、現在は織田信長打倒に命をかける男だ。


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