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月の光と葵の乙女  作者: 三好八人衆
桶狭間の戦いの章
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第一話

ご意見・ご感想お待ちしてます。

駿河国のとある浜辺に、人だかりができていた。彼らは一様に首をひねり、それを竿でつついたりしながら様子を遠巻きにして見ている。彼らの中央には一人の少年が転がって寝ていた。

ザワザワ・・・

(ん・・・?)

鷹村聖一は周りのざわつく声を目覚ましに、眠っていた意識を覚醒させた。

(あれ?僕は学校の寮で寝ていたはず・・・それなのになんで大勢の人の声がするのかな?それに、潮の香り・・・)

「潮の香り・・・!?」

まどろんでいた意識を一気に覚醒させてガバッと跳ね起きる。聖一の部屋は8畳くらいの一人の部屋である。どう考えても海などはないし、床もフローリングで砂浜などではない。ましてや、つぎはぎの着物を纏った漁師風のおじさんたちなど知りもしない。

「あ、あの・・・」

ここはどこなんですか―――と問いかけようとしたその時、遠くから馬蹄の音が響いて来た。そちらを見てみると、馬に乗った2人の侍が近づいてくる姿が見えた。

(な、なんで侍が・・・!?)

「散れぃ!散れぃ!」

「我らはそこの方に御用がある!道を開けよ!」

侍たちの怒声に蜘蛛の子散らす様に散っていくおじさん達。侍達は「この者が・・・?」「ああ、間違いなかろう」と囁き合い、馬を降りてこちらに近づいてきた。

対照的な二人だった。一人は浅黒く日焼けした屈強な体格の男で、頬に刀傷ができている。もう一方は色白で細身、インテリな雰囲気の男性だ。その2人は、聖一の前に膝をついて子頭を垂れた。

「我らは三河国松平家の臣・酒井忠次と、これは石川数正でござる」

酒井と名乗った色黒の男と、石川と紹介された色白の男がさらに深く首を垂れる。そして、その石川が酒井の後に続いた。

「我が主が貴殿をお呼びでございます。御同行願えませんでしょうか?」

「え?・・・うわっ!」

返事をする前に酒井がポカンとする聖一の身体を担ぎあげて騎乗し、馬腹を蹴って馬を走らせた。

「さぁさぁ、ボンヤリしている暇はござらぬ!我が主のもとに来てくだされ!」

「ちょ、ちょっとまって!うわぁぁぁぁぁぁぁ・・・・!」

土煙とともに去っていった同僚と目的の人物を追って、数正も溜息をついて馬を走らせた。






2人の侍に丁重に馬に乗せて連れられて来たのは立派な造りの屋敷の一室だった。2人は「主君を呼んでまいります」と言って部屋を出て行った。

「そういえばあの2人・・・酒井忠次と石川数正って名乗ってたよな・・・」

聖一の家は古くより伝わる弓術の流派を受け継ぐ家柄で、家に古い書物もたくさんある。また聖一も幼いころからそれらの書物に目を通してきたためか日本史の知識が豊富である。彼の記憶が正しければ、先ほどの2人の男性の主君は―――

「・・・徳川家康?」

言わずと知れた戦国時代を終結させ、長期安定武家政権『江戸幕府』を創始した歴史上の人物である。聖一が好きな戦国武将の一人だ。酒井忠次や石川数正といえば家康の人生の中期までを支えた家臣だったと記憶している。

「っていうことは、ここは戦国時代か。そしてここは今川義元の領地・駿府・・・」

すでに聖一は自分がタイムスリップした事を確信していた。目覚めた時に感じたリアルな潮の香り、舗装が全くされていない大きな道―――それに2人の纏う雰囲気。弓道を昔からしている聖一には分かる。あれは本物の武人の雰囲気だ。

遠くから鴬張りの床のギッ、ギッという音が聞こえてくる。どうやら、待ち人が現れたようだった。聖一は居住まいを正してこれから現れるであろう後の天下人を待つ。襖が開いてまず現れたのは石川数正だった。彼はまず聖一を待たせた事を詫びると、居住まいを正して自らの主を紹介した。

「聖一殿、我が主元康にございます」

「はいっ」

平伏して現れるであろう、松平元康を待ち受ける。足袋が畳を擦る音が聖一の耳に入り、元康が入ってきた。

「面を上げてください」

(えっ・・・?)

予想とは反した声色に驚き、聖一は反射的に顔を上げて上座に座っている『松平元康』と顔を合わせた。

年齢は恐らく聖一と同年代。長い黒の髪の毛を後頭部でまとめて(ポニーテールというやつだ)おり、全体的に細見の印象を受ける。そして、彼が書物などで知る『家康』には絶対にないものがあった。女性の証明といっても過言ではない―――微かながらその存在を主張する胸の双丘。

(女の・・・子?)

「私が松平元康です。鷹村聖一さん、まずここに来ていただいたことを感謝いたします」

少女が深く頭を下げて聖一にまず感謝の意を示した。「ところで聖一さん」と元康は続けた。

「なぜ、私があなたをお呼びしたのか・・・それをまずお話したいと思います」




月の使者とは、夜空を照らす月が地上の戦乱を憂い、乱世を鎮めるための者を遣わしたという最近三河の松平家の領地に広まったおとぎ話のような話である。その遣いは、満月の夜の翌日に浜辺に現れるという・・・・

「まず鷹村殿に御当家(松平家)の状況について説明させていただきます。我が松平家は、西に尾張の織田家、東はこの駿河今川家に挟まれており―――」

数正の説明を聞きながら、聖一は当時の東海地方の勢力図を思い浮かべていた。

東の今川家は主に駿河・遠江(現在の静岡県)と東三河(愛知県東部)を統べる、当時事実上の天下人であった三好家に並ぶ勢力であり、甲斐武田家、相模北条家とも軍事同盟を結んで後背に憂いがなく、容易に西に大軍を差し向ける事が出来る。西の織田家は国こそ尾張(愛知県西部)ほどなものの、津島神社を擁した門前町を領地に持っており、資金的に豊かである。さらには北の美濃国斎藤家とも同盟を結んでおり、全力で軍勢を東に向ける事が出来ていた。そして三河国は岡崎城の松平本家、田原城の戸田氏や長篠城の奥平氏、刈谷城の水野氏、桜井・深草などの松平氏の傍流などの小勢力が乱立している。

「故に、御当家を含む三河の豪族諸氏は織田か今川のいずれかに与して勢力を保ち、その後ろ盾をもって勢力を保持したりしているのです」

「その代わりに、人質を差し出すんですよね・・・元康様みたいに」

弱小勢力の悲哀である。そして人質を取った盟主の命のもと、彼らは隣国織田勢との戦いには先陣に駆りだされる―――三河松平家の現状は、そういったものだった。

だからといって今川家が『悪』だというわけではない。今川家は盟主として人質を預かる代わりに従う国人たちの安全を保障している・・・つまり、元康に岡崎城という『帰る家』が手の届くところにあるのは今川家のお陰であるのだ。

「私はもう嫌なんです。私がここにいる為に岡崎のみんなが苦労するのが!」

元康は聖一の手を包み込むように握りしめた。細くひんやりした綺麗な白魚のような指と彼女の整った顔立ち、そして彼女の必死さを表しているのか潤んだ黒曜石の様な瞳に見つめられて聖一の胸の鼓動が速くなる。

(う・・・す、すごい可愛い・・・)

「私達にはあなたの力が必要なんです!」

和服美少女に両手を包むように握られ、懇願されるというシチュエーションにドギマギする聖一。

「で、でも僕が元康様の言う通りの『月の使者』だとしても、それで僕に何が出来るんですか?」

「実は聖一さんの噂は、駿府の義元様や近隣の方々に広まっているんです」

彼女が抱える密偵の情報によれば、甲斐武田氏や相模北条氏、遠くは越後上杉氏などがこの話に興味を示していたという。元康達が故意に広げたわけではなく、いつのまにか松平領内に広まっていた噂を他国の密偵が拾った、という感じではあるが。

「・・・要は、僕に御輿役になって欲しいんですね?」

松平家には富も名声もありはしない。元康は希代の名将となるが、それはまだまだ先の話だ。そこでまず擁するのは鷹村聖一―――月の使者と目される自分だ。おとぎ話のような自分の存在だが、信憑性がない分、他国の注目は高いようだ。

「はい」

聖一の確認に、元康ははっきりとうなずいた。

「随分とはっきりおっしゃるんですね・・・」

「私はあなたに嘘はつきたくありませんから」

はっきりと『お前を利用する』と言い切った彼女に聖一は苦笑する。「それと」と彼女は続ける。

「私の事は『元康様』じゃなくて、『元康』って呼んでください。あと、敬語も禁止です」

私はあなたと対等なんですから―――と彼女は続けた。


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