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月の光と葵の乙女  作者: 三好八人衆
三河平定の章
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三河平定の章~第三話~

飯尾連竜、謀叛―――

出陣準備を進める駿府の今川氏真の下にそんな凶報が届いた。憤激した氏真は、三浦正俊を大将に飯尾連竜討伐を命じるが、堅城曳馬城に籠った飯尾軍は大将の三浦正俊等多くの敵将を討ち取るという大戦果を挙げていた。

「おのれ・・・!飯尾ごときが小癪な!松平を踏み潰す前にまず飯尾を血祭りじゃ」

重臣たちが止めるのも聞かず、すっかり頭に血が上った氏真は進軍目標を吉田城から曳馬城に変更することを決定したのだった。




「これで、今川軍の攻撃の矛先はかわせるでしょう。そして、次の手です」

今川軍が飯尾連竜への攻撃を決定したという報が入ったと同時に、聖一は次の策を提案した。

「吉田城は堅城。小原鎮実を城から引きずり出し、野戦でこれを叩きます。その方法は―――」




田城代小原肥前守鎮実(おはらひぜんのかみしずざね)は今川家が衰亡への坂を転がり始めていると知りながらも主家への忠誠を失わない忠臣であった。

端整な容貌、鋭い瞳の彼は、今川家の侍女たちの中でも人気がある存在である。しかし、氏真の指示を待たずに松平家からの人質を老若男女問わずに串刺しの刑に処す今川家への盲目的な忠誠心と残虐的な一面の持ち主であった

吉田城の物見櫓から岡崎城方面を睨みつけるのが、松平家が謀反を起こして以来、鎮実の日課になっている。

「元康め・・・この吉田城に攻め寄せるならば攻めて来い。この鎮実が撃退して見せる。」

その物見やぐらに建つ鎮実の下に、彼の家臣が報告を携えて駆けあがってきた。

「来たか!」

「はっ。松平軍、岡崎城より打って出ました。元康自ら総大将として出陣しており、その数は3千ほど。先鋒は本多忠勝のようです」

「よし、曳馬城を攻めておられる氏真様に松平軍襲来の伝令を。我らは籠城の準備を整えよ」

櫓を降りながら、鎮実は兵に指示を降した。




吉田城を囲んだ松平軍は総大将元康の指揮の下、城へ攻めのぼったが吉田城に籠った小原軍の守りは固く、攻めあぐねていた。

「う~ん・・・なかなか城の守りは固いな・・・」

やはり小原軍の守りは固く、隙はない。

「殿、そろそろ作戦を開始しますが・・・な、なんですか?」

「ふぇっ!?そ、そうですね。じゃあ撤退を始めましょう!」

聖一の顔を食い入るように見つめていた元康は、彼に気づかれると顔を真っ赤にして逃げる様にその場を後にした。

「な、なんなんだ・・・?」

指示を出す前に逃げてしまった元康に代わって兵に撤退の法螺貝を吹くよう命じた。




「松平軍が逃げ出した?・・・よし、深追いせぬよう追撃せよ!」

鎮実は城に兵を残すとともに、自ら兵を率いて吉田城を打って出た。この動きが陽動であった場合に備えて副将の小笠原氏助(おがさわらうじすけ)に城の守りを委ねた。

「よいか氏助、わしが元康を捕らえてくるまで城の門を開ける事はならんぞ!」

「御意」

氏真には首を献上するよう命じられたが、あれほどの美姫を殺すなどもったいない。将軍連枝の今川家に逆らえばどうなるのか、泣き叫んで情けを乞うまで教えてやる。







算を乱して退却していた松平軍。しかし突如停止したかと思うと、反転して鎮実に襲いかかってきた。

「何を企んでいる・・・?者ども、迎撃せよ!」

「松平党の意地を見せよ!この忠勝に続けっ!」

小原軍はそのまま松平軍に突撃、松平軍も若き戦乙女本多忠勝を先頭に小原軍に突入し、乱戦となる両軍。いや、鎮実はふとした違和感を覚えた。

(松平の兵の死者が少ない・・・?)

よく目を凝らしてみれば、斬りかかるこちらに対して松平軍の兵はどちらかというと防戦一方。むしろ、防戦のみをしている?

(時間を稼いでいるということか?何か企みがあるわけか!?)

「申し上げます!」

違和感に気が付いたその時、傷を負った騎兵が吉田城方面から駆けてきた。

「小笠原氏助殿、謀叛!敵将酒井忠次に吉田城本丸を明け渡し、降伏いたしました!」

「なんだとっ」

吉田城失陥―――それはすなわち、今川家の手から東三河の統率権が失われたに等しい。

(謀られたか・・・氏真様、申し訳ありませぬ・・・)




時間を少しさかのぼる。

退却する松平軍に追撃を開始した小原軍。それを見送った小笠原氏助はフッとほくそ笑んだ。

彼は父の時代から今川家に仕える小笠原家の当主で遠江国高天神城主。40代の中年男で自己の利益を優先する性格の男―――とは、聖一の見解である。

「さて、勇敢な城代殿は元康殿を捕らえて連れてくるまで開門するなとお命じになった。つまり、連れてこれなければこの城はこの氏助の物・・・」

氏助は懐から一通の書状を取り出し、ニヤリと嗤った。

「狼煙を挙げ、二両引の旗を降ろせ。この城に翻るは葵の紋所が相応しい」

狼煙が本丸から上がるのと前後して、鎮実が出ていった方とは逆のほうから軍勢が現れた。

「小笠原殿!本丸より狼煙が上がりましたが、あれはいったい何の合図で・・・!?」

「ああ、あれはな。酒井忠次殿の軍勢をこの城にお招きするための合図だ」

言い終わるや否や―――氏助は刀を一閃させ、兵を斬り捨てる。

「さて、者ども。新しき主を迎えるために城の掃除を行え」




「おのれ氏助め、かくなるうえは奴と刺し違えて死んでやる!」

吉田城陥落の報は松平軍にも届いたらしく、一気に士気が上がった松平軍に押され出す小原軍のなかで、小笠原氏助の謀叛を罵った鎮実は吉田城へ向けて単騎駆けようとするが、家臣にそれを押しとどめられた。

「殿。ここは再起を果たすため、遠江の氏真様本隊に合流なさいませ!」

「左様、すでに酒井と小笠原は城を出てこちらに向かっておるとの由!このまま無念を抱えて果てるより、後日この恨みを晴らそうではありませんか!」

家臣たちの必死の説得に怒りを抑えた鎮実は唇を噛んで、宣言する。

「・・・退却だ!遠江におられる氏真様に合流する!」

鎮実は馬首を翻し、東へ向けて撤退を開始した。





小原軍が遠江を目指して逃げ去ると、忠勝に勝鬨を挙げさせるよう命じた元康と聖一達は岡崎城に戻って善後策を講じた。

「吉田城は忠次に預けましょう。反旗を翻してくれた小笠原殿はひとまず忠次の副将に据え、彼の為に高天神城を一日も早く救援しなくてはいけませんね」

「ええ。このままなら親今川の国人も我が方に降るでしょう。あと、殿にも箔を付けなくてはいけないですね」

「箔・・・ですか?」

きょとんと小首を傾げる元康に、聖一は「はい」と答える。

「三河国を支配する大義名分です」




それからしばらくして、岡崎城に朝廷からの勅使がやってきた。元康を従五位下三河守(じゅごいのげみかわのかみ)に任じるという内容で、三河国司になった元康は三河国平定の大義名分を得た事になる。

「聖一さん、聖一さん」

元康の国司就任を祝って宴が行われるなか、聖一は上座の元康に招かれてそちらに向かった。

「私が三河守に任ぜられるためのお金は・・・どのくらいだったんですか」

朝廷だってこのご時世、家計が火の車であった。その為、国司の職を得て敵国を攻める大義名分が欲しい戦国大名たちはこぞって朝廷に献金した。つまり、朝廷は官位を売って生計を立てていたのである。

「そうですね・・・石川殿と相談して行ったのですが、我が松平家の全財産の半分はごっそり・・・」

「ええっ!?」

「まぁそれは嘘ですけど」

驚きのあまり目を丸くする元康が可笑しくてあっさりと真実を告白すると、彼女はプクっと可愛らしく頬を膨らませた。

「むぅ~!聖一さん、主君に嘘を突くなんて大罪ですよ!」

「申し訳ありません、殿」

苦笑しながら頭を下げた聖一に対してまだ不満らしく、元康は新たに命を下した。

「本当に申し訳ないと思っているなら、罰として私に新しい名前を付けてください!」

「えっ!?」




(っていうか、こんなきっかけでいいのか・・・?)

聖一の頭に浮かんだのは四つの漢字。それを書くために筆の毛に墨を浸し、紙に筆を下ろして描くその名は―――




『徳川家康』




「松平家の祖先の国、上野国(こうずけのくに)新田郡得川郷(にったごおりとくかわごう)から『徳川』。家康の『家』は尊敬する八幡太郎源義家(はちまんたろうみなもとのよしいえ)から・・・だったっけ」

自室でそれを書き記した聖一は元康の部屋に向かい、名前を提案すると、一目で気に入られて承諾された。

翌日、家臣たちの前で新しい名をお披露目し、ここに戦国大名徳川家康が誕生した。




しかし、戦国大名徳川家は順風満帆の船出とはいかなかった。

「仏敵家康を誅すべし!」

「進めば極楽、退けば地獄ぞ!」

彼女達の前に、『三河一向一揆』という難敵が立ちはだかったのだった―――



流浪★七夜 さん

りんすろさん

感想ありがとうございました!

なるべく早く更新できるよう頑張りますのでよろしくお願いします!

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