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月の光と葵の乙女  作者: 三好八人衆
三河平定の章
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三河平定の章~第一話~

「で、ですから元康殿・・・」

「使者殿、私の答えは先ほどと同じです」

岡崎城の大広間で、上座に座る元康の正面に座する正装姿の男性は堂々とした佇まいの元康に気押されて大量の汗を流していた。

「義元公が討たれてしまった今、この元康が岡崎城に拠って西三河をしっかりと抑えているからこそ織田家は三河へ侵入が出来ぬのです。この状況下で氏真様は何故元康に駿府帰還をお命じなさるのか理解に苦しみます」

駿府の今川氏真より派遣された使者の口上は極めて簡単なものだった。すなわち駿府帰還命令である。

「ううむ・・・確かに元康殿の仰せのとおりでござるが・・・」

使者である彼も分かっていた。今川家の三河領が安泰であるのは、織田家の侵攻を寡兵ながら幾度も退けている松平軍の功績である事は。

「しかし、拙者も主君より命を受けた者でござる。色よい返事を得ずにおめおめと帰還しては氏真様より何を言われるか・・・」

しかし使者も自分の使命を果たすのに必死である。彼もこの任に家族の生活がかかっているのだから当たり前だ。

「そうですね・・・では、氏真様に言付けをお願いしてもいいですか?『この元康、織田家へ故御所様の弔い合戦を挑まれる際は先陣仕り、御所様及び氏真様へ忠誠を示す所存』と」



~三河平定の章~



やや満足した様子で使者が帰っていくと、大広間に笑い声が響き渡った。

「はっはっは!まったく鷹村殿の仰るとおりでありましたな!まるで古の陳平か張良の如きでありましたぞ」

「兄上は上手い事を仰る。さしずめ鷹村殿は今子房といったところですかな」

大男―――大久保忠世が大声で笑って聖一を称えると、隣に並ぶ忠世の弟の大久保忠佐(ただすけ)が古の名軍師『張良』の名を出して兄に追従する。

松平家はいま、衰退が予測される盟主のご機嫌をうかがっている時ではなかった。

「小平太、明智殿をこれへ」

「はっ」

いつになく神妙な康政が頭を垂れて、大広間を後にした。





「織田家臣、明智光秀にございます」

現代日本人が『主君を裏切った人物』として真っ先に思い浮かぶであろうその人物は、やはり女性であった。

体格は小柄で黒髪をロングにしており、彼女の教養の高さが口調や顔つきから窺い知れる。まさに織田家きってのキレ者という言葉が相応しい女性だった。

「さて、我が主信長からの口上を申し上げさせていただきます」

明智女史から伝えられた織田信長の提案は、松平家臣たちを驚愕させるものであった。

「織田と松平、新しき勢力である我らが手を取り合い、我ら(織田家)が西を、貴家らが東を攻め取って天下を二分しようではないか―――これが、織田家からの提案でございます」

同盟の申し込み、そして今川家からの独立の勧めであった。




光秀が伝えた信長からの提案に元康は『是』と答えた。九月ごろに信長を訪問する旨を伝え、ただちに西三河の足場を固めるための軍事行動に打って出ることになる。

善明堤(ぜんみょうづつみ)の戦いや藤波畷(ふじなみなわて)の戦いで今川方の吉良義昭を降し、西三河を制した元康はかねてよりの約定どおり、岡崎城の留守を酒井忠次や大久保忠世らに任せて尾張国清洲城にいた。

「うわぁ~・・・すごい賑わいですね!」

「さすが商業国尾張。悔しいですが、岡崎とはケタ違いですね」

清洲の城下町は信長の政策である『関所の撤廃』『楽市楽座』によって稀に見る活気と賑わいを見せていた。そのなかでも、元康の一行は一際目を惹いていた。

一行の中で唯一馬に乗る元康、そして彼女の馬の轡を取る忠勝がおのぼりさんよろしく街並みを眺めているのを清洲の民は遠巻きに眺め、熱っぽい視線を向けている。

(まぁ、何しろ美女美少女の集団だからねー・・・)

野郎どもの怨嗟を一身に浴びながら、聖一は怨嗟からくる寒気に身を震わせた。




小者に乗ってきた馬を預け、清洲城の城門で合流した明智光秀の案内で信長の待つ本丸御殿に向かう一行を待っていたのは、地べたに土下座して並んだ織田家家臣の行列だった。

「織田家は松平家を非常に重要視しているのです」

光秀は事もなげに言ってくれ、普段から人に傅かれて生活している元康は平然としているが、元が小市民の聖一は気まずい気分であった。

(うう、織田家の家臣の人たちなんかごめんなさい・・・)

内心申し訳なさげにペコペコ頭を下げながら聖一は元康達に続いて本丸御殿を目指した。



(彼が鷹村聖一・・・)

松平家一行を先導している光秀は、時々一行の最後尾を歩く『月の使者』こと鷹村聖一を観察していた。

(容姿が特に優れているわけでなし。強力(ごうりき)の持ち主でもなし・・・木下殿の報告では、弓の名手だという話だけど)

内心一笑に付し、結論付ける。

(凡人ね・・・ただし)

彼に対して少しだけ気になるところがあった。

(桶狭間における我が軍の奇襲、そして今川義元の戦死を予言したという噂がある・・・要注意人物である事は違いないわね)




清洲城本丸へ至る最後の門が一行の目の前に現れた時、同時に門の前で仁王立ちしている人物にも気が付いた。

遠目にも目立つ長い赤髪に長身で、胸部で強烈に自己主張している存在から女性であることが見て取れる。

「もとやすぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

彼女もこちらを確認したようで、猛烈な土煙をあげてこちらに突進してきて―――

「お姉様っ!」

元康も突進して来る人物に向けて駆けだし―――そして2人はがっちりと抱き合った。

「・・・あの方が?」

「・・・はい。我が主織田弾正忠信長(おだだんじょうのちゅうのぶなが)にございます」

呆然とした松平家臣たちを代表して聖一が光秀に確認をすると、彼女は頭痛を堪える様に額に手を当て、溜息をついて答えた。

(なかなか、この人苦労が多いんじゃないのかな・・・)




「コホン・・・えー、松平元康殿。遠路はるばる、よくこの清洲まで起こしくださった」

本丸御殿に微妙な空気が流れるなか、その空気を振り払うように咳ばらいをした信長が上座に座したまま元康に頭を下げ、頭を下げた主君に織田家臣からざわめきの声が上がる。

「いえ、織田殿。この度は当家と織田家の友好の盟約を結ぶめでたき日。私たちが清洲に出向く足労などあってないようなものでございます」

一方元康はそんな空気を知ってか知らずか、いつもどおりニコニコと微笑んでいる。

・・・いや、たぶん察していないが。

「そうだな、オレとお前の仲だ。面倒くさい話は抜きにして、さっさと儀式をしようや」

2人は同盟を結ぶ旨が書かれた誓紙を交わし、それを燃やしてできた灰を入れた杯を飲みほした。

「これで、同盟成立・・・って事だな。」

「はい。織田家は西に、我が松平は東に進み、お互いの背を守りあいましょう」




その夜、両家の同盟成立を祝って宴が開かれた。両家の家臣たちは酒を酌み交わし合い、和気藹々といったムードのなか、聖一の姿は本丸御殿の軒先にあった。

「うぇ~・・・気持ち悪い・・・」

その理由は簡単。『月の使者』としてすでに名が知れ渡っていた『鷹村聖一』とはいったいどのような人物なのかを織田家臣たちが見極めようと次から次に酒を持って来て、聖一に酒を飲ませて―――その結果というわけだ。

酒豪の父の影響か、最初のほうはなんともなかったが、それがやってくる人が増えて必然的に酒の量が増えるともう限界だった。

人の波が途切れた隙を突いて、宴会場から逃げ出して来たのだった。

「あー・・・夜風が気持ちいいな・・・」

夜風が気持ちいいのは、現代日本でもこの尾張国でも変わりないようだった。





「隣、邪魔していいか?」

「あ、信長様」

ひとりでしばらく涼んでいると、隣に信長が現れた。

「そうとう飲まされたみたいだな。ウチには大酒飲みが多いからな」

「はい、特に柴田殿にはさんざん飲まされました・・・」

どうやら織田家筆頭家老である柴田勝家に飲みっぷりを気に入られてしまったらしく、瓶子8本分は飲まされてしまったと思う。

「なぁ鷹村・・・元康の事、よろしく頼むな。あいつ、生真面目だから色々抱え込んじまうから、その重荷を少しでも軽減してやってくれないか」

そういって頭を下げる信長の姿は、まさに妹を心配する姉の姿そのままで―――

「もちろんです、信長様」




聖一と信長が月夜の下、談笑している姿を廊下の端で元康は目撃してしまっていた。楽しそうに会話する2人。その姿を見て、なぜか胸が痛んだ。

(なんだろう・・・?)

姉のような存在の信長は好きだし、聖一も好きだ。でも、なんで自分が好きな2人が楽しそうにしていると嫌な気持ちになるのか―――

元康は2人に気づかれないよう、そっと逃げ出す様にその場を後にした。



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