プロローグ
日本国は全国各地で混乱の様相を呈していた。
この国を統べるはずの室町幕府・足利将軍家は継承問題や幕府を支える有力守護大名の権力争いで権威は地に落ち、全国各地で武将たちが戦いをくりひろげていた。
「・・・ほほぅ、これはこれは・・・」
その戦国武将の家の一つである松平家の居城・三河国岡崎城を旅人の衣装をまとった一人の老人が通りがかり、満足そうな笑みを浮かべた。
「ご老人、いかがなされたのかな?」
その様子をとがめた松平家臣・大久保忠世は老人に声をかけた。
「この城には幸運の気が渦巻いておる。この城の主―――本来の主は天運を味方につけ、大業を成し遂げるであろうな、と思ったのじゃ」
この岡崎城、たしかに現在城主として治めているのは忠世が本来主として仰ぐ人物ではない。『本来の主』とは忠世―――いや、忠世『達』がただ一人の主と仰ぐあの少女のことを指しているのだろう。
「誠でござるか」
「左様。ああ、そうじゃ―――」
旅の老人は、忠世に意味深な予言をするのだった。即ち―――
―――次の満月の夜の翌朝、駿河湾に乱世を鎮める月よりの遣いが現れる―――
「・・・は?」
「ほっほっほ・・・」
ポカンとした顔の忠世を老人が笑い、次に彼が瞬きをしたとたん―――
老人の姿は、どこにもなかった。