9 再び学園へ/学園の後夜祭
「ねえ、教えて? 私は何で学園に戻ってきてるの? ねえ、一体何が……」
ぐいぐいとブランシュの腕をひいて歩くアルフォンスは、ブランシュの問いに一切答えない。
学園の裏庭というこの場所で、ぼろぼろの旅装姿のブランシュは明らかに異質だ。
周りに二人の姿を見る生徒たちの姿がないことだけが幸いか。
ブランシュは、半日前までダンジョンの中にいた。
サシャと一緒に、初めてのダンジョンアタックを成功させ、レベルアップを実感して、やる気に満ち溢れていた。
そこへ、いきなりアルフォンスが現れて、転移魔法でブランシュだけを連れ帰ったのだ。
転移魔法は、第五階位風魔法の中でも高難易度の魔法だ。この学園に使える者がいるとはブランシュも知らなかったぐらいだ。
どうにか転移魔法陣にすべりこんだギィは連れてこられたが、サシャは置いてきてしまった。
アルフォンスは、ブランシュの腕をつかんだまま舞踏会ホールの裏へと連れていく。
いい加減腹が立ってきたブランシュは、ぐっと力を込めて足を踏ん張った。
ブランシュの腕をつかんでいたアルフォンスの足も止まる。
「だいたいもう、私の出番って何よ? こんなことしてる暇ないのに。魔王討伐に力を貸してくれるって言ったのは嘘だったわけ?」
アルフォンスは、ゆっくりと振り向いた。
その雰囲気にただならぬものを感じ取って、ブランシュは口をつぐむ。
「サシャと、随分仲良くなったようだな」
「……ええ。サシャはいい子だもの。強いだけじゃなくて、気遣いができて、私の魔法指導までしてくれて、本当に助かってるわ。ありがとう」
「お前は、自分の立場がわかってるのか」
「立場」
ブランシュは、自分の今の状況を振り返る。
アルフォンスに仲間を紹介してもらってとても助かっている。
サシャをほめて、感謝の気持ちを伝えたのだが、アルフォンスはそれが気に入らない。
なぜか?
「やきもち?」
アルフォンスの肩がぴくりと震える。
「ああ、わかったわ。大丈夫よ。彼があなたの側近だということはちゃんとわかってるの。彼のことをあなたから奪ったりはしないわ」
<いやいや、お前、絶対わかってねえ>
「失礼ね」
ギィの叫びは、いつものようにブランシュには届かなかった。
その後ブランシュは、無言のアルフォンスに、舞踏会ホールの裏口から、控室に放り込まれた。
そこで待っていたのは、先日もお世話になった、ディアボリ公家の無口な黒髪メイドだ。
彼女に瞬く間に着替えさせられ、髪を結い上げられ、化粧をされた。
「なに、これは一体何?」
ブランシュは、鏡を見る。
そこには、鮮やかな朱の髪を結い上げ、金糸の刺繍があしらわれた黒のドレスを身に纏った美しい女性が映っていた。
髪を結い上げているためか、いつもより数段大人っぽい。
(それに、黒いドレスに赤髪が映えて……自分じゃないみたい)
控室にノックの音が響く。
「入るぞ」
返事も聞かずに入ってくるアルフォンスに、文句を言ってやろうと思ったが、開きかけた口は閉じるしかなかった。
アルフォンスの姿が端的に言って、あまりにも──かっこよすぎた。
「似合うな」
腕を組んで満足げに頷くアルフォンスの様子にやっと我に返る。
「ねえ、これは何のため?」
「これから舞踏会に参加する。今日は、文化祭の後夜祭だ」
ちなみに、この学園は、礼法やマナーの実践だとか言って、やたら夜会形式の実習が多いのだ。
前回ブランシュが婚約破棄されたのは、学園の創立記念日の前夜祭だった。
「でも、私、休学中なんだけど」
「パートナーを学外から呼ぶことは許可されているのだから、休学中の生徒を呼んでも問題あるまい」
「そ、それはそうなんだけど」
学内で行われる夜会は、あくまで、学生の実習なのだ。
ブランシュは、アルフォンスの衣装と自分の衣装を見比べる。
「……学園の実習にそろいの衣装なんて、やりすぎじゃない?」
「これは、投資だ。風よけのためのな」
(なるほど。それなりに大事にしてるってところを見せておくべきよね。納得)
「まあ、あなたの役に立ってるならいいわ」
「休学中ならば、なおさら、周知しなければならないだろう。お前は、俺の婚約者なのだから」
「婚約者ね。って、ええ⁉」
ブランシュは、確かに言った。
『愛人でも、仮面妻でも名ばかり婚約者でも、私の名前を使って役に立つことがあれば、なんでもやってあげるわ』
(いやいやいや、そうは言ったけど、本人に、事前に連絡するべきでしょ! というか、うちのお父様とどんな話をつけたの?)
当然だが、婚約は家同士の取り決めだ。
ブランシュはすっかり蚊帳の外で、何が起こっていたのかさっぱりわからない。
そして今、ブランシュは、舞踏会ホールに引っ張り出され、アルフォンスと一緒にダンスを踊っている。
周りからの視線が、生暖かく感じるのは、なぜだろう?
ちなみに、一緒に考えたり、つっこみを入れてくれるギィは控室で留守番である。
ブランシュは、答えを求めてアルフォンスを上目遣いに見上げた。
「お前は、今、ディアボリ公邸で、療養している……という設定だ」
「ええ」
くるりと回ると、黒いドレスのチュールからのぞく、赤い裾がひらひらと舞う。
「お前の父が、娘にも会わせず囲い込んでいる男をどう思うか、考えたことがあるか?」
「あ」
ブランシュは、そのあたりのことを全て放り出して家を飛び出してきてしまった。
「お前の父を納得させるために、婚約を急いだ。理解したか?」
「……ハイ、スミマセン」
「おまけに、俺は、ひと時もお前を手放したくないほどにお前を溺愛していることになっている」
「……ハイ、カサネガサネスミマセン」
「やるなら徹底的にやる。それが俺の信条だ」
そう言うと、ブランシュに向かって、アルフォンスは、今まで見たことのない笑みを浮かべた。
まるで、愛しくて愛しくてたまらないものを見つめるような、甘やかな、思わずあふれ出てしまったかのような、そんな笑み。
心臓が、どきりと高鳴る。
その笑顔から、ブランシュは目が離せない。
いつの間にか曲が終わり、ブランシュは、はっと我に返った。
あちこちで、女性陣のほうっと息を吐く声が漏れ聞こえてくる。
(びっくりした。でも、見とれちゃったのは私だけじゃないってことね。乙女ゲームじゃないのに、周りに花が舞ってるかと思ったわ)
「こ、効果抜群ね。周りもすっかり騙されてるわ……あなた、舞台俳優になれるかも」
アルフォンスは、ブランシュだけに見える角度で、あっという間に苦虫を嚙み潰したような表情になる。
「一方的な婚約だと思われているのも癪だ。お前にもこのぐらいやってほしいんだがな。お前の父親に人さらい扱いされたんだぞ」
「うっ、今後、精進します」
そして、アルフォンスとブランシュがダンスを終えた時、新たな一団が舞踏会ホールへとやってきた。
──本来の聖女パーティである、ノエラと王子たちだった。




