7 ディアボリ公国へ/サシャ
そして、冒頭の舞踏会ホールでの婚約破棄を経て、舞台は、現在に戻る。
ノエラへの、聖女になってほしいという説得は果たせなかった。
こうなったら、腹をくくって、ブランシュが聖女の代役を務めるしかなかった。
ブランシュの婚約のほうは無事破棄されたので、アルフォンスには、約束通り魔王討伐の仲間を紹介してもらう予定だ。
学園はとりあえず休学。
末娘に甘い父親は、恥ずかしくて学園に行けないと泣きつくと、すぐに許してくれた。
これからすぐにでも、紹介してもらう仲間と魔王討伐の旅に出るつもりだ。
しかし、書き置きを残してこっそり家を出ようものなら、父親がどんな騒ぎを起こすかわからない。
そこで、アルフォンスに協力してもらい、一芝居うつことにした。
アルフォンスの家から立派な迎えの馬車を出してもらって、父親が登城している間に家を出てしまうつもりだ。
その後は、ディアボリ公邸にいることにして、レベル上げとダンジョン攻略の旅に出る。
ちなみに、それがどんな事態を引き起こすかについては、魔王討伐に焦るブランシュは、深く考えていなかった。
(完璧な計画ね)
ブランシュは、あわあわと慌てる執事たちを尻目に、ディアボリ公家からの馬車に、意気揚々と乗り込んだ。
馬車はそのままディアボリ公邸へと向かうのだと思っていた。
ところが、現実はどうも違ったらしい。
<なあ、ここ、どこだ?>
「ギルド、よね? 冒険者ギルド?」
<にしては、不穏じゃね? 俺様の勘がやべえって言ってる>
「あんたの勘は当てになんないじゃない」
しかし、今回ばかりはあながち間違いとも言えなかった。
ブランシュは周りを見回す。
窓の少ない薄暗い建物の中にはギルドの受付らしきものがあるが、カーテンが引かれ、誰もいる気配がない。
待合室らしき場所には、数個のテーブルが置かれており、そこにいる男たちはみな、覆面やローブなどで顔を隠し、闇に潜むようにひっそりと座っている。
ブランシュは、馬車に乗り込んだとたんに無表情な黒髪メイドにあっという間に平民の服に着替えさせられ、次の瞬間には、この場所へ放り出されたのだ。
くりっとした瞳の、小柄で可愛らしい見た目に似合わず、ものすごい怪力だった。
「ねえ、迎えを待てっぽいことを言ってたけど、迎えって誰が来るの?」
メイドと馬車はすでに去ってしまっていた。
<俺が知るわけねえだろ>
ギィは、ブランシュの服の端に潜り込んで出てこようとしない。
ブランシュは、はあ、とため息をついた。
平民の服を着ていても、世間知らずのお嬢様にしか見えないブランシュは、明らかにこの場で浮いていた。
「ねえ、ギルドって言ったらさ、受付にこう、かわいいお姉さんがいて『ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのような冒険に挑戦されるのでしょうか?』とかかわいくほほ笑むもんじゃないの?」
<それ、どこの世界の情報だよ?>
「うっ」
ブランシュは、あまり市井のことを勉強してこなかった今までを悔やむ。
(こうなるんだったら、もっとお忍びで街に降りとくんだった)
ブランシュの努力は学園でよい成績をとることに傾けられていた。
あまり市井のことを勉強してこなかったことが悔やまれる。
「お嬢さん、何をぶつぶつ言ってるのかな。誰か、探してるの? 依頼しにきたなら、俺を指名してよ」
体をすっぽり覆うフードとローブに、顔の半分をスカーフで隠した男が、いつのまにかブランシュのすぐ脇に立っていた。
独特の抑揚が、耳に残る。
「え、ええっと?」
(この人が、迎えに来た人? でも、それならこんな声のかけ方しないわよね)
「私、人と待ち合わせしてるので」
「ふうん、そうなんだ。じゃあさ、それまで俺と話しようよ」
そう言うとブランシュの向かいの席に座わる。
「俺さ、短剣と毒が特技なんだ」
「そ、そう。す、素晴らしい特技ね」
「だろ? 俺の短剣が掠るだけでみんな死んでくんだ。なあ、今待ってるやつより、俺の方がいいんじゃないか?」
伸ばされた手が、ブランシュの手の甲に触れる。
「ひっ」
「お前っ、すげっ。やっば」
その時、扉が大きく開け放たれた。
「いた‼ あー、探した! あんた、なんでこんなとこいんだよ」
そのままつかつかとブランシュの前に来て、ブランシュの手に触れる男の手をバシッと払いのけたのは、まだ年若い少年だった。
薄茶色のあちこちにはねた髪に、大きな水色の瞳が初々しい美少年だ。
旅装に身を包んだこの少年が、きっと、ブランシュの迎えに違いない。
迎えが来たのにはほっとしたが、すぐに心配になる。
(目の前の男が逆上したらどうしよう。この子、きっとアルフォンスが紹介してくれる人の従者か何かよね?)
「さっさと行くぞ。ここはお前のいていい場所じゃない……こんなとこいるの知られたら殺されるってば」
そう言って彼は、ブランシュの手を引き、強引に立ち上がらせた。
少年とは思えないほど力強い。
「待ちやがれ! てめえ、ガキ。……その女、おいていけ」
「はあ、だからやだったんだ」
ブランシュの前に座っていた男は、いつの間にか目を血走らせている。
「ねえ、私が時間を稼ぐから、あなたのご主人様呼んできて」
「はっ? 何言ってんのあんた」
「だって。あなた、まだ子どもじゃないっ」
そう言うと、少年はぽかんとした表情をしてブランシュの方を見た。
「ははっ、そうか。そうだな、そう、俺、子ども。だけどさ、俺結構強いんだよ。見てな」
流れるような動作だった。
少年は、あっという間に男の懐へと飛びこみ、男の胸元にトンっと軽く手を当てる。
男は、少年の顔をじっと見下ろしたまま、その場でずるずると倒れこんだ。
「すごい、あなた武闘家かしら? 今のは気功術か何か?」
手を当てるだけで気絶させるのは、体内の気功操作とかそういったものだろう。
「んん? 武闘家? まあ、いっか、それで。主アルフォンスの命により、あんたを手伝いに来たぜ、お嬢様」
武闘家サシャが仲間に加わった!




