6 アルフォンスの提案/ラストダンジョンアタック①
ブランシュが仰ぎ見た視線の先にいたのは、ディアボリ公国の公子アルフォンスの姿だった。
(なんでここに?)
「けがは、よくなったようだな」
アルフォンスの視線は、先日ひどい状態になっていた、ブランシュの右手に注がれていた。
ブランシュは、はっと気づくと、アルフォンスに慌てて向き直った。
「……ありがとう、ございました」
今、ブランシュの右腕には傷痕一つない。
実は先日、アルフォンスがブランシュの手に押しつけた小瓶は、傷薬だったのだ。
医療の遅れているこの世界では、相当に高価な薬だったに違いない。
(噂ほど悪い人じゃないのかも?)
そんなことを思うブランシュの周りで、ギィは、相変わらずバタバタとせわしない。
<こら、話を戻せ! 転生者とやらの話を、さっさと聞かせろ!>
顔を上げると、アルフォンスも、視線でブランシュに次の話を促してくる。
ごまかしを許さないという二つの視線にさらされて、ブランシュは観念して、前世の──このRPGゲームの世界について語るのだった。
「なるほど、それでこんな怪しい綿ぼこりの言う事を、疑いなく信じたんだな」
<神獣様に向かって、ほんっとに失礼な奴だな、コイツ!>
ギィがばたばたと顔の周りを飛び回っているが、アルフォンスは見事に無視している。
「確かに、ディアボリ公国には、最近、不穏な噂が多い」
「そうなの⁉ やっぱり地方で魔物が多く出るとか、そういうやつ?」
ブランシュは、自分の前世の記憶を語るうちに、すっかり言葉遣いが崩れてしまっていた。
アルフォンスは気にしていないようなので、かまわないだろう。
「ああ。特に北の山岳地帯に魔物の目撃情報が多い。お前の言っていたボスダンジョンの位置とも一致する」
「……ゲームのストーリーは、もう始まってるのね」
(早く、聖女は仲間を集めて出発しないといけないのに)
それなのに、ノエラは聖痕を受け取ってくれないし、ブランシュが代役をしようにも、聖魔法の習得どころか、共に戦ってくれる仲間すら集められていない状態だ。
<急がないとまずいな。おい、ブランシュ。どうするつもりだ>
「ノエラ様には、もう一度当たってみるわ。でも、だめな場合を考えて、仲間も集めておかないと」
<そうだな。あの女、全然やる気ねえ!>
「学園の生徒に声をかけようかしら……いいえ、もう変な噂を立てられてるから、誰も相手にしてくれないわよね。っていうか、他の人たちは、あの三人より、はるかに実力が劣るのよ」
「彼らでなければならない理由はないだろう? ……俺が、」
アルフォンスの言葉にブランシュは、がばっと顔を上げる。
「誰か紹介してくれるの⁉」
「……」
食い気味に叫ぶブランシュを見下ろし、アルフォンスは、片眉を上げる。
少し思案しているようだった。
「俺の側近の三人をつけよう。みな優秀な者たちだ。お前が声をかけた者には勝るだろう」
(ディアボリ公国は、北の雄。豪の者がそろっていると聞いているわ。それも公子の側近! いけるかも!!)
「ただし、条件がある」
「私の努力で何とかなることなら、できる限り、なんでもするわ」
「ならば、俺のものになれ」
沈黙が降りた。
単純に、ブランシュには意味がわからなかったからだ。
「別にいいけど、私を手に入れて、あなたに何か得があるの? 要求が漠然としていてわかりづらいわ。具体的に何がしてほしいの?」
<なあ、さすがにちょっと可哀そうなんじゃ……ひっ>
「ギィ?」
<な、ななんでもねえ>
「お前には、価値がある。正直、この学園にいる間、女どもがまとわりついてうるさい。お前はその風よけとして最高だ」
「ああ、そういうことね。確かに、公爵家の娘が恋人なら、周りも手が出せないものね。おまけに弱みを握っていれば裏切る心配もないし。いいわよ。学園にいる間、私を存分に風よけとして使いなさいな……って言いたいとこだけど、あなた、私に婚約者がいるの、知ってて言ってる? 」
「破棄してこい」
「……それも条件なのね」
「あの調子なら時間の問題だろう?」
「まあ、そうかもね」
第二王子は我慢強くない。
ノエラとのあの一件の後だ。
婚約破棄だと言い出しても全くおかしくなかった。
「だが、その程度では、差し出すもののつり合いがとれんな」
「まあ、そうね。いいわよ。愛人でも、仮面妻でも名ばかり婚約者でも、私の名前を使って役に立つことがあれば、なんでもやってあげるわ。どのみち、これがうまくいかなかったら世界が滅ぶもの」
「そうだな」
「契約成立ね」
ブランシュは、握手をするために手を差し出した。
が、アルフォンスは手を差し出してこない。
(……あ、前世のつもりでついやっちゃった。男女で握手とかしないか)
慌てて手を引っ込めようとするブランシュの手をアルフォンスはつかみ取る。
そして、優雅にひざまずくと、ブランシュの手をとって指先に口づける。
さすがにブランシュの心臓が跳ね上がる。
このシチュエーションでどきどきしない人なんていないに違いない。
「世界の危機を救うまで、お前は、俺のものだ」
中庭にミモザが舞い散る。
乙女ゲームのスチルのような華やかで美しい光景がブランシュの目の前に広がっていた。
(だから違うから! この世界は、乙女ゲームじゃないんだってば!)
◇◇◇◇◇◇◇
ごつごつとした岩で覆われた、いつ果てるともなく続く、先の見えない通路。
陽の光のささないその場所を、彼らは、明かりすら必要とせず、まっすぐに歩み続けていた。
黒衣の青年と、フードを深くかぶった同行者三名の一行だ。
奇声を上げて襲い掛かる魔物を、先頭に立つ黒衣の青年が、腰に下げた長剣で薙ぎ払う。
黒衣の青年はアルフォンスだった。
流れるような剣技で、さらに背後にせまる影を音もなく切り伏せ、その剣を鞘に戻した。
ここは、地下深くに横たわる迷宮、この世界の最奥。
ラストダンジョン地下30Fだ。
彼らは、最下層を目指していた。
彼らがこのダンジョンアタックを初めてから、既に七年が経過している。
それほどに、このダンジョンの踏破は、苦難を極めていた。
「なあなあ、主、今日は調子がいいな。彼女とうまくいったの?」
小柄な体格の少年が、フードを脱いで、アルフォンスに話しかけた。
あちこちに跳ねた茶色の髪に、水色のくるくると動く大きな瞳。
整った顔立ちだが、よく動く表情のおかげで、親しみやすく愛嬌がある。
しかし、少年の軽口にも、アルフォンスは答えない。
首を傾げる少年の後ろにいた、フードを被った大男が、少年の服の裾を引っ張った。
大男に何かを耳打ちされ、少年は、ぽん、と手を打つ。
「なあんだ、主。自分で同行するつもりだったのに、全く期待されなくって、荒れてるんだ!」
「……」
「主、だっせえー」
けたけたと笑う少年の背後で、残りのフードを被った二名は服の端を引っ張ったりして明らかにうろたえている。
次の瞬間、少年の頭上を剣が横切った。
「ひっ」
パラパラと少年の髪が空に舞う。
「サシャ。余計なことを言っている暇があったら働け」
魔物の体液でぬめった剣が目の前に突き出され、軽口をたたいていた少年──サシャは、その顔をひきつらせた。
が、すぐに、水色の目に緊張を走らせる。
アルフォンスが通路の奥に目を凝らした。
「来るぞ」
遠くから地響きと咆哮とが近づいてきた。
「デスパレードだ」
侵入者である彼らを排除するため、このラストダンジョンの主が送り込んだ魔物の大群が、彼らの元へと押し寄せた。
「キエーッ」
最後の一体の息の根を止めてから、アルフォンスは、付近を見渡した。
見渡す限りの魔物の屍だった。
彼の側近の三人も、肩で息をしている。
アルフォンスは、気に留めず、剣を床に突き刺した。
剣を通して、彼の力がこの階層いっぱいに広がる。
「領域解放。陣域固定。──征服完了。地下30階層、クリアだ」
「はーっ、ここまでくると、さすがにきついやー。楽しいけどさあ」
「サシャ」
「何?」
「お前に命じる。彼女がこれから旅に出る。彼女の旅の供をしろ」
「え、ええー? 俺なの? あれ、俺でいいの? 主が一緒に行きたかったんじゃ……」
アルフォンスは、ぎろりとにらんでサシャの口をつぐませた。
「これは命令だ。あの娘は、俺の片割れだ。命を懸けて守れ。わかったな」
その瞳が、青銀から、赤に変わる。
赤の瞳で命じられたその言葉に、サシャは逆らえなかった。
「うっ、主命、謹んでお受けいたします」
ひざまずいたサシャの答えを聞くと、アルフォンスは、すぐにすたすたと歩きだす。
「え、主どこ行くの⁉」
「彼女を迎えに行く」
その横顔には、うっすらと笑みすらも浮かんでいた。
彼が手をかざすと、黒い焔が現れ足元に五芒星を描き出す。
「待って、待って待って! 転移魔法は主しか使えないんだから、30階層になんて置いてかな……」
五芒星の輪から溢れ出る光は、彼らとアルフォンスの間を光のカーテンで隔てて、遮断した。
三人を置き去りにしたまま、アルフォンスは、転移ゲートを用いて、地上へと戻った。
そこは、何の変哲もない、古びた礼拝堂の一室だった。
アルフォンスは、準備してあった着替えを終え、外へ出る。
「あいつのためにも、早く魔王を倒して、ラストダンジョンを取り戻さないとな」
そのまま、彼女を迎えに行くため敷地内にある、舞踏会ホールへと向かった。
ラストダンジョンは、王都にある。
彼らの通う学園の地下深くに──。




