5 ヒロインはあなたです
庭園には、仲良くお昼を楽しむ、ゲームのヒロインであるノエラと、パーティメンバーの三人の姿があった。
(うーん。この四人は、ノエラが聖痕を授かって聖女になってから仲良くなるんだけどな)
今一つしっくりこないが、ブランシュは、むしろ好都合だと思い直すことにした。
(ノエラ様さえ落とせば、他の三人はついてくるってことだものね)
思考を前向きに切り替えて、ブランシュは、薔薇の植え込みの陰で彼らが昼を終えるのを待った。
数日前に断られた男性陣と話をするのははばかられたので、今回はノエラとだけ会話をするつもりだ。
ギィは、袖の隙間に押し込んで静かにさせておく。
(ギィを見せたら、興奮して話にならないかもしれないもの)
ノエラは、ギィを捕らえようと、網で追いかけ回した前科がある。
「ノエラ様」
「まあ、どちら様でしょう」
男性陣が先に行ったのを確認して、ブランシュは、校舎に入る前、中庭に面した渡り廊下でノエラに声をかけた。
「ブランシュ=ラヴォワと申します」
「まあ、ラヴォワ公爵令嬢でらっしゃいますね。私はノエラ=シャレットと申します」
きれいにカーテシーをする彼女は、ギィに聞いた、網を振り回す令嬢にはとても見えない。
(でも、転生者なら、きっとうまく猫を被るわよね)
ちなみに、あることがきっかけで、ブランシュはノエラが転生者だと確信している。
「少し、お話したいことがあるのです。お時間よろしいでしょうか」
ブランシュの声掛けに、ノエラは、ぎゅっと唇をかみしめて、何故だか悲壮な決意を秘めた表情を浮かべる。
そんな表情でも、ただただ愛らしいのは、さすがヒロインと言うべきか。
ストロベリーブロンドのふわふわの髪の下で揺れる瞳は、小動物のように愛くるしい。
「私も、ブランシュ様といつかお話をしなければならないと思っておりました!」
「? そ、そうですか? それならちょうどよかったです」
ブランシュは、ノエラの何だかわからない勢いに押されて、たじろぐ。
「私たちは愛し合っているのです」
「あ、はい……あの、それは、殿下と、でしょうか?」
「ええ。ですから、あなたがどれだけ殿下の婚約者という立場に執着しようと、私は、私たちは、負ける訳には参りません!!」
「は?」
「ブランシュ様は、殿下を愛してらっしゃるのですか?」
「え、いや、まあ、お友だち?」
「まあ! 私、ブランシュ様が殿下を愛されているんでしたら、正々堂々戦いましょうと申し上げるつもりでした。けれど、それならばなおさら負けるわけにはいきません」
「ちょ、ちょっと待って」
「ブランシュ様は、私に、殿下に近づかないよう釘を刺しにいらしたのかもしれませんが、私は……悪役令嬢になんて負けませんから!」
「えええ??」
(いや、別にいいんだけど。王子は聖女様とくっつくかもしれないからそのつもりだったんだけど、って、なんでこんな話に?? まずは、話を戻さなくちゃ)
ブランシュは、ごほん、と咳ばらいをすると、すーはーと呼吸を整えた。
「ノエラ様、そういったことは、殿下とよく話し合われてください。私は殿下の意思に従います。お二人が愛し合われているのであれば、聖女様にお譲りするつもりでいましたし」
「聖女?」
ノエラは首を傾げた。
ブランシュもその様子に首を傾げる。
(うーーん? あ、そうか、私が聖女のことを知っているのが不思議なのね! ノエラ様は転生者だから、私が転生者だと教えてもいいわよね)
「ノエラ様、ご安心ください。私も転生者なのです。ですからこの世界のことをよく知っています」
ブランシュは、安心させるようにノエラにほほ笑む。
「この世界って、どういう……」
「もちろん、剣と魔法の王道ファンタジーRPG『神獣に導かれし者』の世界ですよ。聖女であるノエラ様が、仲間と共に、苦難を乗り越え、世界を脅かす魔王を倒すという」
ノエラは、固まっている。
「私が、聖女?」
「はい。聖女の聖痕を授ける神獣が、シロフクロウからシマエナガになっていて、戸惑われたかもしれませんが」
<うっせえ、長老がけがしちまったんだから仕方ねえだろ>
服の袖に隠しておいたギィの姿をちらりと見せると、ノエラの肩が大きく跳ねる。
「これからノエラ様は、仲間と共に、試練に立ち向かわなくてはなりません。聖魔法の聖痕を受け取っていただけませんか?」
ノエラは、驚いたのか、それを聞くと、頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
ぶつぶつと呟くノエラの「その言葉」を聞いて、ブランシュははっとする。
(まさか)
「ひょっとして、ノエラ様は、ご存じなかったのですか? この世界が……」
「ブランシュ、何をしている⁉」
その時だった。
大柄な人影が、ブランシュとノエラの間にするりと入り込み、しゃがみ込んだノエラを守るように抱きしめた。
「殿下」
「なぜノエラがお前の前で膝をついている⁉ 地位に物を言わせて、彼女を虐げるのか⁉」
「いえ、殿下。私は、そのようなことはしておりません」
「ならばなぜ、ノエラはこのようにおびえている⁉」
「それはむしろこちらが聞きたいです」
「その態度だ。それがノエラを怯えさせているのだろう!」
「私は、いつも通りで……」
「反省することもできないのか! 口答えをするな!」
(どうしたのかしら。前は、ここまで話が通じない人だとは思わなかったのに)
ブランシュは口を閉じた。
「それに、どういうつもりだ、ブランシュ。お前は、俺の婚約者でありながら、他の男に声をかけて回っていたらしいな。噂になっているぞ」
それには、いろいろと事情があるのだ。
(そっちこそ、婚約者のある身で他の女性を抱きしめているじゃない)
ブランシュはこぼれそうになるため息をのみこんだ。
それよりも、ブランシュにとっては、ノエラがぶつぶつと呟いている言葉の方が重要だ。
しゃがみ込んだノエラとそれを守るように抱きしめる王子の側に、ブランシュもそっとしゃがみ込む。
王子はこの際無視することにする。
「ノエラ様、先ほど申しあげたとおりです。あなたは聖女なのです。この世界を救っていただけませんか?」
「そ、そそそんな、何を言っているのか、私よくわかりませんわ」
「ブランシュっ。お前は、何をノエラに吹き込んでいる⁉ 行くぞ、ノエラ」
「ノエラ様、待ってください。よく考えて! 私、わかっていますよ。あなたが転生者だということ」
王子はブランシュをにらみつけると、ノエラを支えるように立たせ、そのまま、肩を抱いて去っていく。
「だって、この世界に『シマエナガ』も『乙女ゲーム』も存在しませんからーー!」
ブランシュのかけた声は、果たしてノエラに届いていたのかいないのか。
ブランシュは、ノエラが先ほど、ぶつぶつとつぶやいていた言葉を思い出す。
『ここ、乙女ゲームじゃないの?』
『RPGなんてやったことない、絶対無理! 怖いのも痛いのもいやっ』
彼女は勘違いしていたのだ。
どうりで、学園の目立つ三人と親しくなっているはずだ。
(あの三人、攻略対象、って言われたら確かに納得だわ)
ブランシュは中庭の木陰の下にある手近なベンチで、上半身を投げ出すように、深く腰掛けた。
誰も見ていないので、多少下品なのは見逃してほしい。
<おい、お前、転生者って何のことだよ。俺様に何か隠してやがるな>
ギィがぱたぱたとブランシュの顔の周りで大きく跳ねる。
「わかったわよ、全部話すわよ」
「ならば、俺も聞かせてもらおう」
ため息をつくブランシュの背後から、ハイバリトンの、どこか高圧的な声が振ってくる。
(え?)
ブランシュが仰ぎ見た視線の先にいたのは──ディアボリ公国の公子アルフォンスの姿だった。




