3 聖魔法を習得せよ
ブランシュの半分は努力でできている。
何一つ不自由ない環境に生まれた、公爵家の甘やかされた一人娘。
はたからはそう見えるのだが、今までの彼女の半生は、常に何かしらに邁進し、自分に怠惰を許してはいない。
だから、神獣ギィに無理やり押し付けられた聖魔法に対しても真剣に取り組んだ。
そもそも、魔法は水・火・風・土の主たる四属性と、魔族が使う闇魔法に、神族が使う聖魔法がある。
全属性とも、それぞれの特性を生かした多彩な攻撃魔法を持つ。
それに加えて、闇は、攻撃力の強さと精神系魔法、光は、闇に対しての反魔法を持つことが特徴だ。
たいていの貴族は四属性のどれかを生まれつき使うことができ、学園でも授業に取り入れられている。
闇魔法は、稀にだが、人間も持つ者が現れる。
ただし、魔族とのつながりを彷彿させることから、使用できることを秘匿することが多い。
一方、聖魔法は、人が生まれつき持つことはない。
神から特別に個人に授かるもので、目的なしに人が持つことはないのだ。
今回ブランシュに授けられたのは、この聖魔法だ。
ギィによってその聖痕が、腕に刻まれた。
ちなみに、ブランシュは水魔法のそこそこの使い手だ。
このそこそこを維持するために、かなりの努力を要している。
そしてその努力の甲斐あって、魔法理論にも詳しい。
魔法力強化方法、魔法精度向上方法などは既に完成された理論で、後は本人の努力次第だ。
家では、誰にも見られないよう侍女たちを追い出し。
学園では、誰にも見られないよう裏山にのぼり。
ブランシュは黙々と、魔法の訓練を続けた。
そうすれば必ず成果は現れる。
そのはずだったのだが。
──現実は非情だった。
<お前、魔法の才能ねえな。俺様はひょっとして契約する人間を間違えたのか?>
今日も、裏山で、基本の聖魔法「聖属性付加」の練習を続けながら、ブランシュはがっくりと膝をついた。
努力に慣れていると言っても、さすがに、二週間ほとんど成果がないとブランシュも落ち込む。
しかし、諸悪の根元のこいつにだけは言われたくなかった。
「あのねえ! もとはと言えば、あなたが私が止めるのも聞かずに……」
<待てよ、誰か来た>
ブランシュは慌てて口をつぐむ。
ギィの声は周りに聞こえないため、今のブランシュは一人で叫んでいる変な人だ。
程なく、下生えを踏みしめる音がして、その場に一人の青年が現れた。
黒いジャケットに黒いトラウザーズに身を包んだ、年齢に不相応の威圧感のある青年だった。
黒髪の下に、通った鼻筋の端正な顔立ちを持つこの若者だが、彼の中身が外見通りでないことを、ブランシュは知っている。
(ア、アルフォンス公子)
ブランシュは、その姿を見て、即座にカーテシーで頭を下げた。
「アルフォンス公子にご挨拶申し上げます」
(何でこんな所に来たの⁉)
この学園の生徒であれば、半分が彼と関わりたくないと言い、半分は彼とお近づきになりたいと望む。
主に前者は男性で後者は女性だ。
ブランシュはと言えば、彼とはお近づきになりたくないと考える女性なので、極少数派だ。
というのも、彼には、噂話が尽きなかったからだ。
曰く、学園の生徒に暴力を振るったとか。
曰く、気に入らない教師を追い出したとか。
曰く、歯向かう者を切り捨てたとか。
曰く、彼は学園に花嫁を探しに来ているだとか。
(気に入らないからって切り捨てられたらたまらないし)
公国の公子は、王子に匹敵する地位を持つ。
隣国の価値観もわからないし、近づかないに越したことはない。
けれど、ブランシュの希望は叶えられなかった。
アルフォンスは、迷いなくブランシュの前までやってくると立ち止まった。
「おかしな気配がすると思ったら、お前か、ラヴォワ公爵令嬢。顔を上げろ」
(名前、しっかり覚えられてたー。っていうか、この赤毛でわからないわけないか)
「アルフォンス公子には、ご機嫌麗しく……」
「何をしていた?」
ブランシュの挨拶など聞く気がないらしい。
「はい、魔法の訓練を」
「水魔法の訓練でここまでになるのか? 」
アルフォンスは、ブランシュの腕を取った。
(なっ、き、急に触んないでよ)
淑女に対して失礼な行為だ。
しかし、相手は何をするかわからないと噂の公子だ。
ブランシュは、アルフォンスの腕を振り払いたくなるのを必死にこらえた。
確かに、ブランシュの手は、焼け焦げて水ぶくれになっている。
これは、魔法暴発といって、魔法がうまく操れないと陥る現象だ。
属性の合わない魔法を無理やり使おうとするとこうなる。
普通はこんなにひどくなるまで練習しないので、彼にとっては珍しいのかもしれない。
(あれ、私の属性まで何で知ってるの?)
「っ痛っ」
その時、アルフォンスが、つかんだブランシュの腕を強く引いた。
「これはなんだ⁉」
見ると、袖がまくれて、ブランシュの腕に刻まれた聖痕があらわになっている。
「なぜ、こんなものが! くそっ」
そう言うと、アルフォンスは、自由な自らの指先に何かをこめた。
(焔?)
ブランシュが目を丸くしてそれを見守っていると、
<止めろ!>
小さな白いかたまりが、ブランシュの聖痕の上に降り立った。
「ギィ!」
<てめぇ、何しやがる! そんなもん使ったら、ブランシュがけがするだろ!>
「なんだ、こいつは」
そう言うとアルフォンスは、指先の焔のような何かを手の中で握りつぶした。
ギィの言葉からすると、聖痕に何かをしようとしたのだろうか。
いやそれよりも。
<は、聞いて驚け! >
(ちょっとっ、余計な事言うんじゃないわよっ)
ブランシュは、あわててギィを手でつかむ。
< 俺様は神獣さま……ムギュゥ>
ブランシュは、上目遣いでアルフォンスをそろそろと見上げてみる。
「神獣?」
──今一歩、間に合わなかった。
<何だ、お前、俺様の声が聞こえるのか? 見所あるな!>
結果として、アルフォンスに自分の声が聞こえていることに気をよくしたギィは、全てしゃべってしまった。
(まあ、別に隠すことじゃないものね。ゲームでは、聖女は国をあげて送り出されてたもの)
でも、信じてくれるかは別の話だった。
「そいつが、女神の使者の神獣だと?」
……鼻で笑われた。
「おまけに、我がディアボリ公国に魔王が現れるというのか。その証拠は?」
ブランシュはゲームを知っていたからギィのその話を信じた。
けれど、確かに知らない人にとっては、最近魔物が増えている、程度のものかもしれない。
<ブランシュ、いっちょ聖魔法をかましてやれ>
意気揚々と羽根をぴっとあげて指示をするギィを見て、ブランシュは心の中でため息をつく。
(期待に応えてあげたいんだけど)
ブランシュは、ギィに教えられた聖言を唱える。
「いと高き天の女神の息吹を、地上の勇者に捧ぐ」
聖痕が熱を帯びた感じはする。
魔力が聖痕の付近で噴き出しそうで噴き出すことが出来ない。
押し戻せそうなのに、押し切れない。
そんなもどかしさを覚えていると、ずくり、と腕から指先にかけて鈍い痛みが走り──。
「もういい」
聖魔法は発動しなかった。
「荒唐無稽だな。信じるに値しない」
<ぐぬぬ! この俺様がそう言ってるんだぜ。女神の神獣のこの俺様が!>
「逆にこの綿ぼこりが、お前をだまそうとする魔の者でないとなぜ言い切れる?」
<何だと! 俺様に向かって綿ぼこりだと、ざけんな! ちっ、少しは話せるやつだと思ったのに、とんだ期待はずれだな、行くぜ、ブランシュ>
「う、うん」
パタパタと飛んでいくギィを一人にすることは出来ない。
「それでは、失礼いたします」
そう言ってくるりと向き直ろうとするブランシュの腕をつかんで、アルフォンスは引き留めた。
「忠告する。無駄なことをするな」
「どういう、意味でしょうか」
「信用できもしない者の言いなりになって、使えもしない魔法の訓練をすることだ。無駄でしかないだろう」
(何で……何でそこまで言われなくちゃならないの)
「ギィが信じてもらえないのは仕方ないと思います。でも、無駄かどうかは、私が決めることです」
ブランシュは、努力をするからこそ、人の努力を否定しようとする人に、寛容になれない。
声を荒げなかったことを褒めてほしい。
「お離しいただけますか?」
アルフォンスは、はあっとため息をついた。
(何よ、何よ何よ! ムカつく)
「使え」
「何を!」
アルフォンスは、ブランシュの手の中に何かを滑り込ませると、振り返りもせずに去っていった。
「何これ?」
ブランシュは手の中の小瓶を見つめて、首をかしげるのだった。




