2 かくて神獣はふられた
──時は、一月ほど遡る。
その日をブランシュは楽しみにしていた。
なぜなら今日は、ヒロインが神獣と出会い、聖なる力を授かり旅立ちを決意する日だからだ。
ヒロインが聖なる力を授かる瞬間は、王都中がまばゆい光に包まれ、星が流れる。
世界が、聖女の誕生を世に知らしめすのだ。
漆黒の夜空に幾億の星が流れるそのオープニングCGは本当に素敵で、何度思い出してもため息がもれてしまう。
ブランシュは、自室のバルコニーから外に出て、その瞬間を今か今かと待ちわびていた。
この世界は、剣と魔法の王道ファンタジーRPG「神獣に導かれし者」の世界だ。
ヒロインである聖女が、様々な仲間と共に、苦難を乗り越え、成長し、世界を脅かす魔王を倒す。
その過程で生まれる、様々な人間ドラマや葛藤も見どころだった。
キャラクターは、聖女、勇者、聖騎士、賢者。
恋愛要素はちょっと低めだったけれどその分想像力を掻き立てるので、二次創作界隈が大いに盛り上がった。
RPG的なやり込み要素がそれなりにあったので、男性ファンも多い。
転生前、女子大生だった自分は、暇に任せて飽きもせずレベル上げに勤しんだものだった。
もちろん、ボスである魔王を倒して全員レベルMaxにしてクリアした。
隠しステージである裏ボスのいるラストダンジョン攻略の記憶は途中までしかないので、多分その途中で自分は死んでしまったのだと推測している。
「それにしても遅いわね。まだなのかしら。寒くなって来たわ」
風が出てきた。
暖かかったからと、上着を持たずにバルコニーに出てきてしまったのが悔やまれる。
聖女降臨を見逃すリスクと寒さとを秤にかけて悩む。
その結果、ブランシュは、ダッシュで部屋に戻ることにした。
くるりと振り向き、窓から部屋に飛び込もうとしたところ、顔に、ぺしゃっという衝撃を感じて、ブランシュは慌てて急停止した。
<ぎゃあっ>
下品な叫びは、断じてブランシュの声ではない。
(何、何なの?)
さほど痛くはないが、顔に何かが当たったのだ。
顔をなでて傷や痛みがないことを確認してブランシュは周囲を見回した。
バルコニーの大理石の床には、白くてふわふわした毛玉のようなものが転がっている。
ブランシュにこの毛玉を投げつけ、大声をあげた主がいるはずだ。
ひどい奇声をあげていたのから察するに、ブランシュに毛玉を当ててしまったことは、本意ではなかったのだろう。
「誰なの。出ていらっしゃい。手を滑らせてしまったんでしょう? 別に叱ったりしないわよ。心配しなくて大丈夫。私はこの通り、けがなどしていないし」
<お前のけがなんて心配してねえ!>
その言い草にカチンとくる。
(まったく、人が穏便に済ませてあげようとしているのに)
「出て来なさい。百歩譲って、今なら食事抜きぐらいで済ませてあげるわよ」
ブランシュは辺りを見回した。
公爵家の一人娘であるブランシュにとんでもない口の利き方だ。
子どもだったとしても、この先のことを考えて、しっかり教育しておくべきだろう。
貴族社会は甘くないのだ。
<ちくしょう。なんだよ、偉そうにしやがって。まずは、俺様の心配をしろっ。それから俺様をあがめて、俺様の道を遮った非礼を詫びて、俺様の毛づくろいをして、丁重にもてなすのが筋ってもんだろう。ちくしょー。なんだよ、この国の人間はっ>
上から目線のむかつく物言いはさておきとして、そろそろ言っていることが妙なことに、ブランシュも気づき始めた。
そして、さらに今さらながらに「それ」が、声ではないことに気づく。
ブランシュは、先ほどぶつかってきた床の上の毛玉に視線をやる。
毛玉は、むくりと小さな二本の足で立ちあがっていた。
ふわふわの真白な毛玉には、体に埋もれているが、なんとなく、頭がある。
その頭の中央には、ちょこんとひし形のくちばし。
くちばしの左右には、まん丸の黒い瞳が二つ。
心なしか得意げに胸をはる様子すらも愛らしいその姿は──。
「シマエナガ」
<ちげーよっ。女神様の神獣様だよっ。この国の人間なら、俺の姿ぐらい覚えとけよ>
「え、だって、ちっちゃ……」
ブランシュだって、神獣は知っている。神殿に飾られている聖者の肩にのる鳥の形の神獣は、かなりの大きさがある。
ずっとシロフクロウだと思っていた。
<うるせーーっ! レベルが上がるとでかくなるんだよっ>
(あ、気にしてるんだ)
神獣もレベル制なんだ、さすがRPGとブランシュは別の所に感心してしまった。
それよりも。
「あら?」
──なぜなら今日は、ヒロインが神獣と出会い、聖なる力を授かり旅立ちを決意する日だからだ。
「あらあら?」
ひょっとして、いや、ひょっとしなくても。
「つかぬことを聞くけれど、まさか、あなた、魔王を倒すために一緒に戦う聖女を探しに神界から来たのかしら?」
ヒロインの所に来た神獣は、大きなシロフクロウだったと記憶しているので、違うと思いたい。
<なんでお前が知っている⁉ さては、魔王の手先だなっ>
「えええ?」
神獣は、ブランシュの目の前まで羽根をばたばたさせながら飛び上がってきて悪態をつく。
微妙によたよたしている。
この神獣様に、ブランシュはとりあえず、水をすくうように両手を広げて差し出した。
<おう、お前、気が利くな>
すっぽりと手の平に収まった白いふわふわの神獣様は、とりあえず──可愛かった。
神獣の名前はギィと言った。
この世界の女神様は、魔王に対抗するため、適性のある少女に聖魔法をお与えになる。
ギィは、少女に聖魔法を与えるための使いとしてやってきた。
本当は、レベルの高い長老──シロフクロウの姿らしい──が来るはずだったが、昨今荒れ気味の人間界でけがを負ってしまった。
よって、若手のホープのギィが来ることになったそうだ。
ぼろぼろのギィに、ブランシュは少しほだされてしまう。
注文通りに、お風呂に入れたり、食べ物をあげたり、毛づくろいをしているうちに、朝日が昇ってきてしまった。
シマエナガが可愛すぎるのがいけない。
「それで、お目当ての少女はいたんでしょ? その少女に会えなかったの?」
とりあえず今日、星は流れていない。
ブランシュは、眠い目をこすりながら、一番気になっていたことをギィに聞いてみることにした。
すると、ブランシュの前で、ギィは、目に見えて震えだす。
<やだっ、やだやだ。俺、あんな奴やだっ>
「ちょっと、どうしたのよ、ギィ」
<あいつこえーよっ。あいつ、俺様の姿見たとたん、網振り回して捕まえようとしだしたんだぜっ>
(うーん、かわいいから、ちょっと気持ちがわかる)
とはもちろんギィには言わない。
<シマエナガ初めて見た。かわいーとか言って、狂ったように網振り回しやがって! 俺様死ぬところだったんだぜ>
「えーーっと、話せばわかる?」
<話しかけたって、聞こえるわけっ……あれ、そういや、お前、なんで俺様の言ってることわかるんだ? 普通わかんねえだろ?>
(そういえば、ゲームでは、神獣がしゃべってるシーンはなかったわ。これって、転生者特典みたいなものかしら)
首をかしげるブランシュの手の平の上に、ギィは、ちょんっと飛び乗った。
<俺にはわかる! あの女、ろくでもねえ。全く神獣をあがめねえし>
「えっと、きっとそれは、神獣の姿が違ってたからで、よければ、明日私がついて行って話をしてあげても……」
<そこでだ。俺様は、いいことを考えた。止めたって無駄だぜ、俺はやってやる。話が通じるってことは特別ってことだ。運命ってのは、ぶち当たってたどり着くもんなんだぜ!>
「ねえ、ギィ。何言ってるかわかんないんだけど。いいこと? まず私に任せてみない? 世の中、焦って何かすると、たいていろくなことにならないのよ」
ギィは、ブランシュの手の平の上で、羽根をびしっと斜め上に向けて、ポーズをとる。
<俺は、お前に決めたぜ、ブランシュ!>
「だから、何に? いえ、その前にやめなさい、ギィ。言ったでしょ、ろくなことにならないって──ええ、えええ⁉」
その日、王都の一角、ヴァロワ公爵家の一室から光の奔流があふれた。
もしかしたら、星も流れたのかもしれない。
けれど、そのどちらも──屋敷が広すぎたためと、明るい朝だったために、誰にも気づかれることはなかった。




