10 後夜祭/ラストダンジョンアタック②
後夜祭の舞踏会ホールへと、華やかな一団が入場してきた。
このゲーム「神獣に導かれし者」の本来の聖女パーティである。
すなわち、ノエラ=シャレットと第二王子、魔道侯爵家の跡取り、公爵家の次男の四人だ。
彼らはそれぞれ、聖女、聖騎士、賢者、勇者としてこの世界を守る……はずだった。
第二王子のエスコートを受けたノエラは、入場してくると、ホールの中央で踊り終えたブランシュたちと相対した。
ノエラは、申し訳なさそうな顔で、王子の影に隠れる。
王子のほうは、まるで汚い物でも見るような視線でブランシュを見た。
「身の程をわきまえず、次は公子を籠絡したのか。たいそうな悪女ぶりだな、ブランシュ」
「なっ」
挨拶もせずにこんな暴言をぶつけられたら、さすがに傷つく。
(もう、元婚約者への礼儀すら持ち合わせていないのね)
ブランシュが苦い思いをかみしめていると、ブランシュをかばうかのように続けたのは、アルフォンスだった。
「それは、俺への侮辱と受け取っても?」
「そんなつもりではない。大公、あなたへの忠告になればいいとは思っているが」
「ほう、俺の判断に忠告とは、この国の王子は己が分というものをわきまえていないらしい」
ブランシュたちの住むベルギランド王国は、アルフォンスのディアボリ公国に、軍事力も経済力も及ばないのが実情だ。
二人の会話は、自然、国家間の力関係を反映して緊張をはらんだものになる。
険悪な二人の会話に、ブランシュは、はっと気づく。
(これは溺愛設定だわ! ここでするべきは、ただひとつ!)
ブランシュはアルフォンスにアイコンタクトを送り、怪訝な顔をされながらも、意を決して、この会話に割り込む。
「やめてください。アルフォンス様。私のために争わないでください。私はそのようなことを望んでおりません」
(くっ、私のために争わないで、とか痛すぎる)
ブランシュは泣きたくなるが、これも演技だと自分を叱咤する。
アルフォンスに頑張ると宣言してしまった以上、やるしかない。
ブランシュは、努力系令嬢なのだ。
「俺は、婚約者のために決闘をするぐらいの甲斐性はあるつもりだが、お前が望まないなら仕方ないな」
決闘、という言葉を受けて、周囲にざわめきが走る。
第二王子がごくりと唾を飲みこむ音がする。
アルフォンスは、初日に元王宮騎士団長を倒して、剣術の授業免除を勝ち取ったという伝説の持ち主なのだ。
アルフォンスは、王子をひとにらみすると、ブランシュの背を守るように抱き寄せ、退出を促す。
アルフォンスがブランシュの意図を理解して、話を合わせてくれて助かった。
その時、彼らの中心にいたノエラがブランシュの前に飛び出してきた。
「お待ちください! ブランシュ様!」
行く手を遮られて、不快そうに目を細めるアルフォンスの袖をブランシュはぎゅっと握って止める。
「なんでしょう?」
もしかしたら、という期待に、ブランシュの胸は高鳴る。
「教えてください。以前、ブランシュ様は、魔王討伐のため聖女を探しているとおっしゃいました。私にはとても無理だとお断り差し上げたのですが、その件は今、どうなっているのでしょう」
真剣な面持ちでそう訴えるノエラの発言に周囲はざわつく。
魔王などと言う荒唐無稽なことを言い出したブランシュを馬鹿にしていたのに、ノエラがその内容を口にしたからだ。
(魔王討伐のことを気にしてくれるなんて、ノエラは、ひょっとして、聖女になることを考え直してくれたの?)
聖魔法をノエラに引き継いでもらえるかと思うと、ぱっと心が晴れ渡る。
(そうよね、転生者だもの! この世界のために何かしたいと思ってくれたんだわ!)
「ノエラ様。今、聖女の役割は、私が務めています。でも、」
「まあ、ブランシュ様が、聖女になられるんですね!」
「え」
突然よく通る声で遮られて、ブランシュは戸惑った。
「私は、ブランシュ様のお話を断ったことを申し訳なく思っていました。でも、ブランシュ様が聖女の役割を担ってくださっていると聞いて、安心しました。優秀なブランシュ様ですもの、必ずや聖女として、成功なさることでしょう」
「まあ、聖女ですって」
「さぞ尊いお務めをされるんでしょうね」
周りからくすくすと笑い声が起きる。
邪気のない笑顔で、ブランシュの聖女としての成功を信じていると告げるノエラに、その陰口が聞こえないわけがない。
けれど、ノエラは、彼女たちの言葉を止めようとしない。
彼女の邪気がないと思っていた笑顔は、周囲の嘲笑の笑顔と、いつの間にか同化していた。
(ああ、そういうこと)
ノエラに期待したブランシュが馬鹿だった。
彼女は、ブランシュを馬鹿にしたいだけだったのだ。
一瞬、反論しようと思ったが、ぐっと唇をかんで口をつぐんだ。
どうせ、誰もブランシュの反論なんか、聞きはしない。
下を向きかけたブランシュの頭に、そっと、アルフォンスの手が触れた。
「言いたいことはそれだけか? 女」
「え、ええ」
アルフォンスの怒気を感じさせる抑えた低い声に、ノエラの声が上ずる。
「お前が憂える必要など何もない。俺の婚約者は、見事その役割を果たすだろう。我がディアボリ公国が全面的に彼女をバックアップする」
アルフォンスの手が、ブランシュの目を覆う。
そのままそっと促され、ブランシュは、アルフォンスと一緒にホールを後にする。
ブランシュのにじんだ涙を隠すアルフォンスの手は、ただただ優しかった。
◇◇◇◇◇◇◇
グオオオオオオッ!!
闇の中、延々と続く石づくりの通路に、魔物の雄叫びが木霊する。
数多くの魔物が飛び交い、入り乱れる中、思春期の少年特有の幼さを残す声が、通路に響く。
「ひでえよ主! こないだは、地下30Fに置いてったし、今回はブランシュだけ連れ帰って、俺のこと北の村に置きざりにするし!」
不満をぶつけられたアルフォンスは、叫ぶサシャを横目でにらむと、その頭上を、腰の剣で一閃する。
「ひっ」
サシャの頭の上にゼリー状の魔物がぼたぼたと落ちてきた。
デロデロの塊を頭から滴らせて、サシャは、顔を歪める。
「文句を言う暇があったら手を動かせ」
「ううっ。もう体力が持たねー」
サシャは、ぶつぶつとぼやきながらも、迫りくる飛行型の魔物に、片手を掲げる。
その瞳が、水色から、赤に変わる。
<その心の臓を止めよ>
ばさりと、動きを止めた魔物は地面に落下していった。
アルフォンスは、その様子を満足げに見つめ、剣を鞘にしまう。
アルフォンスとサシャを含む側近の三人は、ラストダンジョンの攻略中だった。
現在地下35F。
このラストダンジョンには、5Fごとに大きなギミックが仕掛けられていたり、中ボスの存在があったりする。
30Fのギミックであるデスパレードのクリア後、31から34Fまでは、アルフォンスと側近の二人でクリアした。
しかし、35Fの中ボス戦では、一度、敗北を喫していた。
今回は、サシャも加え、戦力増強しての二度目のアタックになる。
「着いたぞ」
石の扉の前で、アルフォンスは剣を抜き放つ。
ラストダンジョン地下35F。
中ボス階だった。
敵は、再生を繰り返す九つ首の魔物、ヒュドラ。
それを討つために必要なものは──。
「サシャ、お前の魅了で敵を惑わせろ」
「りょーかい!」
アルフォンスは扉を開け放った。
最後の九つ目の首を切り落とすと、ドウッという音と共に、ヒュドラの巨体は地面に倒れた。
青い血を床いっぱいにまき散らすヒュドラの首を足で踏みつけ、返り血を浴びたアルフォンスは、赤い瞳を光らせて凄絶に笑った。
「あと15階層だ──50Fに、やつがいる」
次第に瞳の色が青銀へと戻っていく。
アルフォンスは、後ろを振り向いた。
「ユーグ」
大柄の男が、アルフォンスの前にひざまずく。
浅黒い肌に、短く刈り込んだ銀の髪の偉丈夫だった。
背中に背負った戦斧が、銀色に光を返す。
「サシャと共に、ブランシュにつけ」
「は」
ユーグは、主の命を受け、その頭を深く垂れた。




