第10回:「ジャンケンになんて負けるもんじゃない」
なぜ、僕は生徒会と密接に関係した応援団に入ることになったのか――「生徒会役員」前口上物語。
……さて、ここで、なぜ、僕が「応援団」なんて入ることになったのか、という話をしておいた方が良いのかもしれない。「応援団になるくせに、生徒会を嫌がるって変じゃね?」と思われる方も多いだろうから。しかし、言わせていただきたい。僕は「応援団」に自分からなったわけじゃない。「ならされた」のである――それも、ジャンケンで負けた結果として。
もともと、小さい頃から根っからの「文化系人間」であり、運動も人付き合いも苦手な僕は、高校に入学してからも、特に目立とうとは思わず、のんびりと大学受験の準備ができればいいと思っていた。委員会だとか生徒会だとか、そういうことは、中学までで十分に経験してきたし、僕の入った高校は、進学校であったため、成績優秀者も多く、必然的に、そういう経験を重ねている人材は多かったので、別に僕が出しゃばる必要はなかったからだ。
それでも、不思議と部活で副部長に選ばれてしまったが、まぁ、その程度なら特に問題はなかった。名目上、肩書き上必要な登録メンバーなだけで、部の運営は実質的には部長と、もう一人の副部長を中心とした有志メンバーや先輩に任せていたからである。
しかし、それは、一年の後期の各委員決めのHRのときに起きた。クラスの他の人にとっては安堵の出来事。僕にとっては悪夢の出来事だった。
「――さて、次期の各委員の人選ですが」と、委員長が言ったとき「前任者が継承するんでないの」と僕は簡単に考えていた。なぜなら、その当の委員長自体が前期からの引き継ぎで人選されていたからだ。
そして、自ら進んで継承人選に立候補して各委員が埋まっていく。この分なら、僕は何もする事はない。部活の副部長の肩書きだけで高校はのんびり暮らせるさ、と思っていた。
「――で、応援委員ですが、立候補者はいませんか?」
あれ?変な委員が残ってるなぁ。まぁ、僕には関係ない。
「――誰もいないのですね。では――」委員長が言葉を継いだ。
「これまで委員になった事のない人の中から、ジャンケンで決めましょう」
……はぁ?え?委員長、それは、どゆこと?それは、つまり、僕もジャンケンに出ないとダメってことっすか?!
かくして、十名ほどの男子が、壇上でジャンケンをすることになった。「応援団」の人選なので、基本男子のみ。女子は含まれない。
でも、まだこの時点で僕はタカをくくっていた。十人いるんなら、最後になる事はないだろうと。委員に選ばれる事はないだろうと。
……気がつけば、三人まで減っていた。そして、まだ僕は残っていた。
「おい。次、お互い、同じ手を出さないか?」残ったうちの一人になのか耳打ちされる。
――心理戦か?ブラフか?
正直、迷った。迷いに迷った。そして僕は決断した。その誘いには乗らない、と。
……結果、僕は、負けた。負けたのだ。
最後のジャンケンで僕が出したのがなんだったのかは、もう覚えていない。ただ、その結果、僕は「応援委員」になった、という事実だけが残った。
それから、地獄のような日々が始まった。文化系な僕にはなじみのない、超体育会系な応援団の気風。肌が合わないにもほどがあった。そのためか、その当時の記憶の一部一部が欠けている。最終的には応援団になじんだものの、その経過は、どのようにしてそうなったのか、さっぱり覚えていない。ただ、気がつけば、体育館で壇上に上がり、応援団としてエールを送る自分がいたのだ。最初は僕をバカにしていた周りの友人の誰も、もう笑いもしなければバカにもしない。「応援団の一員」として、学内から認識されるようになっていた。人とは変わるものである。謎だ。
以降、結果、三年生になって引退するまで、「応援団」を続けることになった。二年時も三年時も、各委員決めの際、どの委員長からも、「応援委員は……いい?」と僕を見て確認するだけになったからだ。
「……いいですよ。他の人はなるつもりないんでしょ」と僕はその度に言っていた。
高校の卒業アルバムには、所属している部や「生徒会役員」だけでなく「応援団」の集合写真にも僕が写っている。生徒会も応援団も、両方とも、今見ても違和感を拭えない。誰だ、これは。本当に。誰なんだ、「こいつ」は。
――本当、ジャンケンになんて負けるもんじゃない。
<おしまい>




