第九幕:創造者の敗北
やあ、君。創造者が吐き出した言葉は、基本取り消せない。だけど、例外がある。その例外は、個人の尊厳をズタズタに切り裂くことだってある。
第八幕では、ホームズを始末することを母メアリーに告白したアーサーを見た。
さて、彼の目的は達成された。
スイスのベルン州にあるライヘンバッハの滝を使って、アーサーは探偵と犯罪王を二人まとめて始末した。
彼はとても気分が良かった。
早く出版してもらいたかった。
編集者が本の内容を読んだ時、
彼の顔が青くなったのをアーサーは思い出した。
彼は断固とした態度で改変を拒否し、数日が過ぎた。
街にうろついていた無礼なシャーロキアンの姿が、ある時、完全に一掃された。
アーサーは歓喜した。
「ははは!やってやったぞ!」
ある日のことだ。
彼が本格的に歴史小説を書くために、
本屋で物色をしていたら、頭のおかしな女に指をさされ「人殺し!」と言われた。
彼は不機嫌になり、店の外に出た。
何かが、おかしかった。
彼が自宅に戻ると、胸の不安は大きくなった。
彼の家の郵便受けには、
これでもかと言わんばかりの投書が詰め込められていた。
彼は中身を読んでみた。
罵詈雑言と呪いが書き込まれていた。
そして出版社に呼ばれた。
アーサーは新作の打ち合わせかと思ってた。
応接室に入ると——
ホームズのコスプレをした男たちが並んでいた。
ーーディアストーカー帽。
ーーインバネスコート。
ーーパイプをふかすヤツもいた。
部屋の中には十人以上。
ーー全員、ホームズの格好。
「ドイル先生」
出版社の編集長が言った。
「シャーロキアン協会の代表の方々です」
コスプレ男たちが、一斉に見つめてくる。アーサーを観察をするためだ。
アーサーの胃から軋む音が聞こえた。
「先生。我々はホームズ氏の復活を要求します」
一人が立ち上がった。完璧なホームズの扮装。
「さもなくば——」
さもなくばの続きは、彼は口にしなかった。
編集長がアーサーの耳元で囁いた。
ーー彼らは印刷所を襲撃します。
アーサーの顔色が、赤と青、交互に変わった。沈黙の後、彼は呟いた。
「わかった」
ドイルは震える声で言った。
「ーーわかった。書く。書けばいいんだろう!ホームズを書く!」
ホームズの一人が目を細めた。
「ーーそれだけでは不十分です」
別のホームズが立った。彼はニヤニヤしていた。
「謝罪していただきます」
「ーーなんだと?」
「ホームズ氏に危害を加えようとしまことを謝罪してください。
ーー我々の前で」
ドイルは編集長を見た。
ーーこんなふざけた要求をのまなきゃいけないのか、と。
ーー編集長は、ゆっくりと目を逸らした。
十数人のホームズが、一斉に立ち上がった。
ドイルを囲む。
「ーーさあ」
「ーー頭を下げてください」
「ーーホームズを殺そうとしたのは間違いだったと」
ドイルの膝が震えた。
自分が創ったキャラクターの格好をした男たちの前で。
自分の創造物に謝罪する。
「ーーホームズを殺したのは」
彼は何度も口を開いた。罵声が飛び出しそうだった。
「ーー間違いだった」
しばらくして、ドイルは頭を下げた。
十数人のホームズが、満足そうに頷いた。
パイプの煙が部屋に充満していた。
ドイルは顔を上げられなかった。
ドイルが頭を下げた瞬間——
「ーー勝った!」
一人のホームズが叫んだ。
「ーー我々の勝利だ!」
別のホームズが拳を突き上げた。
「ホームズ万歳!」
「シャーロキアン万歳!」
部屋が歓声に包まれた。
そして——
女の甲高い、狂喜の声。
ドイルが顔を上げた。
部屋の隅に、女性のホームズが立っていた。本屋で人殺しと彼を罵った女だった。
ディアストーカー帽を被り、豊満な乳房を揺らしていた。ぼよーん、ぼよよーんと。
「やった!やったわ!」
彼女は跳びはねていた。
(こうして、第九幕は女のホームズで幕を閉じる。)




