第四幕:母の正論ビンタ
やあ、君。正論は時として創作者を傷つけるものだ。「あなたには才能がある、こんなもので時間を潰さないの」と言われても、こんなものでも作りたいものなんだ。
作らない人には、わからないだろうね。
第三幕では、大家族の家計をマシなものにするために、娯楽として推理小説をアーサーは書いた。
それを母に見せたが、母から予想外の拒否反応をうけた。
「そんなにイヤな男かいーー?」とアーサーは母に聞いた。
もっとマシな感想が欲しかったからだ。
「私、被害者になっても、
こんな男に解決されたくないわ。
だってそうでしょ?
この男、まわりの誰かを『死ね』と思っているのよ。化け物よ。
しかも理由が知性を磨くため?
そんなの一生終わりがないわ。
ねえ、アーサー。人はこんな磨き方はしないわ。ぜったい。
こんなの喜ぶ連中は、人間というよりもーー悪魔ね」
アーサーは深く傷ついた。
彼の生み出した探偵を、母は完全否定したんだから。
「ねえ、アーサー。この人は誰?
あのイヤらしい男に話しかけてる人よ」と彼の母は、少し息子に言いすぎたことを反省して、別の案を息子に与えようとした。
「ワトソンだ。彼は少しノロマなホームズの助手だよ。」
「とても優しい子ね。ーーまるであなたみたい」と彼女は微笑む。
「この物語の記録者は誰なの?」と母は息子と目を合わせた。
「ボクが書くんだ。彼らについてーー」
「でも、これは推理小説なんでしょ?
あなたが書いてたら、もう全て分かっている風に書いちゃうわ。
ダメよ。ーー読者はムカつく」
「なら、ホームズに語らせる。
彼と共に謎を解いていくんだ」
「アーサー!彼には、あなたの仕事に関わらせないで!」
彼女は、ホームズを完全に嫌いになっていた。探偵ホームズは、息子と関わらせたくないクソ野郎だった。
「このふざけた男に物語を記録させたら、皮肉と嘲笑のオンパレードよ。
ヒマになれば、人を殺すわ。
自分さえも破壊するーーそういう男よ。彼には何も書かせないでーー」
彼の母は頭が良かった。
頭が良すぎたから、あの父親は誇りをへし折られたんだろうね。
彼女は男として生まれた方が良かったんだ。
彼女は親として、生贄を見つけた。
「ーーワトソンさんに、語らせなさい。」と母はアーサーに命令した。
創作者と読者の意識の違いだった。
神の視点ではなく、
物語の登場人物のーーしかもマヌケとして、彼は探偵ホームズを描かなきゃいけなくなった。
彼は観測者ではなく、当事者としてホームズを見る。
マヌケな助手として、これからもずっとーー巨大な悪魔を見なきゃいけない。
ーーお金のために。
彼は自立したかった。
だけどーーいま彼は不安になった。
ーーボクは一生
ーー寄生虫なのかもしれない。
アーサーは、口の中で呟いた。
(こうして、第四幕は寄生虫で幕を閉じる。
その時、母の持つ原稿が突然グシャリと縮まった。まるで笑いがこらえきれなくなった子どものように。
母は、彼女はーー不思議そうにみてた。)




