第三幕:ホームズ誕生
やあ、君。教育というのは、むずかしい。誰かに教えるというのは、洗脳みたいなものなんだ。
だって、これが正しいと、思い込んで教えるもんだ。
世の中、ルールは変わるのに。
絶対正しいと思い込まされるんだ。
第二幕では、ベル教授に気に入られたアーサー少年の悲劇を見た。
彼は苦学生だからだと、それを理由にしなかった。
そして彼は、悪夢を振り払うように軍医になって、働いた。戦いの中に飛び込むんだ。
それでも家族の家計はめちゃくちゃだった。何度だって言ってやる、彼の父はろくでなーー
彼は自分の文才を使って稼ごうとした。でも、文学的なものを新人が書いても読まれない。
だから、娯楽本を書くことにした。
彼の優秀さえ頭があれば簡単だった。
だけど、彼は安易な娯楽にしたくなかった。プライドが高かったからだ。
彼は推理小説を書くことにした。
参考にしたのは、エドガー・アラン・ポーだった。
「マネすればいい。こんな探偵、量産可能だ。ふふふ。」
だが主人公までマネしたら、彼は作家として花開く前に、尻を蹴飛ばされる。
インパクトのある男を主人公にしなければ。強いヒーローだ。
そして彼は、ある男を思い出した。
灰色の瞳。
ニヤニヤとした笑い。
蜘蛛のような指。
ーーベル教授だ。
「...アイツを使おう」
アーサーは原稿用紙に向かった。
観察力。
論理的推理。
冷酷な知性。
全て、ベル教授から指導された。
「名前は——」
彼はペンを走らせた。
「シャーロック・ホームズ」
皮肉すぎる復讐が、始まった。
「サメのようなヤツだ。
こうと決めたら、テコでも変えない、ブルドックのようなイヤらしさを持つ男だ。」
探偵はできた。
だが探偵の優秀さを聞きたがる男が必要だ。周りからスルーされる探偵なんて恥ずかしいだけ。
ベル教授には助手が必要だったように、探偵も助手がいる。
「ちっーーどいつもこいつも、座って指示を出したがる」
アーサーは舌打ちして、ペンで紙を殴った。ーー刺した。
名探偵を創造。
そして、助手を作った。
マヌケな助手だ。
探偵に対し大げさに驚いてみせるノロマだ。
アーサーは、彼らを動かしてみた。
適当に病院勤務の大学講師が、
何者かに毒殺されて死んだという設定にした。
ホームズが大学の講堂に現れた。
教壇で仰向けに倒れ、白目を剥いた教授だったものがあった。
ホームズは観察した。ベル教授と同じ、いや、それよりも詳しく観察させた。
そして、ホームズは立ち上がった。
「雇われ講師が一人死んだとて、我が国の教育は揺るぎない。むしろ、自殺かもしれないぜ。無能すぎてね」
彼の結論は自殺だった。
「ーーこいつを殺人事件だとエドガーアランポーのアッパッパーの探偵が大げさに騒ぎ立てるぜ。密室殺人とかねーーバカらしい。」
容赦なく彼は持論を述べた。
助手のノロマなワトソンは呆れたように、「おい、不謹慎だ。命は大切にすべきだ」と話をさせた。
「こんなもんでいいだろーー」と彼は深いため息をついた。
これを母に見せる。
小説を売って家計のたしにするためには、彼女にも手伝ってもらわなきゃいけなかった。
彼の初めての作品を読んだ母は、ホームズに拒否反応を示した。
「ーーなに、この嫌な男は?」
母は原稿を置いた。
「え?ホームズのことかい?探偵だよ」
「これが探偵?」
母は顔をしかめた。
「他の探偵をバカにしてるだけじゃない。人を見下して、皮肉ばかり言って——」
母は息子を見た。
「他の探偵をバカにしてるだけの男が、この国で好かれると思ってるの?」
母の冷たい眼差しは、
まるでベル教授がアーサーを叱責する瞳と重なって見えた。
(こうして、第三幕は母の瞳で幕を閉じる。)




