可愛いものが大好きな私の婚約者が、可愛い男爵令嬢のことも婚約者にしたいと言ってきた
「ケイト義姉さん、寝癖ついてるよ」
「え? どこどこ?」
王立貴族学園のとある朝。
校門をくぐった辺りで、義弟のアーロンからそう言われた。
「ここだよ。まったく、相変わらずケイト義姉さんは抜けてるんだから」
アーロンが手櫛で、私の後頭部の寝癖を整えてくれた。
「あはは、ありがとう、アーロン」
「いえいえ、どういたしまして」
アーロンがやれやれとでも言いたげな顔で、軽く手を上げる。
今から三年ほど前、私のお父様とアーロンのお母様が再婚したことで、私とアーロンは義理の姉弟になったのだけれど、私はいつもしっかり者のアーロンに何かとお世話されており、どちらかというと私のほうが妹みたいになっている。
私も一応姉として、たまにはアーロンのお世話をしてみたいのに、なかなかその機会はなく、何とももどかしい。
「おはよー、ケイト! 今日もケイトはちっちゃくて可愛いね!」
「「――!」」
その時だった。
不意に後ろから、背の高い男性にギュッと抱きつかれた。
私の婚約者のオリヴァーだ。
「もう、オリヴァー、恥ずかしいわよ」
周りの登校している生徒が、薄目でこちらを見ている。
「えー、ケイトがこんなに可愛いのがいけないんだよ。こんなの僕、我慢できないよ! 僕は可愛いものが大好きなんだから」
オリヴァーが私の頭に、スリスリと頬擦りをしてくる。
まったく、オリヴァーは本当に、いつもこうなんだから。
野良猫とかにも、すぐ抱きつくし。
「……オリヴァーさん、ケイト義姉さんが嫌がってるんですから、離れてください」
アーロンがギロリとオリヴァーを睨む。
「えー、ケイトは嫌じゃないよねー? 僕たちは愛し合ってるんだもんねー」
「あ、う、うん、そうね」
まあ、嫌ではないのは事実なので、私はコクリと頷く。
きっと今の私は、顔が真っ赤になっていることだろう。
「ほらー、ケイトもこう言ってるだろー?」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
握った拳を震わせながら、歯を食いしばるアーロン。
――これがいつもの、私の朝の風景だ。
こんな毎日がこれからもずっと続くと、何の根拠もなしに、この時の私は思っていた――。
「今日は転校生を紹介します。さあ、自己紹介してください」
「あ、はい! コルケット男爵家の次女の、シンシア・コルケットと申します! ど、どうぞよろしくお願いします!」
転校生のシンシアさんは、たどたどしいカーテシーを披露した。
か、可愛い――!
そんなあどけない仕草に、私の胸はキュンとなった。
背の低い私よりも、更に小さい幼女のような体型。
くせっ毛のピンク髪に、クリッとした大きな目。
まるで無邪気な子リスみたいだ。
「……可愛い」
「……!」
私の右隣の席のオリヴァーが、ボソッとそう呟いた。
――この時私の中で、言いようのない不安が渦巻いた。
「席はあそこの、オリヴァー君の隣に座ってください」
「あ、はい!」
先生に言われるまま、シンシアさんは空いていたオリヴァーの右隣の席に腰を下ろした。
「やあシンシア。僕はオリヴァー・ボガード。よろしくね」
オリヴァーがシンシアさんに握手を求める。
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
シンシアさんは朗らかな笑顔で、握手に応じた。
この時私の胸に、チクッと何かが刺さったような感覚がした――。
「この子は僕の婚約者のケイト・ノークス。可愛いだろう? こう見えて由緒正しい、伯爵家のご令嬢なんだよ」
オリヴァーが私のことも紹介する。
こう見えてってのは余計よ、もう!
まあ、私にあまり威厳がないのは事実だけど……。
「あ、そうなんですね! わあ、本当にお人形みたいにお美しい方ですね! よろしくお願いします、ケイト様!」
「あ、こちらこそよろしくね、シンシアさん」
咄嗟に繕わなければと思ったが、どうしてもぎこちない笑顔になってしまった。
「シンシアはまだ教科書ないだろ? 僕のを一緒に見ようよ」
「あ、いいんですか! ありがとうございます! 助かります!」
「いえいえ、どういたしまして」
にこやかに教科書を広げ、シンシアさんのほうに寄せるオリヴァー。
――ふと窓の外に目を向けると、さっきまで晴れ渡っていた空に、どんよりとした分厚い雲がかかっていた。
そしてその日の放課後。
「シンシア、まだこの学園のことはよく知らないだろ? 今から僕が、いろいろと案内してあげるよ」
オリヴァーがシンシアさんに、そんなことを提案した。
えっ、オリヴァーがそこまでするの……?
私の中のモヤモヤが、また一層大きくなった。
「え、いいんですか! それは非常にありがたいんですけど、でも……」
シンシアさんが申し訳なさそうな顔で、私を窺ってくる。
「ああ、ケイトのことなら気にしないでよ。ケイトはそのくらいのことで腹を立てるような、狭量な女じゃないからさ。――そうだよね、ケイト?」
「……!」
オリヴァーの笑顔には、有無を言わせないような圧があった。
「あ、そ、そうね……」
確かにオリヴァーの言う通り、ここで拒否したら、私のノークス伯爵家の長女としての器に傷が付くかもしれない……。
オリヴァーはあくまで、善意でやろうとしているのだろうし。
「ほら! ケイトもこう言ってるんだからさ。じゃあ行こうか、シンシア」
「あ、はい! ケイト様、オリヴァー様をちょっとだけお借りしますね!」
無邪気な笑顔で私に手を振るシンシアさん。
「あ、うん、いってらっしゃい」
私は二人を、ぎこちない笑顔で見送る。
――窓の外から、ゴロゴロと雷鳴が轟いてきた。
「あれ? ケイト義姉さん、今日は一人なの?」
「……!」
校舎を出たところで、アーロンから声を掛けられた。
いつもは放課後はオリヴァーと一緒に帰っているので、疑問に思ったのだろう。
「え、ええ。今日うちのクラスに、シンシアさんていう方が転校してきて。オリヴァーは今、シンシアさんにこの学園を案内しているのよ」
「はあ!? なんでオリヴァーさんが、そんなことする必要があるの!? ケイト義姉さんを一人にしてまで!」
アーロンがプンプンと憤慨している。
「ま、まあ、オリヴァーはあの通り優しいから、シンシアさんが放っておけなかったんだと思うわ。シンシアさん、オリヴァー好みの、とても可愛い女の子だったし……」
「――! ケイト義姉さんは、本当にそれでいいの?」
「……え」
アーロンが真剣な瞳で、私を見つめている。
「え、ええ、私は大丈夫よ。このくらいのことでいちいち腹を立てたら、ノークス伯爵家の長女としての器に傷が付くもの」
私は自分に言い聞かせるように、そう宣言した。
「……そう。そういうことなら、僕としても都合がいいけど」
「え?」
アーロン?
「今、何か言った? ごめんなさい、よく聞こえなくて」
「ううん、何でもないよ。さあ、帰ろう、ケイト義姉さん。今日は僕が、パンケーキを作ってあげるよ」
「まあ! 本当に!」
アーロンはお菓子作りが趣味で、特にパンケーキは絶品だ。
「分厚くて、フワフワのやつをお願いね!」
「フフ、いいよ。ハチミツもたっぷりかけてあげる」
「やったあ」
さっきまであんなに心がトゲトゲしていたのに、もうスッキリしている辺り、私も大概単純だ。
私は久しぶりにアーロンと二人で他愛もないことをお喋りしながら、家路を歩いた。
――だが、次の日の放課後。
「オリヴァー、帰りましょ」
私はオリヴァーに声を掛けた。
今日は前々から、オリヴァーに買い物に付き合ってもらう約束をしていたのだ。
「ああ、ゴメン、ケイト。買い物なんだけどさ、また今度でもいいかな?」
「……え」
な、なんで……!
「シンシアが図書室で、勉強を教えてほしいって言うんだよ。ホラ、シンシアは転校してきたばかりで、まだこの学園の学力についていけてないだろ?」
「……!」
だからって、なんでオリヴァーがそこまでしてあげなくちゃいけないの……!?
――私との約束を、反故にしてまで!
「あ、オリヴァー様、ケイト様と用事があったんですね! じゃあ、そちらを優先してください! 私の勉強は、いつでも大丈夫ですので」
「いやいや、そういうわけにはいかないよ。それこそ買い物のほうが、いつでもいいんだからさ。ね? ケイトもそう思うよね?」
「……!」
オリヴァーが昨日と同じく、笑顔で圧をかけてきた。
「そ、そうね……」
ここで拒否したら、私のノークス伯爵家の長女としての器に傷が付く……。
ここで拒否したら、私のノークス伯爵家の長女としての器に傷が付く……!
私は何度も心の中で、自分に言い聞かせた。
「ホラ、ケイトもこう言ってるし! 行こうか、シンシア」
「あ、はい! ケイト様、またオリヴァー様をお借りしますね!」
無邪気な笑顔で私に手を振るシンシアさん。
「……」
仲睦まじく教室から出て行く二人を、私は無言で見送る。
私の心の中を、グルグルとドス黒い何かが駆け巡っていた――。
――こうしてこの日以来、オリヴァーとシンシアさんは毎日放課後は二人で、図書室で勉強会をするようになった。
オリヴァーは私との買い物の約束を、完全に忘れている様子だった。
――私の中でドス黒い何かが、日増しに大きくなっていく。
そんなある日の放課後――。
「ケイト、大事な話があるんだけど」
「……え?」
どうせ今日もオリヴァーは、シンシアさんと勉強会をするのだろうと、一人で帰り支度をしていると、不意にオリヴァーから声を掛けられた。
いつもはヘラヘラしているオリヴァーが、珍しく真剣な顔をしている。
ドクドクとうるさい音が響いているなと思ったら、私の心臓の音だった。
どうやら私の身体が、無意識に緊張しているらしい――。
「え、ええ、いいけど」
「裏庭に行こうか。シンシアも一緒に来て」
「はい」
シンシアさんもいつになく顔をこわばらせている。
私は震える拳を握りながら、オリヴァーの後をついて行った――。
「ケイト、君に謝らなきゃいけないことがある。――僕は、シンシアのことも好きになってしまったんだ!」
「――!」
人気のない裏庭に着いた途端、オリヴァーはそう告白した。
……嗚呼、やっぱり。
半ば予想していたことだったので、驚きはあまりなかった。
「ごめんなさいケイト様! いけないこととはわかってはいたんですけど、私もどうしても、自分の気持ちに噓はつけなかったんです!」
涙目で私に頭を下げるシンシアさん。
つまり二人は毎日放課後、勉強会にかこつけて着々と愛を育んでいたってことね?
それを黙認していたなんて、私もとんだマヌケだわ……。
「君が謝ることはないよシンシア! 人が人を好きになる気持ちに、貴賤はないんだから!」
いや、それをあなたが言うのは違くない、オリヴァー?
それだとただ、浮気を正当化してるようにしか見えないわよ?
――私の中で、急激にオリヴァーに対する熱が冷めていくのを感じる。
むしろなんで今まで、こんな男に想いを傾けていたのだろうと、ついさっきまでの自分が恥ずかしくなってきた。
……もうどうでもいいわ。
そういうことなら私との婚約は破棄して、今後はシンシアさんとよろしくやったらいいんだわ――。
「そういうわけだから、今後はシンシアも婚約者にしたいんだけど、いいよね?」
「………………は?」
一瞬オリヴァーの言ったことが理解できず、頭が真っ白になった。
今、シンシアさん『も』って言った?
それってつまり、私との婚約は今まで通り続けるってこと……!?
――冗談じゃないわッ!
「フザけないでッ! そんなの許せるわけないでしょ!?」
「なっ!? 何故だいケイト!? 僕の君に対する愛は、微塵も減ってはいないんだよ!? 僕はシンシアと同じくらい、君のことも大好きなんだ!」
「……」
オリヴァーの瞳は子どもみたいに澄んでいて、噓を言っているようには見えない。
実際私が好きだと言うのも、噓ではないのだろう。
――それだけに、私はオリヴァーのことが心底気持ち悪くなった。
「僕は君のこともシンシアのことも、どちらも妻として平等に愛することをここに誓うよ。――だからどうか、シンシアも婚約者にすることを許してほしい。この通りだ!」
「お、お願いします!」
二人は揃って、私に深く頭を下げた。
――確かに我が国では、重婚は法律で認められてはいる。
だが、重婚が盛んに行われていたのは何百年も前の話であって、今では重婚している貴族は滅多にいない。
何故ならこの数百年で、貴族の権力が大分分散したからだ。
昔はごく一部の上級貴族に権力が集中していたので、当時の権力者はたくさんの妻を抱え、多くの子孫を残していった。
だが今では昔ほどの権力格差がなくなったこともあり、家と家は対等という考えになりつつある。
そうなると自然と重婚は、不貞であるという見方が強くなったのだ。
重婚をされる側の家からしたら、自分の娘が嫁ぎ先で大事にされていないように見えてしまうから。
――ましてオリヴァーは入婿なのだ。
我がノークス家に婿にくる立場でありながら、もう一人妻も持ちたいなど、昔の貴族でも許されなかったはず。
そんな非常識なことをこんなに堂々と言ってしまう辺り、オリヴァーとシンシアさんの頭の残念さが証明されたわね――。
「シンシアさん、あなたは本当にそれでいいの? オリヴァーのことが好きなんでしょ? 普通は独占したいと思うんじゃないかしら?」
「い、いえいえ! そんなおこがましいことは! 私は身分も低いですし、オリヴァー様のお側にいさせてくださるだけで、十分幸せなんです」
いやいや、人の家に勝手に第二夫人として転がり込もうとしてるほうが、よっぽどおこがましくない?
「嗚呼、シンシア! 僕は絶対に、君のことを幸せにしてみせるからね!」
「はい、オリヴァー様!」
二人は三文芝居のクライマックスシーンみたいに、熱く抱き合った。
ああ、これはもう完全に、頭がお花畑状態になってるわね。
「なるほど、よくわかったわ」
「おお! わかってくれたかいケイト! じゃあ、僕とシンシアの婚約も許してくれるよね?」
「いいえ、絶対に許しません。シンシアさんとの浮気が発覚した以上、今この時をもって、私とあなたの婚約は白紙になったわ、オリヴァー」
「なっ!?」
「そ、そんな!?」
二人は青天の霹靂といった顔をした。
いやいや、私は当たり前のことを言ったまでですけど?
「この件は帰ったらすぐ、私からお父様に報告するから、そのつもりでいてちょうだい」
「ま、待ってくれよッ! それじゃ僕が困るんだよッ!!」
「きゃっ!?」
途端、オリヴァーが目を血走らせながら、私の両肩を掴んで後ろの壁に押しつけてきた。
ギリギリとオリヴァーの指が私の肩に食い込み、苦痛で顔が歪む。
「君との婚約が白紙になったら、僕は行き場所がなくなっちゃうじゃないかッ!」
確かにオリヴァーは没落寸前の子爵家の三男なので、私との婚約が唯一の生きる道だった。
少なくとも私との婚約がなくなったら、二度と贅沢な暮らしは送れないことだろう。
下手したら家から勘当され、平民に落ちてしまうかもしれない。
――でも、そんなの私の知ったことじゃないわ。
「だったら何だっていうの? 最初に裏切ったのはあなたなんだから、自業自得でしょ?」
「クッ! この人でなしッ! 君がそんな人間だとは思わなかったよッ!!」
「がっ!?」
オリヴァーに両手で、首を絞められた。
く、苦しい……!
息ができない……!!
「さあ、僕とシンシアの婚約を認めると言うんだ! そうすれば、この手を放してあげるよ!?」
「ぐっ! うぅ……!」
嫌よ……!
絶対にそんなこと、認めるものですか――!
――たとえこの命に代えたとしても。
「――その汚い手を、今すぐケイト義姉さんから放せ」
「ぶべらっ!?」
「「――!!」」
その時だった。
何者かが目にも止まらぬ速さで、オリヴァーの顔面をブン殴った。
オリヴァーは錐揉み回転しながら壁に激突し、白目を剥いた。
「きゃ、きゃあ!? オリヴァー様! オリヴァー様ァ!!」
シンシアさんが必死にオリヴァーを揺するも、オリヴァーはピクリともしない。
完全に気を失っているらしい。
「大丈夫かい、ケイト義姉さん? ああもう、こんなに赤くなってるじゃないか!」
「……アーロン」
そこにいたのは、他でもないアーロンだった。
私の首筋を撫でながら、眉間に皺を寄せる。
アーロンの凛々しい顔を見ながら、三年前はまだ子どもっぽかったのに、すっかり大人の男になりつつあるなと、場違いなことを思った。
「なんでアーロンがここに?」
「い、いや、その……! ……偶然ケイト義姉さんの姿が目に入ったから、駆けつけただけだよ」
「ふうん」
嘘ね。
アーロンは噓をつく時、こうやって目を逸らす癖があるもの。
……きっとこの過保護な義弟は、最初からどこかで息を潜めながら、私のことを見守っていてくれたのだろう。
……ふふ、本当に、可愛い弟ね。
「ありがとうね、アーロン」
「――! べ、別に。大したことはしてないよ」
「ふふふ」
真っ赤になったアーロンの顔を見ていたら、自然と笑みが零れた――。
こういうところは、まだまだ子どもっぽいわね。
「ふう」
あれから数日。
今日は学園が休みの日なので、私は自宅の部屋から、窓の外の流れる雲をぼんやりと眺めていた。
私とオリヴァーの婚約は、当然のことながら破棄された。
それどころかオリヴァーは私に対する殺人未遂の罪で、警察に逮捕されてしまい、学園も退学になった。
オリヴァーの実家は我が家に、多額の慰謝料を支払う羽目に。
こうなってしまった以上最早オリヴァーには、どこにも居場所はないでしょうね……。
シンシアさんもあの日からずっと休学しているので、もう二度と学園に来ることはないかもしれない。
二人とも自業自得だったとはいえ、何とも後味の悪い事件だったわ……。
まあ、かといって二人に同情する気持ちは微塵も湧かないけど。
「ケイト義姉さん、ちょっといいかな?」
「?」
その時だった。
扉の向こうからノック音と共に、アーロンの声が響いてきた。
「ええ、何か用?」
「失礼するよ」
部屋に入って来たアーロンは、いつになく真剣な表情をしていた。
アーロン?
「……実は僕はケイト義姉さんに、謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「え?」
謝らなきゃいけない、こと?
「――僕は最初にシンシアさんが転校してきたって話を聞いた時、こうなるんじゃないかという予感がしてたんだ」
「――!」
そ、そんな――!
「オリヴァーは可愛いものに目がないからね。きっとそのシンシアさんと浮気をして、ケイト義姉さんとの婚約は白紙になると踏んだんだよ」
「……アーロン」
アーロンの瞳には、言いようのない罪悪感が滲んでいた。
「でも、それをわかったうえで、僕は敢えて放置した。――婚約が白紙になったほうが、僕にとっては都合がよかったから」
「――!!」
アーロン!?
そ、それって――。
「――今し方、お義父様から許可をもらってきたよ。僕が、ケイト義姉さんにプロポーズをする許可を」
「……っ!?」
あ、嗚呼……!!
アーロンはおもむろに私の前で片膝をつき、右手を差し出した。
「ケイト義姉さん、僕はずっと前から、ケイト義姉さんのことを女性として好きだったんだ。……でも、僕が自分の気持ちに気付いた時には、既にケイト義姉さんはあの男と婚約していたから、今日まで気持ちは押し殺してきた」
「……アーロン」
私の中に、今日までのアーロンとの思い出が蘇る。
――朝が弱い私を、毎日起こしてくれるアーロン。
――靴擦れした私を背負って、家まで運んでくれたアーロン。
――いつも美味しいお菓子を作って、私を喜ばせてくれるアーロン。
ああそうか、今やっとわかった。
私にとってもアーロンは、ずっと心の支えだったんだわ。
「でも、これでやっと言える。――どうか僕の、未来の妻になってくれないかな、ケイト」
「ア、アーロン……!」
私のアーロンへの想いが、水の雫となって目から零れた――。
「うん、私をあなたのお嫁さんにして、アーロン」
私はアーロンの右手に、左手をそっと重ねた。
「はは、ありがとう、ケイト! 一生大切にするからね!」
「きゃっ!?」
立ち上がったアーロンにグイと引き寄せられ、強く抱きしめられる。
アーロンの跳ねるような鼓動が、私の鼓膜を震わせた。
「うん、私も大切にするわね、アーロン」
――私は暫し、その心地良い鼓動に酔いしれた。
拙作、『12歳の侯爵令息からプロポーズされたので、諦めさせるために到底達成できない条件を3つも出したら、6年後全部達成してきた!?』がcomic スピラ様より2025年10月16日に発売される『一途に溺愛されて、幸せを掴み取ってみせますわ!異世界アンソロジーコミック 11巻』に収録されています。
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