三章 龍狼族
李盛が、忠国に仕えるようになってから、統率の出来ていなかった兵士たちの編成をするべく、勤しんでいた。
そんな中、李盛が最も良く知る留学仲間の嵩高仔が、軍師の一人になっていた。
「お前だな、嵩高仔。忠王陛下に、私の家を教えたのは?」
「仕方なかろう?この通り、龍狼族は普通の人間の言う事を聞こうとせず、力を誇示して、やりたい放題しているのだ。わしも、困り果てていてなぁ。」
嵩高仔は、髭を撫でる。
「まあ、あの陛下にして、この群衆か…。それで、お前が担当している軍の将軍は、どこにいる?」
「蒼仁殿なら、いつも女官や遊女とお励みになっている。滅多に姿を見せてくださらない。」
嵩高仔は、頭を抱える。
「とんだ、怠け癖のある将軍だな。その蒼仁とやらは…。とりあえず、この締りのない兵士たちを、どうにかしようか。」
李盛は、バラバラになって、くっちゃべっている龍狼族の兵士たちのもとへ、歩いていく。
「一体、どうするというのだ?」
嵩高仔は、上から見下ろして李盛に声をかける。
李盛の存在に気がついた一人が、寝転んでいた目を開ける。
「ん?なんだ。この細ぇ体つきの人間は?」
「おい、お前たち。その弛んだ根性を叩きのめしてやるから、私に挑んでこい。」
李盛は、右手をくいっと誘うと、兵士を挑発する。
「舐めてんのか、人間。痛い目にあいたいようだな!」
そう言うと、横になっていた兵士が一人、李盛に飛びかかる。だが、手を触れようとしただけで、あれよあれよと言う間に、体が一回転して、その場に倒れて込んでいた。
李盛よりも図体のでかい、龍狼族が簡単に投げ飛ばされたのを見て、周りにいた兵士たちも呆気にとられる。
「どうした。不満のある者は、どんどん来い。」
李盛は、ニッと笑って挑発する。
「…舐めやがってぇ!」
龍狼族の兵士たちは、一斉に飛びかかった。
一人の兵士が、蒼仁のもとへ駆け込んで行く。
「そ、蒼仁様。大変です!」
「うるせぇなぁ。今は、お楽しみ中だってのが、見て分からねぇのか?」
大きな体つきをした蒼仁の裸の上にまたがっていた遊女が、笑う。
「そ、それどころじゃないです!俺たちの軍が、あの千里眼の人間に、コテンパンにやられちまってるんですよ!」
「千里眼?ああ、興清が気に入ってるやろうか。」
この国で、忠王を呼び捨てに出来るのは、梓伯と蒼仁の二人だけだ。
「あんな、細っちょい人間に負けてどうすんだぁ?」
「来てくだされば、分かります!あいつ、どんな妖術を使っているのか、俺たちが一本も指を触れることが出来ないで、倒れちまってるんですよ!」
部下の言葉に、蒼仁はため息をこぼし、揺らしていた腰を止める。
「ああん。蒼様、いいとこなのにぃ〜。」
遊女が、蒼仁の顔を両手で掴む。
「悪ぃな。また、今度な。」
「蒼様は人気だから、またいつ遊んでくださるかわからないじゃなぁい?」
遊女が言う通り、蒼仁は同じ女を一度しか寝ないとと言われるほど女好きで、毎日とっかえひっかえしては、遊び惚けている。
「ったく、しょうがねぇな。俺様直々に、会ってやるよ。その、千里眼の軍師殿とか言う野郎に。」
蒼仁は、着替えを始める。
軍の集う場所に足を運んだ蒼仁は、全員が山積みになって一歩も動けない状態にされている様を見て、無言になる。
「なんじゃ、こりゃ…?」
大柄の男が現れ、嵩高仔が、李盛に声をかける。
「李盛。蒼仁様が、来られたぞ!」
それを聞いて、李盛は蒼仁のほうを向く。
「お前が、蒼仁か?毎日、お励みとは、優雅なことだな。通りで、こんな統率の出来ていない、へなちょこな兵士しかいないはずだ。」
李盛の言葉に、蒼仁は、青筋を立てる。
「…なんだと?」
「頭のお前が、腑抜けているから、軍が統率出来ていないと言っているのだ!」
蒼仁は、怒りの気を出して、李盛の所へ行く。
「もう一度、俺の前で言ってみろ!」
蒼仁は、李盛の肩を掴もうとする。だが、触れる前に、その大きな体が宙を舞う。
「なっ…!」
蒼仁は、ズドンッ!とその場に横たわった。
「何度でも言ってやる。将軍であるお前が、戯れてばかりいるから、兵が統率出来ていないのだ!」
李盛は、その場から一歩も動いていなかった。
「蒼仁。お前が、こいつらに示しをつけなければ、どんな頭のキレた軍師がついたとしても、誰も言う事を聞かなくなり、いざと言う時に、素早い軍の編成ができなくなる。そうなれば、この忠国の兵の名声もなくなるだろう。そして、何より忠王陛下の身を守ることも出来なくなる!陛下の右腕であるお前が、しっかりとしなくては、示しがつかない!」
「…。」
蒼仁は、しばらくポカンと口を開けていたが、大きな声で笑う。
「なるほど。どおりで、興清がお前を気に入ったわけだ!」
体制を立て直すと、蒼仁はあぐらをかいて、李盛のほうを向く。
「分かった。お前の言う通りにしよう!お前らも、こいつに逆らうんじゃねぇぞ!」
「へ、へい!」
李盛によって、ボコボコにされた兵士たちは、弱々しい返事を返す。
「それで、俺の軍の軍師は、このおっさんなのか?」
蒼仁は、嵩高仔を指さす。
「いや。見た感じ、お前にはもっと違う軍師をつけたい。お前は、気性が荒い。嵩高仔の言う事を聞くとは思えない。しばらくは、私がつくとして、嵩高仔には、梓伯様の軍師をしてもらおうと思っている。」
それを聞いて、嵩高仔は、内心ホッとする。
「それで、梓伯の野郎は、姿が見えないじゃないか?」
「梓伯様は、ご婚儀をされたばかりだ。別にお励みになっていただく、大事な仕事がある。今日は、お前の軍だけを訓練する。」
李盛は、咳払いする。
「では、軍の編成を行う。三組に、十列ずつ別れてくれ!」
「お前ら、言う通りに並べ!」
蒼仁が号令すると、先程まで敵意むき出しにしていた兵士たちは、素直に言う事を聞き始めた。
きれいに、三組に編成された軍の隊列を見た嵩高仔は、髭を撫でながら、笑顔になる。
「なんとも、懐かしい光景だなぁ。」
「ここから、自由に列を乱さず動けるようになれば、様々な戦法を繰り広げることができるだろう。」
李盛の指示に従い、蒼仁の軍は、ようやく一つにまとまるようになった。
※
連日。李盛の、厳しい訓練が毎朝行われることとなり、蒼仁は、毎日お楽しみにしていた日課が出来なくなったことに不満が募り始めていた。
「くっそ!毎日、ねぇちゃんたちと良いことして遊んでいたってぇのに!」
昼間になり、訓練を終えた蒼仁は、花街に足を運んでいた。
「ここは、ぱぁ〜っと、キレイな姉ぇちゃんと遊ぶか!」
蒼仁は、意気込んで、朝の訓練の後、李盛に気づかれまいとして、街に繰り出していた。
ところが、数日間。百戦錬磨だった蒼仁が、とてつもない病にかかってしまったのだった。
「…参った。どうしたもんかなぁ。なあ、俺のイチモツ。」
何故か、蒼仁の大事なところが、言う事を効かなくなっていた。
「巨乳見ても、裸体見ても、うんともすんとも言わなくなっちまった…。ぐあぁ〜!李盛の呪いだぁ〜!」
大きなため息を吐きながら、街中を歩いていると、大きなテントが張られていた。
「さあ。寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!お次は、仝徳の剣舞が始まるよぉ!」
「旅芸人か?気晴らしに、ちょっくら見に行くか。」
蒼仁は、暗いテントの中に入り、壇上の上で綺麗に剣舞を舞う青年の姿を見る。
「きゃあ、仝徳〜!」
街娘たちが、黄色い声援を送る。
さすが、旅芸人だけあって、とても整った綺麗な顔をした仝徳が、笑みを浮かべながら、蒼仁と目が合う。
「っ…!」
蒼仁は、その視線が合ったと同時に、ビリッと電流のような衝撃を受け、ある異変に、顔を赤くする。
「…ま、マジでか?」
蒼仁は、下に目をやると、勃起していた。
旅芸人の中でも、剣舞の剣士である仝徳に勝負を挑んでくるを剣士は、数ほどいた。だが、仝徳はいままで負けた事はなかった。
舞台が終わり、仝徳は化粧を落としていた。
「それにしても、良かったな泉嘉。忠王陛下の弟君に会えて。明後日、婚礼が始まるんだろ?」
「そうみたいね。梓伯様が、初夜を待てずに、手放してくださらないんだって!かなり、想われているじゃない。」
彩恣が、苦笑いする。
そこへ、旅芸人の一人が、仝徳の所に急いで走ってきた。
「おい、仝徳!とんでもない方が、お前をご所望だぞ!!」
「ああ?また、勝負でも挑んで来てるのかぁ?一体、誰だよ。」
「蒼仁様だ!あの、忠王陛下の右腕の!猛将の!!」
「そっ…!?」
さすがの仝徳も、その名ぐらい知っている。忠王陛下の右腕で、とてつもない巨体で、一振りで軍を一掃してしまう、とまで言われている。そんな、人の肉を食うとまで言われている、龍狼族の猛将が相手となれば、気合いを入れなくてはいけない。
「そ、蒼…仁…ね。」
仝徳は、固まる。
「あんた、顔が真っ青よ?大丈夫なの!?」
彩恣が、顔をのぞく。
「ま、まあ。殺されることは…ない…だろうさ!」
言いながら、剣を片手に持って、ぎこちなく歩いて行く。
そんな仝徳を、一座の全員が見守る。
「本当に、大丈夫かよ…?」
「さあ、な。」
仝徳は、テント裏の入り口に行き、一つ唾を飲んでから、勢いで外に出た。
「お、お待たせ致しました。蒼仁さっ…。」
すると、巨体がいきなり目の前に現れ、仝徳の体を担ぎ上げる。
「ぬおあ〜!?」
いきなりの事で、仝徳は剣を落としてしまう。
「い、いきなり、どういうおつもりですかい、だんな!?」
「確かめさせろ。」
「はあ!?何を言って…!」
仝徳は、手を振り払おうと必死にもがくが、びくりともしなくて、足をバタつかせる。すると、大きく硬いモノが、仝徳の足に当たる。思わず、下を向く。
「こ、こいつ、勃起してやがる?!」
蒼仁は、座長に束の金塊を渡す。
「少しの間、こいつを借りるぜ。」
そう言うと、仝徳を担いでさっさと担いでいく。
「じょ、冗談じゃなっ…!ちょっ、待てよぉ〜!!」
蒼仁は、豪華な宿場に入る。
「これは、蒼仁様。よく、いらっしゃいました!おや、背負っているのは…、仝徳じゃないですかい!?」
「一部屋借りるぜ。」
店主は、ヒヒッと笑い、ある小さな壺を渡す。
「だんなも、そっちをお知りに?ならば、お使いくだせい!」
「おう、悪ぃな。」
仝徳は、もはや固まっていた。
蒼仁が、豪華な一室に入ると、鍵をかける。そして、仝徳を下ろす。
その瞬間、仝徳は急いで扉の方へ手をかける。だが、巨体の蒼仁が、後ろから抱きしめてくる。
「ちょっ…!待て!待てって!!」
だが、首に唇を当ててきたかと思ったら、徐々に服を脱がされていく。
「お前、綺麗な肌してんな、仝徳…。」
「ヒッ!や、止めっ…!」
手慣れた仕草と、言葉攻めに、仝徳は恥ずかしくなって赤くなる。
「じょ、冗談じゃない…!あんたのデカいイチモツなんか、入るかぁ〜!!」
仝徳の言葉に、蒼仁の体が、ズクンッ!とうずく。
「俺を、煽ってるのか?」
言いながら、ズボンの中に手を入れてくる。
「ヒィッ!ま、待ってぇ〜!!」
この日。仝徳は、蒼仁の餌食になったのだった。
そして、蒼仁の一度抱いた女は、二度と抱かないという伝説が書き換えられ、三日三晩続くのだった。
何度、気を失ったか分からない。仝徳は、されるがままになっていた。
「っ…!くそ、止まらねぇ〜!」
蒼仁は、ひたすら腰を揺らす。
仝徳は、体力無く涙を流す。
「…もっ、許してぇ〜!」
そんな、トロンとしている仝徳を見て、蒼仁は初めて愛おしいと思う。
「か、可愛い…!」
蒼仁は、深い口づけをする。
四日目になり、蒼仁がまったく訓練に戻らない事に、李盛は青筋を立てていた。手に持った扇を、何度も掌で叩く。
そんな、李盛の不機嫌さを見て、兵士たちは青ざめる。
「李盛〜!」
嵩高仔が、走って来る。
「一体なんだ?」
「蒼仁様が、とんでもない奴を連れて来たぞ!?」
「はぁ?とんでもない奴って、一体…?」
蒼仁が、抱きかかえている青年を見て、李盛は、ゲッ!と顔を引きつらせる。
「…仝徳…。」
仝徳も、李盛を見て、ゲッ!とする。
「李盛…。」
「なんだ。お前ら、知り合いなのかよ?」
蒼仁が、顔を見合わせる。
「知り合いも何も、私たち三人は、同じ師匠である、水鏡先生の門下生なのですよ。特に、李盛と仝徳は、互いに競い合う仲だったのです。」
嵩高仔が、説明する。
「よもや、またお目にかかるとは思ってなかったぞ、仝徳。」
「俺だって、好きでここに居るわけじゃねぇ!勝手に連れて来られたんだからな!」
不機嫌な李盛が、ますます不機嫌になり、蒼仁を睨む。
「…で、三日も訓練をサボったのは、どういうことか、説明してみろ、蒼仁!」
「今の話しを聞いて、俺の心も定まった!仝徳を、俺の軍師にする!」
「はぁ〜!?何を、勝手に…!」
李盛は、どこかで聞いたような言い草だなぁ、と思っていた。忠王陛下も、こんな感じだったな、と。
「ほう…。それで、連れて来たと?」
「冗談じゃない!コイツと一緒の軍に入るなんてっ…!」
言い終わる前に、仝徳の唇を蒼仁が、唇で塞いだ。李盛は、目が点になり、嵩高仔は、ぎゃあああ!と口を開けていた。
大勢の前で口づけをされ、仝徳は泣く。
「っ…。勝手にしろっ!」
龍狼族と言うのは、なんで強引な奴らが揃っているのだろう、と、李盛はため息を吐いた。
「…で、腕はなまってないだろうな、仝徳!」
「あ、当たり前だ!馬鹿にするなっ…!」
意気がっていたが、蒼仁に抱きかかえられて、迫力がない。
「なんで、抱えられてるんだ?」
「こっ!!…これは、立てないんだから、しょうがないだろぉ〜!?」
言いながら、赤くなり片手をあげる。
蒼仁は、赤くなって仝徳の顔に頬ずりする。
「仁!お前、いい加減にしろっ!」
仝徳は、蒼仁の頭を小突く。蒼仁の部下たちは、青ざめていたが、当の本人は、二ヘラと笑みを零している。
「丁度いい。今日から、お前の軍になるんだ仝徳。今、近くの山に山賊が五百ほどいるらしい。こいつらを使って、討伐してこい。」
蒼仁が、ゆっくり仝徳を下ろし、仝徳は、フンッと李盛に悪態つく顔を見せる。
「フンッ!わぁ〜ったよ!」
「三百騎ほどでいいな?」
李盛の言葉に、仝徳は、フンッと笑みを見せる。
「舐めるな!百五十で十分だ。」
それを聞いて、李盛も、フンッと笑みを浮かべる。
「上等だ。」
「山賊と言ったら、お宝狙いなのは明らかだ。もしくは、兵糧。だから、それでおびき寄せる。で、だ。街中に、噂を流してもらいたいんだがっ…!」
仝徳は、黙々と言いかけ、瞼を閉じて、ワナワナと体を震わせる。
「仁〜…!大事な、作戦会議中に、人の尻をさすってんじゃねぇよ!」
仝徳は、自分の横に立っていた蒼仁に文句を言う。
「いやぁ。なんか、ムラッと…。」
言いながら、二ヘラとする。仝徳は、蒼仁の頭を小突く。この暴れ者を殴れるのは、仝徳ぐらいだ。
「と、とりあえず、そこからだ!」
仝徳は、コホンと咳払いする。
「決行は、三日後。夜に動く。お前らの力を、試させてもらうぞ!」
仝徳の号令に、皆、おお〜!と声をあげる。
街中では、忠国の軍が、討伐軍を出し、山を越えて行くという噂が流れていた。
それを、聞いていた山賊の残党が、夜に山を越えて行く一軍を見る。
「お頭、噂通りですぜ!」
山賊の一人が、ヒヒッと笑う。
「よし、お宝をちょうだいしろ〜!!」
山賊たちは、一斉に荷物を積んだ荷馬車目掛けて、襲いかかってくる。
「今だ!!」
すると、荷馬車に乗っていた弓兵たちが、被っていた布を取り払い、一斉に山賊たちを狙う。
「なっ…!」
山賊たちは、あまりのことに、戸惑う。そして、次々と倒されていく。
前方にいた蒼仁が、山賊の頭の方へ向かって大きな斧を振り回して襲いかかる。
「うおぉお〜!」
噂に聞きし蒼仁の通った後には、皆敵が切り刻まれていった。
「ヒィ〜!そ、蒼仁だと!?」
山賊の頭は、なす術なく、頭と胴が別れるのだった。
「敵将、討ち取ったぜぇ!!」
蒼仁の勝利に、皆、おお〜!!と歓声をあげる。
仝徳は、蒼仁の凄まじさを目の当たりにして、身震いする。
「さ、さすが、蒼仁…!聞きしに勝る、猛将だな!」
血しぶき一つ浴びていない姿に、驚く。
「コイツぁ〜、良い軍を頂いたもんだな!」
仝徳は、フッと笑みを浮かべる。
山賊たちは、残り百の兵しかいなかったが、蒼仁の軍に志願した。おかげで、蒼仁と仝徳の軍は、五百になる。
「惚れ直したか、仝徳ぅ〜!」
武器を捨てて、蒼仁が仝徳に抱きつく。
「く、くっつくなぁ〜!」
これ以降、蒼仁軍の名は轟いていった。