十二章 鉄筋砦の罠
琴眇からの手紙を受け、蒼仁は軍事会議を始める。そして、早急に忠王に文を送った。すると、一週間のうちに、李盛が向かうと言う内容が書かれていた。
「一週間も、待てと言うのか!?」
蒼仁は、居ても立ってもいられなかったが、それを汲み取ってか、李盛から文が届いていた。
「まずは、仝徳が見に行った地図の提示をして、送り届けるように、か。おい、地図を李盛に送れ!」
「御意!」
影は、すぐに姿を消した。
「俺たちは、いつでも動けるように、軍の編成だ!」
「おお!」
蒼仁から受け取った地図を目にして、李盛は周辺を手でなぞった。
「これは…!甜奉、お前たち狼牌族なら、三日と経たずに、蒼仁たちの軍に合流することができるだろう!私の手紙を持ち、その指示に従え!」
「はい!」
李盛は、手紙をしたため、甜奉に渡す。
「早まるなよ蒼仁!」
李盛は、甜奉が去った後を見て、胸に手を当てる。
※
あれから、何日経っただろう。仝徳は、部屋の一室の大きな丸い寝床にうつ伏せになっていた。
「…ん。んあ?…どこだここは…?」
辺りを見渡すと、黄色く着飾った布が揺らめいていて、自分は女物の服を着せられていた。
「はっ…!」
自分は、琴眇の砦を攻略しようと、地図を頼りに何人かの兵士を連れて、地形を見に行っていた。と、言うのも、この砦は、何重にも重なった閉門のある要塞で、攻略するのには、実際に見て見たほうが良いと思ったからだ。だが、不意を突かれて、気を失ってしまった。
「マズイな。早く、抜け出して、仁にこの砦のヤバさを教えないと…!」
起きて、寝床から抜け出そうとしたが、思うように身体が動かず、足に力が入らない。
「っ…!なにか、薬でも飲まされたかぁ?」
心なしか、頭もクラクラする。
そこへ、一人の男が姿を現す。
「十五年振りだな、仝徳。お前が、私の行為を拒否したというのに、今は、蒼仁と良い仲になっているようじゃないか。」
「あ、あんたは…!」
紛れもない、琴眇だったが、それは偽名を使った男だった。
「なぜ、あなたがここに!?朱清の王だったはず!」
男は、苦笑いする。
「そうだ。だが、兄君が子を授かり、水晶を跡取りにしようと画策し、私は王の座を失った。だが、結局跡取りの水晶は、帝に気に入られてしまい、跡取りを無くした。そして、病を患った兄君は、命を落とした。王と言う座に興味がなかった私は、名を改めて陳国に逃亡した。そして、幼い少女を陳王に献上していき、信用を勝ち得た私は、重遇されていた。」
あの陳王にして、この男。仝徳は、苦笑いする。
一座に入ったばかりのまだ幼かった自分に、手紙をよこしてきた男がいた。生前の朱清王、壕迂である。内容は、閨に招待してきたが、それを知った座長が、機転をきかせて、難を逃れたのである。十代になったばかりの仝徳は、訳がわからなかったが、今に思えば、とても危うかったのである。
「何故、今更…!?」
琴眇は、ある本を片手に持っていた。例の青本だ。
「あの時の未練がある。それに、蒼仁と毎晩閨を共にしていると聞いて、欲情が湧いた。だから、蒼仁から、お前を奪ってしまおうかと考えたんだよ。」
それを聞いて、仝徳は、ハンッと笑う。
「俺は、もうあなた好みの、幼子ではありませんよ?」
琴眇は、う〜ん、と言いながら、顎に手を当てる。
「それは残念だが、大変可愛がられているのが分かるほど、お前はとても欲情にかられるほど、美男だ。殺すには、惜しい。」
仝徳は、徐々に近づいてくる琴眇に警戒しながら、動かない体を動かし、後退りする。
「言っておくが、蒼仁を甘く見ないことだな。奴は、忠王の右手と呼ぶに相応しい豪将だ!あんたも、ただでは済まされないぞ!」
仝徳の精一杯の脅し文句に、琴眇は、ニヤリと笑う。
「ますます気に入った!ならば、その蒼仁の命を奪い、お前を手に入れよう。」
琴眇は、とても自信有りげに部屋を出て行った。
それを見て、仝徳は一息つく。
「早まるなよ、仁…!」
琴眇が守る、この砦は、とても厄介な造りになっていることを、教えなくてはいけなかったが、その術がなく、願う事しかできなかった。
蒼仁は、ただそこに座り、腕を組んで目を閉じていた。野営の灯火の火が、パチパチと音をたてていた。
「申し上げます!狼牌族の将、甜奉が、千里眼の軍師殿の書状を持ち、駆けつけました!」
三日辛抱し、蒼仁はその一報を聞き目を見開く。いつもの蒼仁なら、すぐにでも兵を動かしていたところだが、仝徳との戦を何度も経験していき、少しは辛抱することを覚えた。
「甜奉、書状をよこせ!」
甜奉は、うん、と頷き、蒼仁に渡す。
「…なるほど。李盛は、俺の性質をよく知っていやがる。甜奉、山の中を散策し、敵のかけようとしている罠を破れ!この絶壁の砦は、三層になっているが、その中央の砦に俺たち軍を閉じ込めたいらしい。廣関の軍は、近くの川に向かえ!そして、敵さんの罠を逆手にとってやれ!俺たち二軍は、敵の罠にかかってやり、二層までの砦を攻略する!いいか!!」
「おお〜!」
蒼仁は、堪えていた分、自分の得物を地面に叩きつけ、進軍するのだった。
寒気の残る朝方。蒼仁の軍が、一層目の砦に攻め込んで来たことに気づき、門の上に居た敵が、鐘を鳴らす。
「来たぞぉ!」
一斉に、敵の弓兵が構えるが、蒼仁軍も負けじと弓兵をけしかけ、歩兵部隊は進んで行き、砦に梯子をかける。
「怯むな!門が開き次第、騎馬兵で突入するぞ!」
「おお〜!」
蒼仁軍たちは、圧倒的実力差を見せて、つかの間に一つ砦を攻略していった。
戦の雄叫びが聞こえ、仝徳はハッとする。
「仁…!?」
そこに、琴眇が現れる。
「どうやら、奴らが来たようだ。お前も、目にするか?」
琴眇は、蒼仁ほどではないが、それなりにがっしりした体格をしていて、歩けない仝徳を片腕に抱えて、砦の眺めの良い場所まで連れて行く。城の高台から見えたのは、一層目の砦を攻略しようとしていた蒼仁軍と、琴眇の軍だった。
「どうやら、思っていたより、蒼仁という男は、血の気が多いだけではないようだな。そして、思わく通り、中央砦へと進んで来るようだ。」
「仁…!」
仝徳は、罠だと叫びたかったが、遠くにいる自分の声が届くとは思わなかった。
意外と短時間で一層目の砦を攻略したところで、蒼仁軍が一斉に中央砦に流れ込む。すると、突然一層目の砦の門が頑丈に閉まり、閉じ込められた。
「早速、罠にかかったようだな!」
琴眇は、仝徳を抱えたまま笑みを浮かべる。すると、どこからともなく、ゴゴゴッと地響きが鳴った。
「くらえ!この寒さに、水計は応えるだろう!」
琴眇は、ハハッと笑ってみせる。
だが、なぜかその地響きは、中央砦ではなく、城の砦の方へ聞こえてきた。
近場の川の水は、中央砦ではなく、敵の城に直接流れて来たのだ。
蒼仁は、ニヤリと笑う。
「廣関よくやった!敵の罠を逆手にとり、川の水を城に向けて流れるようにしてくれたな!さすがは、千里眼の軍師の采配だ!」
その事に驚いた琴眇軍は、指示を仰ぐ。
「申し訳ありません!敵は、水計に気づいていたもよう!なお、城の近くの林に待機させていた弓兵たちも、狼牌族の軍によって、絶命させられた模様!」
「慌てるな!まだ、三層目の門は、閉ざされている。」
そう言っている間にも、敵の城には水が溢れていた。
「どうやら、俺が慌てるまでもなかったようだな。」
仝徳は、フッと笑う。
すると、二層目の門の上から、蒼仁の声が響く。
「仝徳ー!迎えに来たぞぉ!!」
蒼仁の、冷静な顔つきに、仝徳は、ハハッと笑う。
「生憎、仝徳は俺のものになる!早々に立ち去れぃ!」
負けじと、琴眇が叫ぶ。
「仁!俺の事は気にしないで、敵の動きに警戒しろ!まだ、なにかっ…!」
言いかけたところで、琴眇は仝徳の唇を口で塞ぐ。
「んぐっ…!」
それを見て、蒼仁は青筋をたてる。
「貴様ぁ〜!!」
仝徳は、またもや薬を盛られたのか、気を失う。
「余計なことを話されたら困るからな。まあ、まだこれからが正念場だということを思い知るが良い!水計だけでは、我々は怯まないぞ!」
琴眇は、仝徳を抱えたまま、城の中に入って行った。
蒼仁は、拳を握りしめる。
「待っていろ、仝徳…!」
※
それから、二日後。ようやく、李盛が禁軍の一部を引き連れて一層目の砦に進軍した。そこで、門が厚い鉄筋の壁で覆われていることが判明した。
「やはりな。水計で、蒼仁の軍を消耗させようとしていたよだな。」
とは言え、この硬い鉄筋の壁をどうして壊したものかと、手招いていた。これでは、蒼仁軍に合流できない。それに、どうも三層目の砦に溜まった水があふれ出て、二層目の砦に侵入してきていた。
「城中が水浸しだと言うのに、見上げた根性だな、琴眇!」
砦の城は、高く造られているため、敵陣は水の届かない上の階に避難していた。
「我々の策を、逆手にとったのは、称賛するべきだが、三層目の砦の門が開かれた時に、蒼仁の軍は、どうなっているかな?」
琴眇は、ワザと三層目の砦の門を開いた。すると、中央の砦にいた蒼仁軍は、まんまと水計にハマってしまったのだった。中央砦の門の上にいた蒼仁は、歯を食いしばる。
「クソッ!すぐに、舟を組み立てろ!甜奉、用意してくれたか!?」
甜奉は、頷く。中央に陣取っていた兵士たちは、門の上に避難して、狼牌族が集めてくれた木材で、舟を造りはじめた。
その間。李盛は、門の上にいた蒼仁に話しかけた。
「蒼仁!問題ないか!?」
「ああ。心配いらねぇ!それより、食料を用意しておいてくれ!兵糧がたりねぇ!」
「分かった!」
李盛は、蒼仁軍から梯子を調達し、門の上にいた兵士たちに食料を渡した。とは言え、禁軍全てを門の上に上げることは出来ない。
「ここは、廣関に指示して、川の水を止めてもらうようにしよう!」
李盛の意見に、蒼仁が頷く。そして、甜奉は二人の視線を察知して、廣関の元に行くのだった。
「舟が完成次第、順に第三の砦を攻略する!一隻につき、十五人乗り、後方は弓兵たちを待機させて攻撃する。いいな?」
「おうっ!」
蒼仁は、返事を返した後、捕らえられている仝徳の身を案じる。
「蒼仁。気持ちは分かるが、慎重に事を運ばなくてはいけない。そのかわり、お前に先陣を任せるから、城内に入り次第、仝徳を救出すると良い!」
「ああ。ありがとうな!」
三層目の門は、開けられたままだった。そこから、敵の兵士たちが舟に乗って現れた。
「どうやら、敵さんも同じ考えだったみたいだぞ?」
蒼仁が、眺めながら李盛に言う。
「ならば、連環の計を用いることとしよう!」
「連環の計?」
蒼仁軍は、横一列に並び、互いを紐でつなげて敵の舟を囲み込むように、丸く敵の舟を囲んだ。
「な、なんだ、これは!?」
「これでは、我らが囲まれてしまうではないか!」
敵が気づいた時には、時既に遅し。中央に敵の舟を囲み込み、一気に叩いた。
「さすが、千里眼の軍師、と言ったところか!」
蒼仁は、数人の兵士を連れて、城内を目指した。
※
仝徳は、また丸い寝床の上で目を覚ます。
「何時経ったんだ?」
辺りを見ると、兵士たちが騒ぎ立てている声が聞こえた。
「な、なんだと!我が軍が!?」
「ここは、もう長くもたない!」
バタバタと走り回る音に、仝徳は、蒼仁がうまい具合にやっていることが分かり、安堵する。
「お前たちは、蒼仁の兵士を相手にしろ!私は、蒼仁を迎え撃つ!」
琴眇の声に、緊張感が伝わってきた。
「仁…!」
仝徳は、違和感を感じる身体を起こし、どうにか自分にも出来ることがないかと、辺りを見渡した。そして、寝床に飾られている数多くの布と、蝋燭の火を見て、大きな賭けにでた。
城内に入り込んできた蒼仁軍を相手にして、城内は一世一代の戦いをしていた。
琴眇は、城内が焦げ臭いことに気づいた。
「…ん?なんだ、これは!?」
すると、仝徳が居るはずの部屋から、煙が出ていた。
「なっ…!まさか!?」
急いで仝徳の元に行くと、部屋は炎に覆われていた。
「仝徳、なんということを!?」
琴眇の驚きの顔に、仝徳は満足する。
「俺は、蒼仁の軍師だ!あんたのモノになることは、あり得ないんだよ!」
蒼仁は、城内が煙たいことに気づき、急いで階段を上がった行く。
「くっ…!仝徳〜!」
蒼仁の声を聞いて、仝徳は安堵する。
「仁!ここだ〜!」
蒼仁は、煙が勢い良く出ている部屋に入ろうとするが、横から襲撃を受ける。咄嗟に、得物で防ぐ。
「そう、簡単に会えると思ったら、大間違いだよ!」
「琴眇…!」
燃え盛る煙の中、二人の猛将たちの戦いが始まった。
琴眇は、あの強人の蒼仁に太刀打ち出来ていて、どちらも互角と言ったところだった。
仝徳は、咳込みながら二人の戦いを見守る。
「なんてこった!琴眇も、これほどの腕を持っているとは…!」
数分間、蒼仁と琴眇の戦いは続いた。そして、火が城内を回り始めた時、上から燃えた木材が二人の間に落ちてくる。
「仁!」
その瞬間、仝徳は一瞬目を瞑るが、その木材ごと、蒼仁は琴眇の右腕を吹き飛ばしていた。
「うぐっ…!!」
琴眇は、その場に膝をつく。
「俺の勝ちだな!」
蒼仁は、大斧を上に振りかざす。
琴眇は、フッと笑みを浮かべる。
「一度で良いから、仝徳をモノにしてみたかったな。」
言い終わると、ためらわず蒼仁は琴眇の頭を斬った。
それを見て、仝徳は蒼仁の元にヨタヨタと走って行く。
蒼仁は、息を切らしながら、仝徳の方へ歩いて行く。そして、左腕で抱きしめる。仝徳も、すすだらけの顔を、蒼仁の胸に押し当てる。
「まったく、俺の軍師様は…。」
「ごめん。迷惑かけた…!」
蒼仁は、崩れそうになっていく城内から脱出するため、仝徳を抱きかかえながら外に出て行く。その瞬間に、城は崩壊した。
都に戻り、仝徳は李盛から叱られるのだった。
「お前と言う奴は、肝心な所でいつも抜けてるな!敵陣を視察する時には、用心して行け!私の仕事を増やすんじゃない!」
李盛と言うことで、頭にはきていたが、ぐうの音もでないため、仝徳は正座をして、大人しく叱られていた。
「わぁったよ!もう、こんなヘマはしない!二度と、千里眼の軍師様には、手をかけないようにするよ!」
李盛は、腕組みをして、舌打ちする。
「まったく。そうしてくれ!」
李盛は、忠国の都に向けて、直ぐ様戻るのだった。
「仁…。本当に、今回はすまなかった!」
仝徳は、両手を前で合わせる。
蒼仁は、そんなすすだらけ仝徳を見て、手をどかすと、口づけをした。
「ん…!?」
「消毒だ。もう、俺以外の野郎に、捕まるんじゃねえまぞ?」
「お、おうっ…。」
仝徳は、急に恥ずかしくなり、顔を背ける。
「じゃあ、溜まった分、精算させてくれよぉ〜!」
「えっ?!おい、ちょっ…!」
蒼仁は、仝徳を抱きかかえて行った。




