9.フィッシュオアビーフ
ナターシャは目の前の食事に目を輝かせる。
前菜の盛り合わせもとても美味しくて、具体的に何という名前の料理かもわからないまま野菜とお魚を使ったプレートをすぐに平らげてしまったのだが。
その次にやってきた主菜を前に、ナターシャは涎でも垂らしそうな気持ちだった。
アルバート王子のおすすめだというレストランには、王立学院から馬車で15分ほど移動するだけで到着した。店内はそれなりに広かったが、アルバート王子が来ることは伝わっており当然店内は貸切状態だ。席に着くと何も言わずとも食前酒から順番に配膳が始まって、庶民的な店にばかり行き慣れているナターシャはつい背筋を伸ばした。
そうして緊張して食事を始めたのが十数分前。今ではすっかり緊張は解け、ナターシャは美味しいご飯の虜である。
魚料理が売りの店らしく、主菜も魚介類を使ったものだ。前菜とは違って、配膳しにきたウェイターが料理の説明をしてくれる。
脂の乗った旬の白身魚をふっくらと焼き上げ、その上にホタテを入れて煮込んだ濃厚なホワイトソースをかけた一皿で、魚とホタテはパルメール領で獲れたものを使っているという。確かに今の時期はパルメール領の漁業が繁盛する時期である。王都で自領の食材がこうして美味しそうに生まれ変わっているのはなかなか誇らしいものだ。
ウェイターに礼を言って、ナターシャはカトラリーに手を伸ばす。
「奇遇だね。パルメール領で獲れた食材だとは。君にとっては旅の感覚が薄れてしまうかもしれないけれど」
「いえ……こんな高級料理店、パルメール領にはないので。――うん! この繊細な味は、なかなか地元でも食べられません」
強いて言うならパルメール家本邸で出てくる料理がパルメール領一番の高級料理だろう。辺境とはいえ上級貴族の家の料理人がグレードの低いものを作るわけはないのだが、このレストランの料理には、もっと違う魅力があった。
「素材の味を活かすとはよく言いますが、ただ活かすだけではなく魅力を増すような料理ですね」
「魅力を増す……確かにそうだね。単品でも美味しいだろう具材を掛け合わせて、料理にしている」
「ええ。うちの料理人なら焼き魚とクラムチャウダーを別々に出すと思いますよ」
「ふふ。王城でもそうかもしれない」
ナターシャの絶妙な例えにアルバート王子は口元を隠して笑った。
王子の上品な食べ進め方を見習って、ナターシャもいつもより気持ち丁寧にナイフとフォークを扱う。これまでアルバート王子と食事をともにするときは、こういうクラシックな場よりも山奥のログハウスとか自宅とか、砕けた場が多かった。そのため意識したことがなかったが、一度気がつくと自分の食べ方が気になってしまうものだ。
夏の旅ではバーベキューで串焼き肉にかぶりつくところを見られているのだから、今更なのだけれど。そう思って、ふとナターシャは気づく。
ナターシャが案内したり用意したりするときは肉料理を選びがちだが、アルバート王子が進んで肉料理を選んでいるところは見たことがない。このレストランも海鮮がメインのお店だ。
メインディッシュを食べ終わる頃を見計らって、ナターシャは尋ねる。
「ふと、気になったのですが……アルバート様、お肉よりお魚派ですか?」
「突然だね。うーん……どちらも好きなのだけれど」
ナターシャの問いにアルバート王子は目をぱちりと瞬かせ、考え込む。ナターシャが肉料理を王子に食べさせていたのは別に失敗ではなかったらしい、と安堵しかけたところで、王子は衝撃的なことを言った。
「あまり肉類は食べすぎないほうがいいと医者に言われていてね……脂が悪さをするらしい」
「なっ……早く言ってください! 私、うさぎとかバーベキューとかばっかりアルバート様に食べさせて……」
全然失敗ではなくなかった。自分のやらかしに、ナターシャはつい腰を椅子から浮かせてアルバート王子につっかかる。いや、きちんと確認しなかった自分が悪いことはわかっているのだが。
「大丈夫、そんなに重大な話じゃないよ。心配をかける言い方をしたね、すまない」
「あ、いえ……こちらもすみません。でも本当に、月見ウサギを食べた時点で言ってくだされば」
春の旅でウサギのシチューを食べたときは平気そうだったし、楽しんでいたように見えたからその後も気にしていなかった。それどころかお肉好きだと思っていたのだが、ドクターストップがかかっていようとは。
ナターシャの言葉に、アルバート王子は答えづらそうに目を逸らす。ナターシャだってそこまで察しは悪くない、何となく理由がわかってそれ以上追及することはできなかった。
やはり、何か体が悪いのだろう。
秋の旅で詳しく話す、と前には言われたが、いざそれらしきことを目の当たりにすると、聞きたいような聞きたくないような複雑な気分だった。
「あー……えっと。でもお魚も美味しいですよね。とっても……あ」
適当に誤魔化そうと言葉を紡いでいると、ちょうどウェイターがお皿を下げにきた。次はチーズとパンが運ばれてくる。
ナイスタイミング、と心の中でウェイターを激励し、ナターシャはその場を漂う微妙な空気を、チーズを食べた感想でかき消そうと試みるのだった。
衝撃の事実。でもナターシャのおすすめは全部知りたいから今まで黙っていたとかなんとか。




