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【完結】旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第3章】秋の旅︰王都

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7.教育大臣オルランド・グランシュタイン

 ナターシャは昨日同様、アルバート王子の隣で馬車に揺られる。

 しかし、今日は悲しいことに、目的地は王都のまだ見ぬ観光地ではない。目前に見えてきた白壁の大きな建物を眺めて、ナターシャは改めてため息をついた。


「まるで牢獄にやってきたような様子だね」

「ええ、まさしくそんな気分です」


 肩をすくめてそう返すと、アルバート王子は困ったように目を泳がせた。


「悪いけどちょっと我慢していてくれ。別に学生たちに会うわけでもないし、もし誰かに会っても私が話すよ」

「それなら、まぁ……」


 ナターシャにとって自分の学院生活は黒歴史だ。友人もできず、自分の趣味に関係しない授業や社交学のひたすら苦痛な時間に耐え抜き、なんとか卒業しただけの思い出。

 特待生として製薬免許を取ってみたり、旅に役立つ知識を学んだり、糧になっている側面もあるにはあるが、そんなの学院がなくても自分一人で勝手にやっていたと思う。

 だから学院にいい印象はない。

 当時は、キラキラした学院生活を送る高位貴族の人たちを見ると、どうして自分はこんな色のない学院生活を送っているのかと落ち込んだものだ。


 今ではここに自分の求めるものがなかっただけだと分かっているから、そう傷つくことはない。

 それでも、いきなりキラキラの学生たちの中に放り込まれたら耐えられる自信はなかった。

 

 情けないけれど、アルバート王子の言葉に甘えて社交は全てお任せしよう。馬車を降り、王子の半歩後ろをおっかなびっくりついていく。

 アルバート王子の先導で向かうのは学生たちのいる校舎や寮の方ではなく、その裏手にある講堂と催事棟だった。フェアウェルパーティーやそれに伴うさまざまな行事の準備中らしく、役人らしき人々が慌ただしく出入りしている。そこにアルバート王子は躊躇うことなく向かっていく。

 つまり、フェアウェルの準備の視察にきたのだろう。なぜ自分が連れてこられたのかは分からないが、研究発表の下見か何かのつもりだろうか。ナターシャはそう結論づけて、周囲の様子をきょろきょろと眺める。発表自体は断ったものの、アルバート王子が旅や輸入生物についてここで発表をすることはもう決まっている。手伝うくらいはしようと思っているし、ナターシャも一緒に下見をしておくことは確かに無駄にはなるまい。

 ナターシャは珍しくやる気を出して、アルバート王子の後ろを気持ちシャキッとしてついていく。


 催事棟に入ると、中は外から見て予想していた人数よりも遥かに多くの役人たちが行き交っていた。迂闊にふらふら歩いていたら誰かの前に立ちはだかって迷惑をかけるところだ。

 アルバート王子がときどき作業中の人に声をかけ、進捗を尋ねたり激励を送ったりしているのを後ろから眺める。王子がこうして王族の仕事をしているところは初めて見るが、対応する役人たちの様子を見ていると多くの人に慕われているのが伝わってくる。今の国王が国民の信を得ているおかげか、この国にはいわゆる政治闘争が全くと言っていいほど起こらないという。この様子なら国王亡き後も、どの王子が王位を継いだとしてもきっと国は平和なままだろうと、口にすれば不謹慎なことを考えた。

 しかし一方で、パルメール領にで起こった王家の紋章の不正利用事件は完全には解決していないし、兄によればナターシャを疑っている者もいるという。真の首謀者は一体この国の何が不満で、何が目的で怪しい動きをしているのか――事件などめったに起きないとわかるからこそ、得体が知れなくて恐ろしい……いけない、つい嫌なことを思い出してしまった。

 アルバート王子からはもちろん、こういった人の多い場所に来ても嫌な視線は感じない。気にせず視察に同行することにしよう。

 そう気分を切り替えてアルバート王子の後に続くことしばらく。設営が慌ただしく進んでいた催事棟の入り口から、発表会のメインを飾るらしい長い廊下を抜けてバックヤードまで移動してきた。すると待ち構えていたかのように、一番大きな楽屋から誰かが顔を出す。


「おや……すまない、ナターシャ嬢。前言撤回だ」

「え、なんですか……ってああ、なるほど……」


 嫌だったが嫌な顔はできなかった。相手は王族だから。それも山の中で出会って仲良くなった自分のファンを名乗る王族などではなく、正真正銘初対面のはるか目上の王子殿下である。突然現れたその人物に向かって、ナターシャは慣れないカーテシーの姿勢をとる。

 目の前の人物――シュタイン王国第二王子であり、教育大臣も務めるその人のことはさすがにナターシャでも知っているし、知らなくても髪と目の色で一目瞭然。さっぱりと短い金髪を後ろに流して固めており、切れ長の目を銀ぶちメガネがさらに鋭く見せている。その人――オルランド・グランシュタインは、ガチガチに緊張しながら礼をしたナターシャを見て、眉を上げた。


「君がパルメール辺境伯令嬢か。私はオルランド・グランシュタイン。このたび君を招聘した卒業発表会において全権を担っている。誘いを受けてくれたこと、嬉しく思う」


 オルランド王子はアルバート王子とは対照的に笑顔のない様子だが、律儀ではあるらしい。きちんとナターシャにも一礼を返してくれた。差し出された手を前に、どうしたものか迷ってナターシャはちらりとアルバート王子の方を見た。ナターシャは別に卒業発表会に出るとは答えていないはずだ。助けを求める視線を受け取ったアルバート王子は、作り笑顔を浮かべたままやんわりと告げる。


「すみませんが、兄上。発表については調整中ですから、そう急かれるとナターシャ嬢も手を取りにくいかと」

「お前が呼べると言ったのではないか? まるで護衛騎士のようだが……」

「ええ。社交に不慣れなナターシャ嬢を呼び出したのは私ですから、護衛でも何でも務めますよ」


 挨拶がわりに交わされる嫌味っぽい会話はアルバート王子の方に軍配が上がったようだった。オルランド王子は、発表という言葉を出さずに再びナターシャの方に向き直る。


「あー……君のことは弟から聞いている。会えて光栄だ」

「もったいないお言葉でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます」


 ナターシャは棒読みの挨拶を(そら)んじながら、オルランド王子と握手を交わした。

挨拶できてえらい!ですね。ナターシャのことは初めて社交界に出た子どもとでも思ってください。

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