3.“石の都”
カラカラと、馬の蹄の音と車輪の音がリズムよく鳴っている。
王都に入ったとたん、道は外よりもずっと平坦で馬車の進みがよくなった。それもそのはず、王都の道という道は全て均一な厚さの石で舗装されている。ほとんど地面の土がむき出しになっているパルメール領では考えられない安定した速度とテンポで馬車は進む。
石畳と一言に言っても、こんなに凹凸が少なく車輪が滑らかに進む石畳はまれだろう。
快適な馬車の中で、しかしナターシャは全くリラックスできずにいた。
「ああ……着いちゃった……」
などと悲痛な震え声を発して縮こまっている。これから先の日々に待つあれこれに、緊張が止まらない。使用人たちに呆れられながら、ナターシャはついに王城の前まで辿り着いた。
「ナターシャ・パルメール様。ようこそいらっしゃいました」
王城の前で待ち構えていた二人の騎士らしき人が恭しくナターシャに頭を下げる。
門番に声をかけたら城門の前で待つように、とアルバート王子からの手紙にはあった。指示通りその場で馬車を停めて待っていると、門番の騎士が一人城の中へと帰っていき、代わりに見たことのある人が出てくる。名前まではわからないが、前の旅にも同行していたアルバート王子の使用人だ。
「ご案内しますので、馬車を降りてついてきていただけますか。御者の方はもう一人、馬車の停泊場の案内人が参りますのでもうしばしお待ちください」
導かれるままに、ナターシャたちは城壁の中へと足を踏み入れる。
パルメール家の本邸や、ウェーステッド領の王家の別荘とは比べ物にならない広さの庭園が広がる。
相変わらず一面に敷き詰められた石と、余白を埋めるように規則的に植えられた木々や花。石の冷たさか植物の出す水分のおかげか、あたりはひんやりと涼しい。
庭園の真正面には、見上げると首を痛めそうな大きさの城が悠然と構えているが、先導する使用人が目指すのはそこではないらしい。
庭の中心部から離れる小道を通ってしばらく進み、石畳よりも緑が多くなってきたところに一軒の離れがあった。
「やあ、ナターシャ嬢。ようこそ、“石の都”グランシュタインへ」
離れの前には、こじんまりとした噴水やベンチ、花壇などが集まる小さな庭園がある。
そこで、アルバート王子がナターシャを待っていた。
ナターシャは王都滞在中、この離れに泊めてもらうことになるらしい。荷物を離れに預け終え、ナターシャはアルバート王子とともに街へ繰り出す。
と言っても、王都の街をアルバート王子が自ら歩くことはない。馬車に乗るのだが、何台も連なって走れる余裕のない往来の激しい場所なので、王家の馬車にナターシャも同乗させてもらうことになった。
軽やかに進む馬車の窓越しに、ナターシャはきょろきょろと外を見渡す。
「王都に来るのは久しぶりですが、やはり圧倒されますね。大きな石造りの建物がこんなに立ち並んでいる景色、他にはありません」
アルバート王子と言葉を交わして少し安心したのか、周りの景色を楽しむ余裕ができてきた。
王都の街並みは、どこを見てもまず石造りのものが目に入るのが特徴である。石畳、石造の建物、街路を飾る彫刻。灰色や白で構成された整然とした街並みは、この街が古くは大きな石切り場を抱えていたことに由来する。
故郷や旅先ではお目にかかれない、まさしく都心といった街並みを眺めていると、横からアルバート王子がガイドをしてくれる。
「その左手にあるのが、コーヘン大商会の建物で――あ、こっちは王立博物館だね。旅の間に訪れようと思っているよ」
「凝った建物ですね……」
屋根と壁を繋ぐ柱の一部が彫られ、彫像が柱に挟まったようになっている。他にも、いたるところに文様や壁画らしきものが彫られていた。移動する馬車の中からの景色では細かく見られなかったので、近くでじっくりと見るのが楽しみだ。
「王都には自然こそ少ないが、そのぶん人が積み上げた文化や芸術がある。今は特に芸術祭の真っ只中だから、きっと楽しめると思うよ」
「芸術祭、ですか」
覚えのない言葉に、ナターシャは首を傾げる。
アルバート王子は得意げに微笑んで答える。
「収穫祭で王都に人が集まる時期にあわせて、芸術にまつわる様々な施設でもそれぞれ催しをやっていてね。このために国内の芸術家や学生たちから新作もたくさん集まっているみたいだよ」
「学生もですか」
「うん。年齢も身分も問わず公募を受け付けている。まあ、どうしても選ばれるのはひと握りの作品になってしまうけれどね」
毎年秋に収穫祭をやっているのは、パルメール家にもときどき持ち回りで当番が回ってきて兄が忙しくしているからよく知っているが。芸術祭についてはちっとも知らなかった。
ナターシャは芸術には詳しくないが、美しいものを見るのは好きだ。評価しろと言われれば困るものの、国内有数の作品が集まっていると思うと興味が湧いた。
「ふふ、気になっている顔だね? 心配しなくても、これからたっぷり巡れるさ。今日の目的地も、芸術祭をやっている場所のひとつだ」
ナターシャの表情を覗きこみ、アルバート王子は満面の笑みだ。自分のプランが間違いなくナターシャを楽しませられると確信して、喜んでいるのだろう。
見透かされたことを恥ずかしく思って目を逸らしつつ、ナターシャは尋ねた。
「今日の目的地って?」
その言葉とほぼ同時に馬車が止まる。目の前には、彫刻壁画の施された大きな建物がそびえていた。
「王都の中心にある学術の殿堂。《グラニカビブリオ》――この国で最も大きな図書館だ。今回の旅で一番お世話になる場所だと思うよ」
馬車の扉が開いて、ナターシャをエスコートする手が差し出される。
一番お世話になる、という含みのある言葉が気にかかったが、うまく聞き返せないまま、促されるとおりに図書館の中へと進んでいくのだった。
辺境と違って王都は石で舗装された少し近代的な都市のイメージです。街は栄えており馬車の通り道もかなり整備されているので、この旅での移動は馬車がメインになりそうですね。




