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旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第1章】春の旅:パルメール領
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7.ありがたいお説教

「そういえば……先ほどは旅検定0級だと言われてしまったが、どうすれば進級できるのかな」


 雪割邸、浴場。

 雨に濡れたアルバート王子とテオドアのローブを三人がかりで絞っている間に、雑談でも切り出す風にアルバート王子が尋ねる。


 大雨の中雨宿りをしようと考えたアルバート王子とテオドアは、洞窟を探してその中に入った。そして同じく洞窟内で雨宿りをしていたのであろうルーンディアに出くわし追いかけまわされていたという。

 雨の中彼らを助けに向かったナターシャは、その顛末を聞いて間髪入れずに「旅検定0級」と評した。……検定の級数はふつうカウントダウンしていくものだから0級という表現は適切ではないのだが。


 内心少しズレた反省をしながら、ナターシャはアルバート王子の質問に答える。もちろん、作業の手も止めない。


「まず第一に、あのあたりの洞窟は危険です。ルーンディアがいたのはたまたまですが、いなくとも選ばない方がいいですね。あの近くに川が通っているのはご存知ですか?」

「うん、君の本で読んだ。しかし、ほんの小さなせせらぎだろう?」


「水の流れる道があれば、そこを伝って雨水はいくらでも流れてきます。もし洞窟の地面が気づかない程度に下り坂になっていたら? 小川を溢れた水が一気に洞窟に流れ込んでくる可能性があります。あるいは、土砂や落石で洞窟の入り口が塞がれてしまったら? 洞窟の奥に有毒なガスが発生していたら……というのは天気も場所も関係なく、あらゆる洞窟に入る際に気をつけるべきことですが」


「なるほど」


 思いつく限りの想定を並べるナターシャに、アルバート王子は熱心に耳を傾けて頷く。両手が空いていればメモでもしはじめそうな熱心さである。

 ナターシャは、ついでに気になっていたことを尋ねてみた。


「洞窟と言うと……なぜ灯りとしてルーンディアの角をお持ちでなかったのですか? 十分すぎる量の物資を持っているようでしたが、中には何が?」


 何気ない質問のつもりだったが、アルバート王子は明らかに目を逸らした。首を傾げるナターシャに、横からテオドアが口を挟む。


「そればかりはナターシャ様からも言っていただきたい。殿下はときどき気楽な夢想家になってしまわれるのです」

「気楽な夢想家? なんです、それ」


「ルーンディアの角なんてズルだ、多少の不自由さも旅の肝要な楽しみだと」


 テオドアからの暴露に、アルバート王子はバツの悪そうな顔でそっぽを向いている。

 王子が金銭問題で物資の質を下げるとは思えなかったが、なるほど、そういうこだわりなら納得がいく。ナターシャも身に覚えがないでもなかった。しかし、ここは先達としてしっかり指摘しておくべきだろう。


「不自由さを楽しむのは非常時でなくてもいいでしょう。もしものときの備えは必要です。最終的に一度も鞄から取り出さなかったとしてもです」


 別に、本来の旅程の中でズルをしたくないのであれば使わなければいい。逆に言えば、ズルをするような道具でも備えとして持っておくことは大切である。


 そう説明するナターシャに、アルバート王子は控えめながらも反論する。


「だって、君の紀行録のどこにも、貴族が持つような高価な道具は出てこなかったじゃないか!」


 語尾に拗ねたような色が混ざる。ナターシャは咄嗟に反論できず、一瞬浴場に沈黙が降りた。


 ナターシャの紀行録は、元々貴族に読ませるためのものではない。もちろん、ナターシャ自身が貴族令嬢なのだから、貴族に読ませられないものではない。

 しかし、あくまで対象となる読者は庶民たちだ。旅先で出会った人々、ナターシャのように辺境で暮らす人々、冒険にあこがれる子どもから大人まで誰にでも等しく届くように、できるだけわかりやすい言葉で書いているし、いろいろなことを端折っている。


 ルーンディアの角もその端折ったものの一つだ。輸入品でかなり高価なルーンディアの角は、いくら便利といえども庶民の生活には程遠い。緊急時の灯りとして持ち歩きましょう、と書いたところで、まずそもそもルーンディアの角なんて道具を知らない人が6割、知っていても旅支度には高価すぎると諦める人が3割。

 アルバート王子は残りの1割に入る人だろうが、それはつまりナターシャにとってほとんど想定外の存在であるということだ。


「私の紀行録は庶民向けですから……とはいえ、旅せよと謳った以上、非常時の対応について記載が不十分だったことは認めます」

「ああいや、君の不手際だと言いたいわけではないのだけれど」

「いえ。もしあなたの身に何かあったら責任を問われるのはテオドア様、そしてその次に私でしょう」

「まさか! 断じて君の不利益にはさせないよ……おそらく」


 断じているのかいないのかわからない不安な答えである。

 しかし、実際に国や王族がナターシャに責任を問うかはともかくとして、世の中の噂になることは間違い無いだろう。この本のせいで王子が酷い目に遭ったらしい、となれば紀行録は発禁処分にでもなるだろうか。

 次号からは旅の危険性をしっかり注意書きしよう、とナターシャは心に決める。


 そんなナターシャの心配をよそに、アルバート王子は気を取りなおして興味津々に質問を重ねる。『旅好き娘』ファンの彼にとってナターシャの説教はご褒美である。


「先ほどはホムラガイも使っていたけれど、他にも便利な()()()()を持ってきていたりするのかい? 次回からは私たちも参考にさせてもらおう」


 彼らの旅には次回があるのか。ナターシャは内心驚きながらも、口には出さない。

 恥ずかしいことに、ナターシャに触発されたと言うから当たり前にナターシャの故郷にだけ来たのだと思っていた。王族なのだから直轄領も含めて国中を巡るほうが自然である。とんだ勘違いを披露するところだ。


 平静を装いながら、今回の旅に持ってきた装備を思い出す。

 ルーンディアの角とホムラガイの他にも、紀行録には書いたことのない貴重な旅道具コレクションをいくつか持ってきていた。高価かどうかにかかわらず、日常では使わないマニアックなものも混ざっている。

 ここで言葉だけで説明するよりは、実物を見せて使いながら話したほうがおもしろいだろう。

 ナターシャは手の中の湿ったローブの感触を確かめながら、提案する。


「ではこれが終わったら、いくつか実物を見せながらお話しましょう。……の前に、お風呂に入らないと三人ともびしょ濡れですが」


 ローブはまだぐったり湿ってはいるが、水が垂れてくるほどではない。すでに水気を切り終えたナターシャのレインコートと同じく、干しておけばやがて乾くだろう。

 一同は途方もなかった作業を終え、疲れた体を温めることにした。

熱心な生徒ができて、ナターシャが饒舌になってきました。

旅の話を楽しく聞いてくれる人はナターシャの周りにあまりいないので、実はかなりありがたい存在なのかもしれません。まだナターシャは認めないでしょうけど。


GW期間限定で1日2話更新中です。

次回は今日夜公開予定!よろしくお願いいたします!

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