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【完結】旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
幕間

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■嬉しい招待

 ウェーステッド辺境伯第二令嬢、フェルミナ・ウェーステッドは慌てていた。


「ねえ、母様! わたくしの一張羅のドレス、どこにあるか知りませんこと!?」


 と、見当違いのクローゼットの中を漁りながら母親に泣きついたり。


「父様、王都へ行くときはあの大きな硝子窓の馬車で行くのよね? わたくし豪華な馬車じゃなきゃ嫌よ。貧相な馬車ではあの方に会いに行けないわ」


 と、父親に向かってごねてみたり。


 フェルミナがワガママ娘を絵に描いたような振る舞いをするのにはわけがあった。

 数日前、フェルミナのもとに一通の手紙が届いたのである。


「アルバート様……もう一度こちらに来るとおっしゃっていたけれど。ふふ、そうよね、来ていただいたのだから、次はわたくしが会いに行く番だわ?」


 満面の笑みでフェルミナが大切そうに抱えた手紙の差出人は、アルバート王子。

 つい数週間ほど前まで国内漫遊の旅を称して、フェルミナの住むウェーステッド領を訪れていた彼と、フェルミナはある約束を交わしていた。


「次は二人で抜け出そう、と約束してくださいましたもの。はあ、どんなパーティーになるのかしら……」


 甘い妄想に浸るフェルミナに、父は呆れたように笑いかける。


「まったく……フェルミナがこんなにアルバート王子殿下に懐くとはな。王子殿下がお優しくて幸せ者だなぁ、フェルミナは」


「ええ。アルバート様は誰よりも人を想う心のある方よ。わたくし、本当にあの方のことを尊敬しているの」


 誇らしく胸を張ってそう答えると、フェルミナはまだ二月半も先の予定のために荷造りを始める。


 アルバート王子からの手紙の中身は、招待状だった。

 毎年秋に王立学院で行われるフェアウェルパーティーの招待客として、ウェーステッド家の一同が呼ばれたのだ。

 第一王子の妃であり毎年パーティーに参加している姉、クィンニーナを羨ましがっていたフェルミナとしては、何より嬉しい招待だ。


 去年までは学生として――去年は卒業生として、送り出される側だったフェアウェル。

 今年は送り出す側であり、大人の貴族として迎え入れる側でもある。

 そう思うとフェルミナの背筋は自然と伸びた。


「わたくしだって立派な貴族令嬢になったのだと、姉様にも見せつけなくっちゃ。……姉様とも、少しは話せるかしら……」


「どうかな。クィンニーナは忙しいだろうから。王妃という立場で、元の家族とばかり接しているようではいけない」


 フェルミナの父、パトリックはクィンニーナには厳しい。というか、誰に対しても厳しいのが本来のパトリックで、フェルミナに対してだけ甘い……と言った方が正確だろう。

 クィンニーナに向けられる厳しい目はけして冷たいものではなく、厳格に育て上げたからこそクィンニーナは第一王子の妃という栄えある座につけたと言っても過言ではない。


 父の厳しさは愛と期待ゆえのもの。

 それがわかっているフェルミナは、姉を相手に憧れと嫉妬と持ち前の負けず嫌いを発動しているのだった。


「まぁ、いいわ、姉様がいなくたって。わたくしは姉様のオマケじゃないもの」


 そう言って強がるが、父は何もかも見透かしたような顔で穏やかに笑っている。拗ねていると思われているのだろう。

 フェルミナはむっとして立ち上がる。


「とにかく! 誰より大きな馬車に豪勢なドレスよ。それでわたくしの立場を証明するの、お願いしましたからね!」


 ぷりぷりとそう言い放つと、フェルミナはクローゼットから取り出したたくさんの服やアクセサリーとともに自室へ帰っていく。もちろん、招待状も肌身離さず持ち歩いている。


 そして、部屋につくなり荷物をそこらじゅうに広げて、ベッドに身を投げだした。


「姉様ばっかりずるいわ……」


 なんて文句を言いながら、心を落ち着けるように再びアルバート王子から届いた招待状を開く。

 アルバート・グランシュタイン、と流麗な文字で書かれたそれを見て、フェルミナはふと首を傾げた。


(新しく専属の文官でも増えたのかしら。筆跡が……いつもの丸い癖字じゃないのね。アルバート様の直筆とも違うし……)


 アルバート王子に心酔するあまり、フェルミナは王子から届いた書類や手紙はすべてコレクションしているし、辺境伯家として家に届く公的な文書も大抵は覗き見たことがある。

 そのどこでも見たことのない筆跡を見て、フェルミナは首を傾げる。


「……って、ダメね。忘れましょう。筆跡が違いましたか、なんて聞いたら引かれること間違いなしだわ……」


 頭の中に浮かんだ疑問を首を振ってかき消す。

 フェルミナは大切なものばかりを保管している鍵付きのチェストの引き出しを開け、丁重に招待状を仕舞って鍵をかけた。

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