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【完結】旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
幕間

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■適任

「お前に、()()()頼みたいんだ。ここ最近の旅と、この国の美しさについて」


 オルランドの提案に、アルバートは目を丸くして、言葉に詰まる。


 もちろん、できないことではない。王族自ら発表者を担えるなら、他に候補者を探すより準備もずっと簡単に済む。王立学院の卒業生を送り出す催事としての華も十二分にあると言えるだろう。

 それにアルバートとしても好都合ではあった。自然の良さを広めたい、というナターシャの想いに、邪魔にならずに貢献できるいい機会となるに違いない。


 しかし、オルランドがこんなことを提案してくるのは予想外だった。


「構いませんが……そんなに注目されている話でもないでしょう。旅について、でいいのですか?」


 アルバートと言えば、学術的な面では今よりも学生時代の功績の方が有名だと自身でもわかっていた。将来使う日は来ないだろうが医学について入念に学び、卒業発表でもそれらしいことを発表した覚えがある。


 医学について発表を、と言われなかっただけマシだが、自分が突然大勢の学生の前で旅についてレクチャーする姿が思い浮かばない。アルバートは眉をひそめる。

 怪訝そうなアルバートに対して、オルランドは冷静だ。アルバートの浮かべる疑問も想定済みだったのだろう、彼は何の気もなく答えた。


「……正直、お前が適任かどうかはどうでもいい。ただ、旅について話してほしいのには理由がある。ここだけの話で頼むが」


 オルランドはしれっと近くにあった応接セットのソファに腰を下ろす。話が長くなるということだろう。アルバートも執務机を一旦離れ、兄とは向かい側のソファへと移動した。

 話には参加しないが耳だけしっかり働かせているテオドア、そして自分と話すためにソファに移動してきたアルバートを順に一瞥して、オルランドは静かに口を開いた。


「ここ最近、王立学院の在り方を見直そうとする声が多々上がっている――」


 王立学院は、古くから続く由緒ある貴族教育の場である。親世代はもちろん祖父母やさらにその上の世代に尋ねても一つは学院での思い出話が聞けるであろう、全貴族共通の通過儀礼のようなものだ。

 11歳になる年の秋に入学し、5年間の学院での生活を乗り越えて人は立派な貴族になる。


 その根本的な流れ自体を疑うものはほとんどない。疑問視されているのは、王立学院の特徴の一つである、全寮制という点だった。

 この国の貴族のほとんどは王都に自宅を構えている。辺境伯家やその関係者、また一部の事情ある貴族たち以外は、王都のすぐそばにある王立学院まで、自宅から通うことができるのだ。

 それなのにわざわざ寮を運営する意味があるのか――という疑問が、これまでにも何度か議題に上がっているらしい。


「我々は、共同生活そのものに教育上の意義を見出して学生寮を設置している。自宅以外の土地で他者と寝食をともにする、という点では旅も同じだろう? 生活面での気づきがあれば話してもらえるとありがたい」

「自宅から通われると管理がしにくい、という話では?」

「……それもある」


 アルバートの鋭い問いに、オルランドは渋々答える。相変わらず嘘のつけない素直な人だ。

 アルバートも素直に彼の要望に応えることにする。

 

「とはいえ、生活面の気づきと言うと……」


 もちろん普段の生活とは違ったが。同行者であるナターシャは女性なので使うスペースも分けていたし、共同生活とは言えない気がする。

 不便はなく快適だったが、それはナターシャとアルバートが上手く共同生活を築いたと言うよりは、ついてきてくれた使用人たちのおかげだ。


 さらにもう一つ前の旅、春にパルメール領を訪れたときのことを思えば、何か手がかりがあるかもしれない。

 あれは使用人なしのお忍びの旅だったから、大々的に発表することはできないのだが、アルバートは旅の記憶に思いを馳せる。


「……ダメだ。共同生活ならではということは何も思いつきません。使用人か輸入生物のありがたさなら話せますが」


「輸入生物?」


 突然出てきた言葉にオルランドは眉を上げた。アルバートにとっては輸入生物を使いこなすナターシャの姿は当然のように思えていたが、当然オルランドが知るはずはない。

 ナターシャに他所で話す許可はとっていないので内密に、と前置きして、アルバートはナターシャに見せてもらった輸入生物について語る。

 手短に説明するつもりが、あの日のワクワクした気持ちを思い出してかなり話が長くなった。


「成程。おそらくそのナターシャ女史がこの国の最先端だろうな」

「ええ。そう実感しました。辺境伯の文化なのか、敬意を払いながらも輸入生物の恩恵と共存している。……《イッカク》の件しかり、パルメール家は代々それに突出した家柄なのかもしれませんね」

「確かにな」


 アルバートが声を潜めて放った《イッカク》という言葉に、執務机から様子を窺うテオドアの肩がぴくりと揺れた。

 アルバートもオルランドも当然それに気づいたが、テオドアに気を許しているアルバートから話を進める。


「ちなみに。彼女を呼ぶこともできますが?」


 アルバートからの提案に、オルランドは考え込む。数秒の間のあとに、オルランドは笑みを深めて頷いた。


「ああ、お前よりずっと適任だ。こちらもいい活用ができそうだよ」


 活用、などと嫌な言い方をするが、実直なオルランドがナターシャのことを悪し様に利用することはないだろう。

 アルバートはソファから立ち上がる。


「ではそれで用意をしましょう。発表の意図をいただければ、中身はこちらで用意しますよ」


「助かるよ。お前は本当に、惜しいほど優秀だな」


 オルランドも立ち上がり、アルバートの方に手を差し出す。

 二人はナターシャが聞けば震え上がるような約束を勝手に結び、握手を交わすのだった。

知らないところで大役を任されることが決まったナターシャ。今頃くしゃみをしていることでしょう。

そしてアルバート王子の口からはまた思わせぶりな知らない言葉が飛び出しましたが…《イッカク》とやらの話はまた、後日。

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