■旅好きの遺伝子
モンドールとカメリアは真逆のような人だった。
モンドールが不器用でぶっきらぼうなのに対して、カメリアは繊細でとても気が利く。カメリアが病弱で華奢な体をしているのに対して、モンドールは筋肉のついた健康な体をしている。学院在学中にもモンドールの背はどんどん伸びて、カメリアに羨まれるほど。
そんな正反対の二人は、なぜだかとても気が合った。
辺境生まれのモンドールが故郷の話をすればカメリアは楽しそうに聞き入り、王都生まれのカメリアがおすすめのスポットを紹介しては週末に二人で出かけていく。
二人が仲を深めていく様子は、共通の友人たちにも、そして本人たちにとっても意外なことだった。
どうしてそんなに仲がよくなったのか、と聞かれたときには、二人で顔を見合わせて首を傾げたものだ。
そうして、モンドールとカメリアが知り合って1年と少しが経った。
「ねえ、本当にいいの? 私なんかがついていって……」
「ああ。無理はさせんから心配するな」
「そうじゃなくて……まあ、いいわ」
冬休み。モンドールが学院から故郷へ帰省するための馬車に、カメリアも同乗していた。
といっても二人だけではなく、同じパルメール領に帰る二人の共通の友人、シェフィールドも一緒だ。シェフィールドは1列後ろの席から、モンドールとカメリアの様子を微笑ましく見つめている。
「……」
居心地が悪く、モンドールは黙って馬車の外を眺めた。
カメリアが自分の故郷の話をあまりにも楽しそうに聞くものだから、その目に見せてやりたくなった。
たったそれだけの思いつきだったのだが、学院で冬休みに女子を実家に連れて行くと言えば周りの理解は違ってくる。出発までの間に散々からかわれて、モンドールはすでに疲れていた。
そんなモンドールの様子をあえてスルーして、カメリアはモンドールの隣まで移動し、同じ窓から外を見る。
「あとどのくらいかしら? パルメール領、きっと素敵なところよね」
「もうちょっとかかる。……寝ててもいいぞ。着いたら少し歩くから、体力は温存しておいた方がいい」
モンドールは窓の外から、隣に座るカメリアの方へと視線を戻す。
モンドール自身は気づいていないが、カメリアを見る彼の視線は労るように優しかった。
「じゃあ、お言葉に甘えるわ」
「……っ、肩を貸すとは言ってないぞ」
モンドールの肩にもたれかかって目を閉じるカメリア。驚いたモンドールは言葉でだけ抗議するが、けして押し退けることはなかった。
馬車は、荒い山道を進む。
それからさらに小一時間ほど経って、やっと馬車は歩みを止めた。
相乗りしていたシェフィールドを家まで送り届けるために遠回りしたこともあって、着く頃にはカメリアは完全に寝入っていた。
「ついたぞ」
「ぅん……? わ、すごい山……!」
カメリアの感想はまさにその通り。馬車は、馬が行けるギリギリの山道を通って、かなり山奥まで進んできていた。その先にあるのは、かつて栄えたパルメール辺境伯家の遺産、雪割邸という秘境の別邸だ。
この辺りは空気も澄んでいて、体の弱いカメリアが日常の疲れを癒すのにもってこいの場所だろう。冬は少し冷えるのが玉に瑕だが。
先に馬車を降りたモンドールは、あらかじめ用意していた分厚いブランケットを広げてカメリアを待つ。それに気づいたカメリアは、馬車から勢いよく降りてブランケットの中心に飛び込んだ。
自分を信頼して全体重を預けてくるカメリアに間違っても怪我などさせないよう、モンドールはしっかりと両腕で彼女の小さな体を支えた。
「ねえ、私もうわくわくしてるわ。さっきまで寝ていたのにね」
モンドールの腕の中で、カメリアは満天の笑みを浮かべた。
知り合った当初の、恥ずかしそうに俯いて笑ってばかりだった遠慮がちな少女の姿はどこへやら。モンドールは心の内から湧き上がる愛おしさをどうにか表情の下に隠して、カメリアに手を差し出した。
「ああ、荷物を置いたら探検に出かけよう」
* * *
ナターシャは父の手記をめくる手を止める。
もうベッドの中に入ってすっかり眠る気満々だ。
眠気が来るまでのおともに、と思って読み進めていた父の手記は、少し意外な展開を迎えていた。
パルメール領を案内しようと意気込む父の様子を読んで自分に流れる血を感じていたのも束の間、実際に外に出たら母の方がずっとはしゃいでいたらしい。
服や体が汚れるのも構わず草原に寝そべり、雪が降れば目を輝かせて触りたいと手を伸ばす。
そんな母の様子が、まるで目の前にそれを見つめながら書いたように鮮明な文章で描かれていた。
まるで旅先での自分のように自由に遊び回る母は――いや、ナターシャが母に似たのだろう。旅好きの遺伝子は父から受け継いだと思っていたが、どうやらサラブレッドだったらしい。
それも予想外だったし、父が母に向ける愛がありありと伝わってくるこの文章も。
両親の間の愛など見せられてもむずがゆいだけかと思ったが、不思議とそんな羞恥心も沸かなかった。
ただ、父がなぜ突然こんな文章を書きはじめたのかだけが気にかかる。
これは当時の日記というわけではなく、子どもが生まれたさらにそのあとに思い出を振り返りながら書いているはずだ。
一体何のために、と思いながらナターシャはひとつあくびをした。時計はベッドの中から見えないが、夜は更けてもう日付も変わる頃だろう。
眠っているうちに手記を傷めてはいけないので、ベッドサイドのスツールの上に避難させる。
なんとなく自分の中の両親の記憶に想いを馳せながら、ナターシャは眠りについた。
幸せに満ちたモンドールとカメリアの旅路の方もじっくり書きたいところですが、本筋に戻りましょう。次回は一方その頃アルバート王子のお話です。




