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旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第1章】春の旅:パルメール領
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6.びしょ濡れのローブ

 扉を閉めると雨音が一気に遠のく。

 雷雨の山奥であわや遭難という緊急事態を切り抜けてやっと辿り着いた安全地帯に、アルバート王子とテオドアはかなり安堵しているようだった。

 顔を見合わせ息をつく彼らには悪いが、ここはパルメール家の邸宅である。濡れた服から水をポタポタ滴らせている二人に、ナターシャは事務的に声をかける。


「濡れたローブは脱いでこちらに。靴の替えはありますか? なければ足の裏の泥だけここで落として、あとは浴室で洗ってください。案内します」


 大きな麻袋を広げながらそう言う。二人は脱ぎにくそうに重たくなったローブを外し、靴も履き替えてくれた。

 テオドアが背負っている大荷物の中にはかなりの装備や予備の道具が入っているらしい。この大雨の山を、これだけの重量のものを抱えながら歩いてきたとは大したものである。効率的かどうかは別として。


 アルバート王子とテオドアを玄関で待たせたまま、麻袋に自分のレインコートも一緒に入れて浴室へ運ぶ。浴室は階段を登った先なので、重い服を持って上がるのにはそれなりに時間がかかった。濡れてもいい浴室の床にシワにならないよう3着の服を広げてから、乾いたタオルを3つ、手に取った。


 階下に戻ると、アルバート王子が寒そうに身震いしているのが目に入った。早いところ応接室にでも案内して、暖まってもらおう。


「こちらをお使いください。入浴の準備も後でしますが、まず服をなんとかしてからなので……それまで濡れた髪で体を冷やさないように」


「ありがとう、助かるよ」

「私にまでありがとうございます」


 テオドアは焦りが抜けたのか最初の落ち着いた雰囲気に戻っている。確かに短髪なのでアルバート王子ほど濡れた髪が気にならないが、ないよりはあったほうがいいだろう。

 二人とも、タオルを広げて肩にかける。ナターシャ自身も結んだ髪をほどいて、タオルで包みなおして肩に触れないようにした。


 アルバート王子とテオドアを応接室に案内して、部屋を暖めるため、部屋の四隅に置いたホムラガイを起こして回る。少し待つと、拳くらいの大きさの巻き貝が、ブーンと低い音を立てながら熱風を吹きはじめた。

 ホムラガイは温暖な浅瀬の海に生息する貝で、エサを食べると熱風を出してくれるので数匹買うだけで暖炉要らずだ。濡れたものの乾燥にも使えるので、雨の日にも重宝する。

 雪割邸での快適な暮らしのためにわざわざ連れてきたのが功を奏した。


 部屋の温度が上がってきたのを確認して、ナターシャはひとり再び浴室へ戻ろうとする。しかし部屋を出て行きかけたナターシャに、アルバート王子が声をかけた。

 

「服の片付けは君がやるのかい?」

「? はい。自分のことは自分でやらないと、誰もやってくれませんので」

「召使の一人もいないものね……では我々も自分たちのことはやろう」


 ナターシャはその言葉を意外に思った。テオドアにやらせるならまだわかるが、アルバート王子が手ずからやると言う。

 雨に濡れた服を自分の手で絞る王族など聞いたことがない。ナターシャにとってはよいことなのだが、やはりこの王子はかなりの変わり者らしい。


「……ではお願いします」


 まあ、変わり者と言うならナターシャもそうである。辺境伯令嬢だってじゅうぶん高位の貴族だ。

 なるほど自分を見ている周りの人たちはこんな気分か、と嫌に納得しながらも、ナターシャは二人を連れて部屋を出る。


 再び階段を登って、今度は三人で浴室へ向かう。脱衣所で靴を脱ぎ、ズボンの裾を上げてから浴室に入った。浴室内は広く、三人それぞれが作業をしてもじゅうぶんスペースはある。


 ナターシャは自分の服を拾い上げて、浴槽のふちに腰掛ける。そもそも撥水性のレインコートなので、水気を取り除くのはそんなに大変ではない。絞りきっても多少湿り気は残るが、水滴が落ちるほどではないのでどこかに干しておけばいいだろう。

 問題なのはアルバート王子たちの服である。上質であろう布が水を吸って膨らんでおり、もともと黒かったがさらに色が濃くなっている気さえした。

 木桶に入れて上から押しながら絞ってみると、ひと押しで桶の中身がいっぱいになるほど水が溢れてくる。


「……乾かせる気がしませんね、これでは」


 早くも痺れを切らしたテオドアが、ローブを手に取って腕力でひねって絞る。今着ている服までびちゃびちゃに濡れているが、一度でかなりの水が流れていった。

 アルバート王子もそれを真似ようとして、あまりのローブの重さと硬さに断念する。


「私は腕力不足のようだよ」

「そういう問題ですかね……」


 自分の服を衣装掛けにかけ終わったナターシャが呆れ顔でそう言う。アルバート王子は眉を上げて聞き返した。


「そういう問題、とは?」

「あー、いえ。……旅装束として重い服は適さないだろうなと思っただけです」

「ですが、王族としてこれくらいの質のものは身につけておかねば」


 テオドアが引き続きドバドバと水を絞り出しながらそう口を挟んだ。ナターシャは頷きながらも反論する。


「わかりますよ、私も経験はあります。でも結果としてこの恰好に落ち着きました。山道では特に、身軽さは重要ですから」


「確かに、君の服装は機能性に溢れているね。袖や裾が動きを邪魔することもないし、装備は頑丈そうだが軽やかだ」

「ありがとうございます。貴族らしくないと貶されることこそあれ、褒められたのは初めてです」

「きっと君の旅している姿を見ればみんな良さがわかるさ。先ほど私たちを助けにきてくれたときの君の姿もね、とてもかっこよかったよ」


 アルバート王子は自分の服を片足で踏んで絞りながら、楽しそうにそう言った。昼間に会ったときからわかっていたが、やはりこの王子は想像以上にナターシャのことを気に入っているらしい。ナターシャは別にちょっと旅が好きすぎるだけで、何かずば抜けた才能があるわけでもないというのに。

 何より、そうした好意を隠そうともしないアルバート王子の態度がナターシャをより一層困らせる。


「それはどうも……自分の分は終わったので、お手伝いします」


 分が悪い話題を終わらせようと、ナターシャは話を逸らす。

 苦戦しているアルバート王子に近づき、二人がかりでローブを持ち上げてテオドアがしているように絞る。これなら木桶の中でちまちまと絞るより効率がいいだろう。


 あからさまに話を変えたナターシャに、アルバート王子は一瞬何か言いたげな顔を見せたが、特に追求することはなく作業に戻るのだった。

ちなみにテオドアは騎士職で、アルバートが勉強や執務をする時間もすべて鍛錬にあててきたのでとても力持ちです。頼れる護衛ですが、アルバートは少し頼りすぎている節があるのかも。


GW期間限定で1日2話更新中です。

明日も2話更新予定ですので、ぜひお付き合いください!

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