25.それぞれの色の先
列が進み桟橋が近づくにつれて、いろいろなものが見えてくる。
そもそもこの列の進みの遅さは、桟橋の細さに起因するようだ。人がかろうじてすれ違える程度の幅しかないので、一人が先まで行って戻ってくるのを次の人は待たねばならない。ただまっすぐ歩くのではなく、横に渡された橋に突き当たるたびうねうねと曲がって進むのだから、一人あたりにかかる時間も長い。ついでに言うなら、前の人の背中を目で追ってしまうとたどり着く先が分かってしまうのでそれもナシだ。
つまり、列の先頭にいる者は顔を伏せて自分の番をじっくり待つしかない。それを繰り返すのでなかなか列が進まないのだ。
ナターシャたちも、4人で同時にスタートを切るには別の色を選んだ方がよさそうだ。桟橋は5色、それぞれペンキで塗って色分けされている。赤、青、緑、黄色、そして白。好きな色や何かにちなんだ色を選ぶか、直感で決めるか悩みどころである。
ナターシャはひそひそと隣のアルバート王子に問いかける。
「何色にするか、もう決まりました?」
「うん。ちょうど今、たまたま目に入ったものの色にしようと思って決めたところだ。かぶらない方がいいだろうから、先に伝えておこうか」
「ですね、お願いします」
アルバート王子も同じようにかぶってはいけないと考えていたらしい。目に入ったものということはここなら青だろうか。眼前に広がる海を見てそう予想したが、王子の答えは違っていた。
「緑にしようと思うよ」
「緑、ですか? このあたりに緑は――」
ナターシャはきょろきょろとあたりを見渡す。遠景に見える山や草木など視界に緑がなくはないものの、特別目を惹くようなものは近くにない。不思議そうな顔のナターシャに、アルバート王子はいたずらっぽく指摘する。
「きょろきょろしても見えないよ。私の目を惹いたものはここにあるからね」
細い指先を伸ばして、ナターシャの顔の近くをスッとはらう。アルバート王子の指に弾かれてナターシャの視界に写ったのは、たしかに緑色がかった自らの髪だった。
けして鮮やかな緑色ではないが、古くなったペンキの沈着した桟橋とはたしかに似た色合いかもしれない。
咄嗟に卑屈な考えを浮かべてしまったのは、王子の言葉に心を揺さぶられないための防衛本能といったところだろうか。
「……てっきりご自身の瞳の色かと」
「ああ、たしかにそれもそうだね。なら君は黄色にするかい?」
アルバート王子はナターシャの目を見てまだからかうように続けるが、ナターシャは断固として首を振った。
それでは互いに髪の色を選び合っているのと同じである。帽子に隠れて見えないがアルバート王子の髪が美しい金色であることなど忘れようもない。
「いえ。……ここは海らしく青にしようかと、今決めました」
「ふぅん。つれないね」
アルバート王子は唇を尖らせる演技をしながらも、気を悪くしている様子はない。ただナターシャがどんな反応をするか試したのだろう。うっかり黄色を選んでニヤニヤされるハメにならずに済んでよかった。
二人は続けてテオドアとシェフィールドにも自分たちの選んだ色を伝える。彼らもそれぞれ別の色を選んで、列に並ぶフォーメーションを変えた。
向かって左端、赤色を選んだテオドアから、ナターシャ、アルバート王子、一つ飛ばして白を選んだシェフィールド。黄色の橋の前にだけ誰も並んでいない状態だ。
色を決めている間に順番待ちはかなり進んでいて、もうあと2、3人待てばナターシャたちの番となっていた。あみだくじのネタバレを見ないよう、控えめにちらりと人影から進む先を覗く。
橋の先にはどこも同じ大きさ、同じ形の看板が立っている。あみだくじなのだから、青色の橋を選んだからといって青色の看板にたどり着くとは限らない。むしろうねうね曲がって別の色の橋に行き着く可能性の方が高いだろう。
占いの結果よりも、どの橋が一番潮目に近いのだろうとついつい考えてしまうのが、自然を愛するナターシャの性だ。期待に胸を膨らませながら、前に並んだ人が橋を渡り終えるのを待つ。
「いよいよ我々の番だね」
ナターシャたちの一つ前に並んでいた人たちが、橋を渡り終えて戻ってきた。入れ替わりにナターシャは青色、アルバート王子は青色の桟橋に、それぞれ足を進める。
「では、互いに運試し、楽しみましょう」
最初は隣同士の橋からスタートするが、最後に着く地点も隣とは限らない。占いの結果はこの場所にもう一度戻ってきてから話すことになるだろう。テオドアとシェフィールドも位置について、4人一斉に歩みをはじめた。
ナターシャの辿る青色の桟橋には、渡りはじめてすぐに左側へ繋がる渡し板がされていた。つまりテオドアの選んだ赤い橋に移ることになる。同じ板に気づいたテオドアが先に通るようジェスチャーで示してくれた。
お礼を言いつつ、テオドアと場所を交換するかたちでナターシャは桟橋の先へ足を進めた。
しばらくまっすぐ進んだと思えば急に左、左、右、左……と蛇行が続く場所もある。渡し板を見落とさないようにしながら自分の足でうねうねと進んでいくのは、アルバート王子が最初に言ったとおり迷路のようで楽しかった。そして、最終的にナターシャは自分が選んだ青色の桟橋に戻ってきていた。
海の生き物が見たいし、と思って咄嗟に青を選んだが。同じ色にたどりつくということは運が向いている……のだろうか。あみだくじの楽しみ方としては少し損をした気もする。
他の3人がどの場所に行き着いたのか、ナターシャはまず右側に視線を向ける。すぐ隣の緑の桟橋には誰もおらず、さらに向こうの黄色にシェフィールド。いちばん右端の白い橋にテオドアが立っている。いちばん左端から始まったはずなのに、大移動があったようだ。
そして、つまりその反対側、ナターシャの左隣の赤い桟橋を歩くのはアルバート王子だ。というのは先ほど渡し板を譲りあったのでわかっているのだが、改めて王子の方を見た。どんな占いの結果を引くのか少し気になったのだ。
視線に気づいたアルバート王子はナターシャの方を見て優雅に手を振ってみせる。反応に困って、ナターシャはぺこりと会釈を返した。
そうこうしてたどりついた桟橋の先の看板には、一枚の絵とそれに付随する文章が書かれていた。
ナターシャの目の前にある青の看板には、ツノのある海獣、おそらくオットセイのようなものが、凛々しい姿で海を割って泳ぐ姿が描かれている。もしかして、街で聞いた「橋の先で魚に出会える」という噂は、この看板の絵を指していたのだろうか。
少し拍子抜けした気分になりながら、ナターシャは絵とともに書かれた説明文を何気なく読み上げる。
「『霹靂』――あなたの人生を変える、何か大きな出来事がすぐそこまで迫っている、ね……この前の旅でも十分大きなものを見たけれど」
そう文句がましいことを言いながら、文章の先を読み進める。
確かに、晴天の霹靂という言葉がぴったりの晴れた空と凪いだ海が目前に広がっている。ここに何か雷を落とすような、突然の出来事が急襲するとでもいうのだろうか。
まさかそんなことありえまい、と思いながら看板から顔を上げたナターシャの目の端に、何か大きな影が映ったような気がした。




