24.特大イルカの伝説
朝食を食べ終えて、一行はその場を片付ける。大量にあったパンとサンドイッチの具材は一人一つサンドイッチを作っただけでは少し余ったので、希望者はおかわりしていいこととなった。
朝からしっかりサンドイッチ二つをお腹に入れてナターシャは元気に溢れている。
今日は旅の4日目、最終日だ。
昼過ぎには自宅に向けてそれぞれ出発せねばならないが、だからといって午前中何もせずに過ごすのはもったいない。早朝から起きて準備をしていたのは、とある観光地に向かうためであった。
朝5時から朝食の用意を始めていたおかげで、6時を過ぎるころには出発の準備が整っていた。
今日訪れる場所には一般の観光客も多い。海を丸ごと貸切にするわけにもいかず、アルバート王子もナターシャも貴族とは一目でわからぬ格好をして、お忍びで訪れることにした。
ナターシャは慣れた旅装束に戻るだけだが、金の長髪を一つにまとめて帽子の中に隠したアルバート王子はまるで別人のようだ。
大勢の使用人たちは同行させず、テオドアとシェフィールドだけが一緒に行動する。
観光客にまぎれてついてきてくれる一部の騎士や使用人を除いて、ほとんどは先に王家の別荘に戻ってもらった。
そうして少数精鋭で向かうのは、海沿いに広がる交易地だ。諸外国との貿易や外交のための船が絶えず行き来するシュタイン王国きっての要所。
その大きな港のそばには市場があり、日々さまざまな種類の舶来品や輸入品が取り扱われている。
ナターシャ一人ならここで掘り出し物の輸入生物を探すだけで1日費やしてしまってもおかしくない。それほど大きく、珍しいものの多い市場だが、今日の目的はこの市場ではなかった。
現地に到着したナターシャは、活気ある市場の様子に後ろ髪を引かれながらも、真の目的地へ向かうため海に向かって歩く。
「ここか、アミダ桟橋というのは。迷路のようだね」
前方に見えてきた光景を前にアルバート王子は言った。王子より少し目線の低いナターシャにも、だんだんその全貌が見えてくる。
港の端から海に向かって突き出した細長い橋。船が停泊するための桟橋なのだが、通常の桟橋とは違って、色だけが違う同じような橋がかなり狭い間隔で何本も平行に並んでいる。そして、隣同士の桟橋を繋ぐ横向きの橋も渡されている。
これでは船がやってきても桟橋の間に船体をつけられないのだが、それでいいのだ。不要になったために改築が重なりこのかたちになったとも言える。
「かつては外国との交易に制限がかかっていたために、桟橋の色を国ごとに分けて入れる船の大きさや数を管理していたのですよね。しかし今ではこの国は外国に開かれている。ゆえにもういくつも橋を区別する必要がなくなった、ということでしょうか」
テオドアがそう解説する。
歴史には詳しくないナターシャも、旅先の名所にまつわる歴史なら大好物だ。テオドアの話に頷き、さらに補足する。
「ええ。代わりに、少しでもたくさんの人が一度に移動できるよう隣の橋同士を横に繋げたところ、珍しい見た目が観光客を呼ぶようになりました。まるであみだくじの線のようなのでアミダ桟橋と呼ばれていて……」
桟橋の前には、市場から離れているうえ船も泊まっていないのに、大量の観光客が集まっている。橋に向かって、なんとなくだが列を成しているらしい。
ナターシャたちもその観光客たちの後ろにつきながら、話を続けた。
「実際、あみだくじのようにこの橋をたどっていき辿りついた先で何を見るかによって、自分の運勢を占える――という話です。町おこしとして用意されたおみくじのようなものですね」
ナターシャの解説に、アルバート王子がすかさず尋ねる。
「用意された、ということはあらかじめ桟橋の先に何か置かれているということかい?」
「はい。それぞれ運勢を表すキーアイテムと説明文の書かれた看板が立っているそうです。書いてあるものはこの近くの市場で売っている名産品なのでしょう。いい考えだと思いません?」
ナターシャも自らの目で見たのではなく、この旅の行き先を決めるためにいろいろな旅行関連の本を読んだり、人に尋ねたりして集めた情報だ。
当然看板の内容はネタバレ厳禁なので、実際に見てみるまでその内容はわからない。
さらに、ナターシャをワクワクさせているのはそれだけではなかった。
「それに……桟橋を先まで進みきった先にあるのは青々とした大海原です。人が用意した占いの結果より、もっと想像を越える自然の力で何か見られるかもしれません――」
というのは、つい最近仕入れた話だ。
この旅の途中で小耳に挟んだ地元の人によると、この海とこの桟橋にはひとつ、都市伝説があるらしい。
「桟橋の先にはちょうど潮目があり、さまざまな海の生き物が集まってくるようです。特に、最近では幸運の証と呼ばれるイルカ、カイエンドルフィンがこの辺りで目撃されていると」
「カイエンドルフィン……ツノの生えたイルカだよね。ツノが幸運のお守りとして評判になり、乱獲されたせいで一度は絶滅の危険があるところまで数を減らしたはずだけれど、無事戻ってきているんだね」
さすがは一国の王子、動物にはそこまで詳しくなくとも、過去に社会問題になったことについてはしっかりと知識を持っているらしい。
逆に言えば社会問題に詳しくないナターシャは、どんな経緯で数が減ってまたどんな経緯で戻ったのか認識していないのだが、ともかくわかることが一つ。
「つまり……この桟橋を渡った先でカイエンドルフィンを見られたら、それはとてもとても幸福になれる証だと。その噂を聞きつけて、ますますこの桟橋を訪れる人は増えているようですね」
背伸びして、目の前の列の先を見定めながらナターシャはそう説明を終えた。
カイエンドルフィンは有名な動物なのでナターシャも図鑑や書物で詳しい解説を読んだことがあるが、かなり大きな体をしているという。
本当にここにそんなものが現れるのであれば、港に向かう船と鉢合わせて一大事になる気もするが。
空想に胸を踊らせるのは自由だろう。
アミダ桟橋の先で出会える運命を楽しみに、ナターシャとアルバート王子、それからテオドアとシェフィールドは、それぞれ進む橋の色を考えながら、列が進むのを待つのだった。




