21.浮き袋を身にまとって
ジリジリと焼くように照りつける太陽の光と、パチパチ爆ぜる焚き火の炎。二重に暑い中で、こんがり焼けた肉にかぶりつく。
塩とコショウだけのシンプルな味付けなので、噛めば噛むほど出てくる肉汁の味がよくわかる。
野性味あふれるお肉を味わって食べたあと、その口にみずみずしい焼き野菜を頬張るとこれまた至高の味だ。つい次から次へと休みなく食べすすめてしまう。
アルバート王子もテオドアも同じような調子でバクバクと串にかぶりついている。
アルバート王子は最初こそ小さな口で上品に食べようとしていたが、ナターシャの食べっぷりを見てそれにならうことにしたらしい。
多少大胆な食べ方をしても目くじらを立ててくる人は旅先にはいない。好きなものを好きなだけ食べられるのも旅のいいところだ。
串を1本食べ終えては、サイダーで喉を潤す。パチパチと鼻に抜ける炭酸が心地よい。
ふう、と息を吐くとアルバート王子と目があった。
「いい食べっぷりだね」
「ええ。そちらも」
大量にあったバーベキュー串はみるみるうちになくなっていく。食べながら次々焼いていくので手が止まらないのだ。
1時間もしないうちに、吸い込むように一行はすべての肉と野菜を食べ終えたのだった。
「あー、楽しかった! 美味しさはもちろんだけれど、焦がさないように、生焼けにもならないように焼くのが一番の目玉だね」
「そうですね。私も久々でしたが楽しかったです。テオドア様があれほど網奉行をしてくださるとは、助かりました」
「とんでもない。ナターシャ様こそ、久々とは思えぬ手際のよさでしたが」
ナターシャは普段一人で旅をしてばかりなので、こうして大勢でしかできない食事の仕方をするのは珍しい。
バーベキューをした記憶と言えば幼い頃に父に連れられた旅先の思い出と、あとは旅先で他人のキャンプに混ぜてもらったことが数回あるくらいだ。
こうして気心の知れた相手と焚き火を囲むことはそうそうない。
安心してともに食卓を囲む相手ができたことが嬉しく、ナターシャは穏やかな笑顔を浮かべる。
「気に入ってもらえたようでよかったです」
「ああ、本当に気に入ったよ。スタミナがつく食べ方なのもいいね、この暑さにも負けない気分だ」
そう言ってアルバート王子は仮設屋根の外、陽射しの照りつける砂浜を眺める。
そして残っていたサイダーをぐっと飲み干し、目を細めてナターシャの方を見た。
「……泳ぎに行きますか?」
「お、伝わった。浮き輪を貸してもらってもいいかな?」
無言のアピールが伝わるかどうか、ナターシャを試していたらしい。
上機嫌なアルバート王子につられてナターシャも笑う。
「貴族の婉曲表現は理解できませんが、今のはどちらかというと遊びたくてたまらない子どもの顔でしたので」
「子どもで結構。したいことをしろって言ったのは君だろう?」
「たしかに、おっしゃるとおりです」
アルバート王子はぱちん、と軽やかに片目を瞑ってみせる。ナターシャは肩をすくめた。
王子にせっつかれるままに、用意していた浮き輪を荷物の中から取り出す。細長い円形の袋をいくつか連結させたもので、身体に巻きつけて結べば海面にプカプカと浮けるようになっている。
アルバート王子は浮き輪を受け取り、何かを思い出そうと中空を見つめた。
「これ……なんだっけ。魚の浮き袋、君が前に言っていたものだよね」
「はい、オーシャンカープですね。揉むと膨らむのでこちらで膨らませていただいても、海に浸かってからでも、好きなようにお使いください」
これもナターシャが半分実用、半分趣味で集めている輸入生物の一種である。以前の旅のときに枕にしていると言って紹介したのだが、アルバート王子は律儀に覚えていたらしい。
よほど記憶力がいいのか興味があるのか……どちらにせよ、アルバート王子との会話は詰まらず進むので心地よい。
要らない説明までペラペラ話したくなってしまうのを適度に抑えながら、ナターシャは2つ目の浮き輪を自分用に取り出した。
手の中で浮き輪を膨らませつつ、ふたたび波打ち際へと向かう。
アルバート王子も意気揚々とナターシャの後ろに続き、最後にテオドアが焦ったように走って追いついてきた。
「大丈夫でしょうか? 溺れることはないとはいえ、潮に流されていってしまってはどうしようも……私も全く動けないわけではないですが、泳ぎはそこまで達者ではありません」
「ここは波も穏やかですし、離岸流の心配もありません。ただ海に浮かんでみるだけですよ。何かあれば私が責任を取ります」
テオドアの言葉を歯牙にもかけずナターシャはさらりと返す。
このあたりは王家のプライベートビーチになっているから人こそいないが、観光客が自由に入れる場所では小さい子どもも同じように海に浮かんで遊んでいる。
ナターシャの故郷であるパルメール領にも海はあり、ナターシャもそうやって小さい頃から海を遊び場にしてきている。
それに、何か危険があるなら王族の命の責任を取るなんて恐ろしい言葉は絶対に口にしない。
自信ありげに頷いてみせるナターシャの様子を見て納得したのか、テオドアはそれ以上追及をせず、アルバート王子の見守りに専念するようだった。
渋々ついてくるテオドアを待たずに、ナターシャとアルバート王子は浮き輪を胴体に巻きつけて海へ分け入っていくのだった。




