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【完結】旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第1章】春の旅:パルメール領

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5.雪割邸

 王子を遭難させるわけにはいかない、と助けにきてみたものの、早くもナターシャは後悔しはじめていた。


 目の前には、泥をかぶり、ところどころ擦りむきながらニコニコしているアルバート王子と、無傷だが昼間に湖で会ったときとは打って変わってオロオロしている護衛の男――たしかテオドアといったか。テオドアの足元には、立派な半透明の角を持った大きな鹿が、目を回して倒れている。


「ああ、ナターシャ嬢! 来てくれると信じていたよ!」

「ちょうどいいところにいらっしゃいました! こ、この鹿、無事でしょうか!? 息がないような気がするのですが…!」


 二人とも風雨に負けない声で、まくしたてるようにナターシャに話しかけてきた。元気そうで何よりだ。これなら雨に濡れてまで探しに来なくてもよかったな、と思いながら、質問には答える。


「コウゲンルーンディアですね。この子の角は、流通しているシビッケルーンディアの角と違って死んでいては光りません。つついてみれば生死はわかりますよ。ほら」


 その場にしゃがみ込み、コン、と倒れたルーンディアの角を軽く叩くと、触れたところからじんわりと光が広がる。

 頭上からあからさまに安堵のため息が聞こえてきた。昼間はクールに王子の後ろで黙っていたが、こちらが彼の本性なのだろう。


「にしても、何があったんです? ルーンディアに追われるなんて、余程のことをしないとあり得ませんが」

「……風雨を凌ごうと、洞窟に」

「なるほど。旅検定0級ですね」


 アルバート王子の返答を、ナターシャは一刀両断する。しかし、雷雨の中で説教を始めるわけにもいかない。

 いろいろ言いたいのをこらえて、ナターシャは自分の来た方向を指し示した。

 

「……とりあえず、帰りましょう」


 目を回したルーンディアを置いていくのは少ししのびないが、そのうち目を覚まして洞窟に戻るだろう。野生動物は人が思うよりずっと頑丈だ。

 無事を祈りながらも、ナターシャは腰ベルトに刺した灯りに手を伸ばし、歩き出した。


「あ、それ……!」

「? ……ああ、噂をすれば、ルーンディアの角ですね。あの子とは違う種類のですが」


 ナターシャが手に取った棒状の灯りを見て、アルバート王子は声を上げた。ナターシャは首を傾げながら答える。


 夜の、あるいは悪天候の山を歩くのならルーンディアの角は必須である。山で足元が見えなければ人は簡単に死ぬ。もちろん灯りなら何でもいいのだが、金銭面に余裕があるのならルーンディアの角一択だとナターシャは思う。一つ持っていれば何度でも再利用できるし。


 しかしアルバート王子とテオドアには引っかかるものがあったようで、何か言い合っている。雨の音に阻まれてよく聞こえないが、テオドアがアルバート王子に何か訴えているようだった。きっとランタンで十分だとか言ってルーンディアの角を用意しなかったのだろう、王子だというのにケチくさいことだ。

 屋敷についたらそれも説教してやろう、と改めて思いながら、コンパスを頼りに帰り道を辿る。雨で増水している川や湖を避けて、最短距離ではなく少し迂回して草むらの中をかき分けて進むことになる。歩みは必然的に遅くなってしまうが、安全が優先だ。


 幸いにも雷のピークは去ったらしく、音はずいぶん遠のいている。雷が激しいと下手に移動できなくなるが、このぶんなら今のうちにさっさと帰ってしまったほうが安全だろう。


「そういえば……雷、近くに落ちたでしょう。大丈夫でした?」


 歩くペースは落とさず、軽く振り返って後ろに続く二人に問う。しかし二人の返答は歯切れが悪かった。


「雷? 鳴ってはいたけれど……どこか落ちたっけ」

「いえ、私も見ていませんね」


「あれ? おかしいですね。光った方に歩いてお二人を見つけたのですが」

 

 そう言うと今度はアルバート王子がテオドアをつつく。この主従はかなり仲がいいらしい。テオドアは咳払いして、白状するようにおそるおそる言った。


「それは雷ではなく……ルーンディアの光かと」


 ルーンディアの光? 二人は角を持っていないはずだが。一瞬考え込んで、理解したナターシャは思わず笑ってしまった。


「ああ、あの殴り倒した! なるほど、おかげで見つけやすくて助かりました」

「私も後ろで見ていて驚いたよ」

「勘弁してください……」


 目を回していたルーンディアは、テオドアに角か額を思い切り殴られたらしい。

 遠くから見ても爆発的な光だった。かなり強い衝撃だったのだろう。直後の彼の慌てようを見るに、主人を守ろうとした咄嗟の判断のようだが。ルーンディアからすればいい迷惑である。

 

 そうしてあの状況に至った経緯を聞きながらしばらく歩き、三人はナターシャが宿としている雪割邸がある丘にたどり着いた。


 雪割邸に近づくと、突然景色が人間のためだけのものに変わる。先程まで歩いていた獣道や鬱蒼とした木々はどこへやら、丁寧に均された白土の道路と植樹された低木に囲まれた、貴族の別荘である。同じ大雨の中でも、安心感が段違いだった。


「やっと、人里に帰ってきた感じがするね……」


 アルバート王子はそう呟く。緊張が解けたのか、大きく身ぶるいをした。実際、あこがれの旅初日がこれでは気も滅入るし、疲れるだろう。


 なりゆきで結局一緒に行動することになりそうなのは不安だが、ひとまず今日はここでしっかりと休息をとってもらおう。ナターシャは屋敷の扉を開け、空いた手で室内を指し示す。


「ようこそ、雪割邸へ」

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