15.君に似合う光
地元の子どもたちに案内され、ナターシャとアルバート王子が向かったのは小さな宝飾雑貨店だ。
子どもたちの言うとおり、指輪や耳飾りなどのアクセサリーがたくさん売られている。それだけでなく、貝殻の加工品やシーグラスで作られたランプなど、海沿いの町ならではの雑貨も数多く棚に並ぶ。
宝石よりもそちらの方がずっとナターシャの目を引いた。
「あら……いらっしゃいませ。リリー、お客さん連れてきてくれたのね」
店番の女性は、ナターシャをここへ案内してくれた少女のお母さんらしい。リリー、と名前を呼ばれた少女は、勢いよく母親の足元へ駆けていった。
他の子どもたちもこの店に慣れているらしく、器用に店の奥の従業員スペースへあがりこむ。今からそこで遊ぶらしい。
店番の女性は子どもたちの様子などほとんど見る余裕なく、慌ててナターシャとアルバート王子の前に出てきた。
「あの、うちの子たちが失礼を働きませんでしたでしょうか。このあたりには身分の高い方はいらっしゃいませんから、不慣れでして……」
「いえ。みな楽しそうにこの町について教えてくれました。そして、この店で売っているものがきっと私やナターシャ嬢に似合うと。ね?」
「ええ。リリーさんはこのお店のことを心から誇りに思っているんですね」
公園でのリリーの様子を話すと、母親は嬉しそうにはにかんだ。
その耳には真珠の耳飾りが光っている。さすが宝飾品を扱う女性だな、とナターシャは感心した。
「田舎の小さな店ですが、選りすぐりのものをご用意しております。何か気になるものがあればお申し付けください」
恭しく頭を下げる彼女に、ナターシャは早速質問する。
店に入ったときから、ナターシャの心を惹いていたのはキラキラ光るある装飾品だった。
「では、早速なのですが。これはなんの宝石でしょう?」
光を反射して虹色に輝く、小さなアクセサリーたち。手にとって揺らすとピンクから紫、水色、黄色と表情を変えるつやつやした材質のそれを、ナターシャは興味深く観察する。
「それは螺鈿細工と言って、宝石ではなく貝殻を加工して作った工芸品です」
「へえ、貝殻ですか……!」
これまた海が近いからこその出会いだ。
装飾品にこだわりのないナターシャだが、旅先でしか出会えないものとなると話は変わる。昔から、たびたび珍しいものを買おうとしては父に止められたり、買って帰っては兄に呆れられたりしてきたが、これなら誰も文句は言わないだろう。
どれか買って帰ろうと思って、螺鈿細工の工芸品が並ぶ棚をじっくりと見物する。
そんなナターシャの様子を相変わらず柔らかな微笑みとともに見つめていたアルバート王子は、ふと名案を思いつく。
「ねえ、ナターシャ嬢? 君さえよければだが、お互いに贈り物をしあわないかい?」
アルバート王子の思わぬ提案に、ナターシャは目を瞬かせる。
言うまでもないことだが、ナターシャはセンスに自信がない。アルバート王子に似合うものを選べるとは到底思えないのだが、土産物を選びあうという行動それ自体はとても楽しそうに思えた。
逡巡するナターシャを前に、アルバート王子はなおも言い募る。
「何を選んでくれてもかまわない。大切にするし、選び合ったこと自体大切な思い出だろう? それに、私は君にいいものを選ぶ自信があるよ」
なんたって君のファンだからね、とよくわからない自己アピールまでついてきた。
ナターシャがアクセサリーや宝石類に造詣が深くないことはアルバート王子もわかっているだろうし、王子がいいと言うのなら本当にいいのだろう。逆に王子が自分に何を選んでくれるのか、気にならないと言えば嘘になる。
ナターシャは、少し緊張しながらも頷き、答えた。
「センスのなさに目をつむってくださるなら、ぜひ」
優柔不断にならないように、時間制限を決めて店内を見て回ることになった。店の人に助言を聞いてもいいし、使用人たちから好みを聞き出してもかまわない。ただし、お互いに直接質問するのは禁止。
そう軽くルールを決めて、二手に分かれる。
ナターシャはテオドアに、アルバート王子はシェフィールドに相手のことを聞きにいったので、必然的に互いの使用人と二人ずつチームに分かれたような形になった。
制限時間30分をたっぷり使い切り、ナターシャはやっと心を決める。
何を買ったか伝えるのはちゃんとお会計をしてからだ。ナターシャは自分用なら絶対に払わない金額を支払って品物を受け取る。
そして、すでに会計を済ませていたアルバート王子のもとへ向かった。
「お待たせしました。……待たせておいてなんですが、自信がないので先に私からでもいいでしょうか」
「かまわないよ。何を買ってくれたのかな」
アルバート王子は期待のこもったワクワク顔でナターシャの手元を注視する。
ナターシャが箱を開けると中に入っていたのは、2つセットの耳飾りだった。
金色の金具に、螺鈿細工でできた貝殻のミニチュアと小ぶりの真珠。パステルカラーの優しい色合いをたたえる貝殻から、きらりと真珠がこぼれおちたようなデザインだ。
「少しかわいすぎるかも……と思いましたが。男女どちらでも使えると、お店の方からお墨付きをいただいております」
「ありがとう。本当にかわいらしくて素敵だね。正直なところ、君は宝飾品ではなく雑貨を選ぶかと思っていたよ」
アルバート王子はナターシャから箱を受け取り、耳飾りを片方自分の耳に当てて、店先の鏡で自分の姿を確認している。ナターシャの予想通り、よく似合っていた。
「……自分では絶対にしない冒険なので、代わりに試してみてもらおうかと」
「ふは、なるほど実験台か。それはいいね」
アルバート王子は嬉しそうに笑う。旅先でなくしては困ると、王子は丁寧に耳飾りを箱の中にふたたびしまった。
次はアルバート王子からナターシャへの贈り物だ。取り出されたのは細長い箱だった。
「私からはこれを。君の道行きに必要不可欠なものだろうからね」
「必要不可欠、ですか?」
一体何が入っているというのか。箱のまま受け取り、ナターシャが蓋を開ける。そこに入っていたのは、一本の万年筆だった。
艶のある黒地をベースに、キラキラと螺鈿の柄が散りばめられている。半円形が連なった柄は海の波をイメージしたものだろう。
「わあ、綺麗……!」
「君の『紀行録』の執筆を、少しでも応援できればと思ってね。私に何ができるかはわからないけれど、これはその気持ちだ。受け取ってくれるかい?」
「はい、もちろん! こんな素敵な万年筆があれば執筆がますます捗るというものです。ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
この店のものをすべて一つ一つつぶさに見たわけではないが、それでもナターシャにとってこれが最も嬉しいセレクトだと断言できる。
アルバート王子のセンスに脱帽しながら、ナターシャは大喜びで万年筆の箱を胸に抱いた。
「喜んでもらえてよかった。贈り物交換は大成功と言えるね」
「ええ。いい買い物をさせていただきました。ありがとうございます……!」
ナターシャは店の奥に向かって声をかける。店番の女性は、二人が店を出るまで、ずっとにこやかに見送ってくれた。




